さらに、アフリカ系アメリカ人の歴史や先人へのリスペクトを示した『BLK2LIFE』(2021年)、愛をテーマとするなかに「ジャズは死んだ」と連呼する挑戦的な楽曲も収録した『LOVE QUANTUM』(2022年)といった近作には大きなインパクトがあった。アフリカン・ディアスポラの文脈や化学/宇宙などをコンセプトに織り込んだ作風も、彼に高い評価をもたらしている。
『Dream Manifest』はシオにとって3年ぶりのアルバムだ。ここには進化や変化が見て取れる。これまで必ず入っていた、アフリカン・ディアスポラや化学/宇宙に関連した単語がタイトルに入っていない。また、エレクトロニックな楽曲はあるもののバンドの生演奏の比重がかなり高まり、しかもアコースティックな響きが増している。
シオは今作のタイトルについて、自分の内面へ向かっていること、スピリチュアルな探求であることを語っている。ここには、これまでとは異なる意図や狙いがあるはずだ。8月4日に大阪、5日に東京のビルボードライブで来日公演を開催する彼に、再び話を聞いた。
スピリチュアルを探求した新境地
―最新作『Dream Manifest』についてお聞きします。まず、このアルバムのコンセプトを教えてください。
シオ:このアルバムは映画のように、あるいは夢がリアルタイムで展開していくような作品にしたかったんだ。
―タイトルの感じが、これまでの数作とは少し違うように思いましたが。
シオ:そう感じる?(笑)確かに少し違うかもしれないね。この作品は前作までとは違って、新たなページを開くような意図をもって制作した。過去の作品に音的にもテーマ的にも縛られずに、より「夢を見ること」「想像すること」「自由であること」の力を表現しているから。
―前作までは、SFや量子力学に通じる単語、壮大な歴史観を感じさせるネーミングが目立ちましたが、今回はとてもパーソナルな印象を受けました。その点については?
シオ:うん、確かに今回はより個人的な作品になってる。ただ同時に、これまでよりもずっとスピリチュアルな作品でもある。今作では現世的なテーマから離れて、より高次の、より深い存在のレベル──つまり、精神性やスピリチュアルな領域に踏み込んでいるんだ。
―たしかにパーソナルでありつつ、同時にスピリチュアルな要素も強いと感じました。
シオ:まさにそう。メタフィジカル(形而上学的)や人間的な次元を超えて、より精神的な領域、より高くて深い存在レベルに向かっているからね。
―「夢をマニフェスト(顕現)する」というのは、神秘主義やニューエイジ思想でもよく使われる考え方ですよね?
シオ:そうだね。
―そういったコンセプトでアルバムを作ろうと思ったきっかけは?
シオ:前作までのキャラクターによる物語の延長として、自然なステップだったと思うよ。『BLK2LIFE』では主人公が自分がヒーローだと気づき、『LOVE QUANTUM』では愛こそが最も力強いものだと理解した。そして今作では、そのキャラクターが自分の夢を顕現させようとしているんだ。想像力というのは人間の持つ最も力強く、最も自由を与えてくれるプロセスだからね。

―このコンセプトのインスピレーションになったものはありますか?
シオ:たくさんある。特に影響を受けたのは、マイケル・タルボットの著書『The Holographic Universe』。それから『Ancient Future』という本(ウェイン・B・チャンドラーの著書)もそうだね。この二冊には、宇宙を支配するのは意識(マインド)であり、想像力こそが我々の願いや欲求を現実に変える鍵だということが書いてあるんだ。
―夢や想像力のようなスピリチュアルなコンセプトを、実際にどうやって音楽に落とし込んでいったんでしょうか?
シオ:このアルバムは本当に短期間で作ったんだ。制作期間はたったの10日間。
―とはいえ、ボーカル曲もあって、完成度の高い楽曲も多いですよね。事前にスタジオに持ち込んだアイデアや準備したものもありますよね?
シオ:唯一あらかじめアイデアがあったのは「64 joints」。これはサンプルなどを用意した。あとはメロディやコード、あるいは曲の雰囲気だけは事前に考えてあったかな。ボーカルに関しては、スタジオで曲ができてから、そのアイデアに基づいて後からボーカリストに連絡して歌詞を書いてもらってる。
―では、残りはスタジオでの即興というか。
シオ:うん。その場でバンドと一緒に作ってる。僕はこれまでにたくさんのスタジオ経験があるんだけど、今回は「事前に計画しない」ということを強く意識した。その場のひらめきに身を任せて、即座に音楽に変えていく、というアプローチだね。
2023年、Tiny Desk Concertでのパフォーマンス
―今作は、前作に比べてエレクトロニックな要素よりも、アコースティックでライブ感のあるジャズ要素が強い印象でした。これはコンセプトと関係ありますか?
