いま一番カルト人気を博しているアーティストがTikTokスターだというのは、まったく新しい現象かもしれない。世界トップ5に入るTikTokerとして8,800万フォロワーを誇るアディソン・レイのデビューアルバム『Addison』は、Spotify世界チャートで首位を獲得したのみならず、幅広い音楽ファンから熱烈に支持され、辛口の批評家からも認められた一作だ。アリアナ・グランデやレディー・ガガといったスター、さらにアルカやロードといったオルタナティブ筋からも称賛を受け、ラナ・デル・レイとのツアーも決まっている。「ポップでありながらカルト」の称号を得た新星について、師匠のチャーリーXCXはこうも断言する。「アディソンはガチで天才」。
TikTokの世界が広いといっても、アディソンのような典型的インフルエンサーは「芸術に程遠い」存在というのがこれまでのイメージを持たれてきた。ゆえに、今作が巻き起こした熱狂は、はじめてのサプライズと受け止められている。
魅力を掴むには、キャリア初のビルボードチャート入りを果たしたリードシングル「Diet Pepsi」がいいだろう。幽玄なポップチューンで、見ての通りミュージックビデオは白黒。派手なコンテンツが溢れる今の環境ではあまりに地味なためレーベルすら躊躇したというが、アーティストの狙いはまさしくそれだった。わかりやすさに欠けるサウンドと退屈なモノクロ映像だからこそ、見る側は集中して視聴しなければならない。
『Addison』自体、潔いほどコンセプトが徹底されている。サウンドのテーマは「現実逃避のための音楽」。踊れる曲ばかりで、売れ線であるはずの悲しみに浸る感傷的バラードは一切なし。
TikTokと出会い「明るい女の子」としてブレイク
2000年生まれの24歳、アディソン・レイの道筋をたどってみよう。本人のお気に入りソング「High Fashion」のビデオに登場するように、故郷はアメリカのルイジアナ州の小さな町。両親が離婚と復縁、そして引っ越しを繰り返す不安定な家庭環境のなか、きらびやかなエンターテインメントに魅入られて育った。
アディソンに現実逃避を授けたのは、5歳ごろから始めたダンス、そして音楽だった。家庭問題に振り回されるなか、唯一自分でコントロールできる身体をつかって人々を喜ばせる魔法に夢中になったのだ。そのルーツはシーラ・E風のエレクトロ「Fame is A Gun」につまっている。コミカルで夢いっぱいな振付を担当したのは、憧れのジャネット・ジャクソンとの協業で知られるダニエル・ポランコ。挑発的に危険な名声を求める歌詞が喚起させる存在は、ブリトニー・スピアーズ。
アディソンも、ブリトニーのような人生を夢見た。田舎を出て、夢の都ハリウッドでスターになるのだと。打ち込んだのは競技ダンスだったが、大学の名門チームに入れず挫折を味わった。そこで新たな可能性をもたらしたのが、高校のときなんとなくはじめたTikTokだった。2010年代後半当時、まだ新興アプリだったSNSでダンスビデオを投稿したら、予想以上にフォロワーが増えていったのだ。
〈猛スピードで進んでいく人生〉〈窓から風を感じて どこまで行けるか見てみよう〉(「Times Like These」)
TikTokに賭けたアディソンは、10代でありながらセルフブランディングを徹底した。深刻で複雑なことなんて言わない、いつも笑顔で明るい女の子として。使用する音楽もバズりやすいものを厳選していた。たとえば(のちに「Aquamarine / Arcamarine」でコラボしコーチェラでも共演することになる)アルカのファンだったが、当時はバズと程遠い存在だったため明かすことはなかった。
反TikTok的「自由」に従ったデビューアルバム
フォロワーが100万に近づいた2019年、アディソンは決意をかためた。大学をやめ、夢のLAに引っ越したのだ。
第一世代TikTokスターとして業界人の関心を集めていったが、当人はインフルエンサーで終わる気などなかった。同時に、バズるコンテンツ投稿やゴシップの対処に追われる日々で心がすり減っていく感覚にも苛まれた。