シオ:実はエレクトロニックなアイデアもたくさんあったんだけど、最終的にアルバムに合ったものだけを選んだからこうなったんだよね。ちょうど映画みたいに、良いシーンだけを編集して残し、不要な場面はカットした感じ。だから全体のバランスや物語性を重視して選んだってことだね。
―つまり編集というより、どこにフォーカスするかを見極めたということですね。
シオ:そう。ボーカル以外はすべてライブテイクで録音してるから、そのぶん音楽としてのエネルギーや即興性が自然に出てる。重要なのは「どのバージョンが最もアイデアに合っているか」を選ぶことだった。
―スタジオでの制作方法はこれまでと似ている部分もあるのかもしれないけど、今回の作品には違う質感がある気がするんですよね。その違いはどこにあると思いますか?
シオ:一番の違いは冒険的だったこと。バンドにはあまり事前情報を与えずに、僕のアイデアが浮かんだらすぐに録音した。ほとんどリハーサルなしで、アイデアの最も自然な状態をそのまま録音している。
―なぜバンドにあまり前もって何も伝えなかったんですか?
シオ:それは彼らの”自然な反応”が欲しかったから。曲を何度も繰り返して演奏すると、予測可能になってしまう。最初のテイクには「探りながらの純粋な反応」がある。それを録音したかった。
―それって、あなたが言うスピリチュアルなアプローチにもつながりますか?
シオ:そうだね。すべてを予測することはできない。だからこそ、今この瞬間にある美しさを受け入れて生きること。それがスピリチュアルな生き方だと思うよ。
『Dream Manifest』全曲解説
―ここからそれぞれの収録について聞きたいです。
シオ:これまでにも「Prelude」というタイトルの曲は何度も使ってきたので、今回はバージョンの区別として「3」としただけ。深い意味はないよ(笑)。ただ、”3”という数字はスピリチュアルにおいて「完成・完結」を象徴するマスターナンバーではあるよね。
―「64 joints」という曲の”64”には意味がありますか?
シオ:この曲は6/4拍子で、エンジニアにそのことを伝えたら、「64 joints」と聞き間違えたんだよ(笑)。その名前が面白かったからそのまま使った。ただそれだけ。曲自体はとてもスピリチュアルな内容なのに、タイトルは軽やかで、そのコントラストが気に入ってるよ。
―タイリーク・マクドール(ハイチ系アメリカ人のボーカリスト)を起用した理由は?
シオ:彼のテナーの声質が大好きだし、彼はクラシックさとヒップさを兼ね備えている。僕は随分前から知り合いで、彼の声をホーンのように使いたいと思ってた。僕のトランペットとユニゾンで歌ってもらうことで、彼の声がまるでトランペットになったような印象を作りたかった。
―彼は自身の作品ではファラオ・サンダースやレオン・トーマスをカバーしたり、スピリチュアルなアプローチも実践していますよね。そこも起用した理由ですか?
シオ:もちろん。彼は音楽に対してスピリチュアルでソウルフルな姿勢を持っていて、それも起用した大きな理由。実際、僕らは一緒に曲を書いたからね。
タイリーク・マクドールの最新アルバム『Open Up Your Senses』
―「one pillow」にはカッサ・オーバーオールやEstelleが参加しています。この曲名にはどういう意味があるんですか?
シオ:これはラブソング。恋愛の初期って、ベッドに枕が1つしかないことが多い。でも、2つ目の枕が置かれると、相手が本気だと気づく。つまりこれは、2人がもう一度「愛を信じる勇気を持とう」とする物語だね。
―「up frequency (higher)」にはどんなストーリーや意図が?
シオ:この曲はシンプルに「楽しくて高揚感のある曲」を作りたかった。これもワンテイク。サビ部分は僕とシンガーのMAADが一緒に作り、彼女がヴァースを担当してる。テーマとしては「信頼と愛」といった高い波動を持つ、ポジティブな曲だね。
―バンドにはどう指示したのですか?
シオ:特に細かい指示はせず、「90年代半ばのR&Bラブソングのようなエネルギーで」とだけ伝えた。たとえば、ミント・コンディション、112、ニュー・エディション、K-Ci & JoJo、アリーヤ、ブランディ、ホイットニー・ヒューストンといったアーティストを意識してる。
―「light as a feather」はどのようなイメージですか?
シオ:この曲はゲイリー・バーツと僕の即興セッションから生まれたもの。その録音をNatureboy Flako(チリとドイツにルーツを持つビートメイカー)に送り、彼が色々とサウンドを追加し、それをまた僕が受け取ってミックスした。この曲は4~5バージョンくらい変遷を重ねたんだけど、最初のゲイリーとのセッション部分だけはずっと変えずに残してる。
―ゲイリー・バーツがこの曲で果たした役割は?