2021年、古巣レーベルで発表した楽曲「Obsessed」は商業的に不発に終わってしまったが、主演映画『ヒーズ・オール・ザット』を成功させてNetflixと契約したことで、SNSから距離を置いて作曲に専念できるようになった。
音楽家としての影響を与えたのは、リークされたトラック「2 die 4」を気に入ってコラボに誘ってくれたチャーリーXCX。彼女から「直感的なセンス」を称賛されたアディソンは、反TikTokとも言うべきスタンスを確立することになる。つまり、バズのために計算された制作とは対極にある創造性。オープニングトラック「New York」の言葉を借りれば「信仰」レベルで「自由な感覚」に従う主義である。
「思い切り遊んで、楽しんで、失敗してしまうことも許容する──それが『Addison』が体現するメッセージ。試してみること、心地よい状態で挑戦してみること。フィーリングに身を委ねる生き方そのもの」──アディソン・レイ
2023年、現在のレーベルに入った経緯も直感とセンスありきだった。面接で披露する曲がなかったため、持っていったのはムードボード。
パリコレ開催中に撮影された「Aquamarine」ミュージックビデオで仮面を脱ぎ捨てたアディソンは、ストリートに出て解放的な姿で舞っていく。これこそ新生アディソン像。自由な感覚にとことん従って変身する魅惑のアーティストだ。
「好きな音楽は自分の音楽」と語る理由
『Addison』を語るにあたって欠かせないのは、伝説のスーパースターたちの存在だ。夢の都に憧れてきたアディソンは、数々の曲や映像でアイコンたちの影響をほのめかしている。「Money Is Everything」にはこれみよがしにマドンナやガガ、ラナの名前が挙げられるほどだ。
前述のレーベルとの面談で披露されたムードボードにも、先人たちの伝説のパフォーマンスが並べられていたという。そこで、彼女は宣言した。「往年のスターのステージを見て抱いた感情やムードを音楽で表現して、同じ感覚をみんなに感じてほしい。それが私の夢」。
マックス・マーティンの企業に属する同年代の女性プロデューサー、ルカ・クローザーとエルヴィラ・アンダーフィヤールとの三人体制でつくられた『Addison』では、プロダクションに強いこだわりがはりめぐらされている。とくに意識されたのは、リスナーに「聴いたことがある雰囲気」と思わせても特定の元ネタは浮かばせないサウンドスケープだ。この匿名性こそ、アディソンが考えるアルバムの成功理由でもある。再現されているのは、アーティスト本人の原体験、そして誰しもが持っている「子どものころ音楽に魅了された感覚」のほうなのだ。
音楽に浸りながら人生の困難を振り返る終幕曲「Headphones On」の詞を引用しながら、アディソン・レイは語る。「好きな音楽は自分の音楽。タランティーノ監督みたいな感じ。自分が見たいものをつくってるから、一番好きな作品も自作になる。私、本当に自分の曲が大好きなの」。TikTok発のカルトポップスターの地位は、まだまだ未知で成長途上にある。でも「好きな音楽は自分の音楽」と言い切れるほど、アーティストとして幸せなことはあるだろうか?

アディソン・レイ
『Addison』
配信・購入:https://AddisonRaeJP.lnk.to/AddisonRS
【収録曲】
1. New York|ニューヨーク
2. Diet Pepsi|ダイエット・ペプシ
3. Money is Everything|マニー・イズ・エヴリシング
4. Aquamarine|アクアマリン
5. Lost & Found|ロスト& ファウンド
6. High Fashion|ハイ・ファッション
7. Summer Forever|サマー・フォーエヴァー
8. In The Rain|イン・ザ・レイン
9. Fame is a Gun|フェイム・イズ・ア・ガン
10. Times Like These|タイムズ・ライク・ディーズ
11. Lifes No Fun Through Clear Waters|ライフ・イズ・ノー・ファン・スルー・クリア・ウォーター
12. Headphones On|ヘッドフォンズ・オン