シオ:彼はいつも通り、探求心と美しい即興演奏を持ち込んでくれた。彼の演奏には常に知恵と深みがある。彼が今の年齢で演奏する一音一音には知恵と経験が詰まっている。即興も作曲も、すべてが深い音楽的理解とスピリチュアルな感覚から来ている。しかも、とても洗練されていてピュアなんだよ。今回は彼を「ちょっとユニークな空間」に置いて、彼がその環境でどう反応するかを引き出すという、音楽的な実験のようなセッションでもあったんだよね。
―年齢差のあるゲイリー・バーツとFlakoを共演させるアイデアはいいですよね。
シオ:ゲイリーは僕のメンターの一人で、彼の音楽にずっとインスピレーションを受けてきた。今回は、彼が新しい環境でまた刺激を受けて、それを僕たちに音楽的に返してくれることを期待したんだ。「light as a feather」自体も、”軽やかな心持ちで死を迎える”という、すべてをやり尽くした後の解放感をテーマにしてるから。
ダンスミュージックをバンド演奏で表現
―「high vibrations」はどうやって生まれた曲ですか?
シオ:DLEAU(LA出身のR&B系シンガー/プロデューサー)と一緒に作った曲。もともといくつかパートがあったけど、最終的に2つの断片だけを使って構成してる。録音時に「この曲はMalaya(ソウル系シンガー/マルチ奏者)にぴったりだ」って思ったから、彼女にお願いした。祝祭感とダンサブルな雰囲気がテーマの曲だね。
―ハウスっぽいビートも印象的ですが、影響元を教えてもらえますか。
シオ:具体的なアーティストの名前は思い出せないけど……ルイ・ヴェガだったり、YouTubeで見つけたトラックのジャジーなハウスからインスピレーションを得てる。しかも、それをライブバンドでやることが重要だったね。
―「we still wanna dance」もエレクトロニックでダンサブルです。
シオ:これもDLEAUと一緒に書いた曲で、デモ音源をスタジオに持ち込んでセッションした。繰り返されるメロディを徐々に盛り上げていく構成で、即興よりは一体感のある演奏を重視してるかな。
―エレクトロニックなダンスミュージックのようなサウンドを演奏に置き換える意図は?
シオ:マシンで作れる音楽をあえてバンドで再現する挑戦なんだ。長時間同じグルーヴを保つのは難しいけど、そこもまた冒険。まるで人間がダンスマシンになるような感覚だね。
―ここ3作のアルバムにはハウス/テクノ風の曲が毎回収録されています。これって意図的なものですか?
シオ:うん、まだ探求の途中なんだけどね。ダンスミュージックには常に興奮とインスピレーションを感じる。それをライブで表現する世界をもっと創りたいんだよね。
―そのようなダンスミュージックに取り組むようになったきっかけは?
シオ:ただ「やってみたかったから」(笑)。それだけだよ。でも、ジャンルを超えて、自分の音楽が”ジャズ”ではなく”ただの音楽”として聴かれるようにしたいってことはずっと考えてる。僕はただ境界線を消したいんだ。
―ダンスミュージックと『Dream Manifest』のコンセプトはどう関係しますか?
シオ:踊ることは自由の象徴であり、精神を再生し、悪いエネルギーを解き放つ手段。歌うことや演奏と同じく、内なる声の表現でもある。夢の世界では何でも可能なんだよ。電子音楽のように、何か”遠い存在”に感じられるものを現実に取り込むのは、ファンタジーならではの表現だからね。それに電子音は未来性やテクノロジーを象徴している。それも夢見ること=Dream Manifestの一部なんだ。

―「crystal waterfalls」はどんなイメージの曲ですか?
シオ:これは「夢の風景」を表現した曲。水のように流動的で止まることなく進化していくイメージだね。最後にはドラマティックでジャジーな展開が待ってて、メロディが進化し続ける。そんなストーリーの曲だよ。
―この曲でのトランペットの演奏が素晴らしいです。音色や質感はどう考えましたか?
シオ:シャーデーのような暖かさ。まるで毛布のように包み込むような音で、開放的で、空間のあるサウンドにしたかった。すべての音域を自由に使って、束縛のない自由な表現を目指したんだ。
―ビルボードライブでの来日公演では、この即興性の高いアルバムをどう表現しますか?
シオ:「会場に来て、実際に観てくれ」と言うしかないね(笑)。僕がアルバム用に作ったサンプルやステム音源を使って、それにバンドがライブで重ねていくスタイルになる。過去のアルバムの楽曲も組み込んで、ひとつのストーリーとして表現するんだ。ライブでは完成されたアルバム曲をベースにしつつ、新しいバージョンも演奏する。新しい体験になると思うよ。
シオ・クローカー来日公演
2025年8月4日(月)ビルボードライブ大阪
1stステージ 開場16:30 開演17:30
2ndステージ 開場19:30 開演20:30
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2025年8月5日(火)ビルボードライブ東京
1stステージ 開場16:30 開演17:30
2ndステージ 開場19:30 開演20:30
>>>詳細・チケット購入はこちら
メンバー:
Theo Croker(Band Leader / Tp)
Eric Wheeler(Ba)
Idris Frederick(Key)
Miguel Russell(Dr)