筆者はサマソニ前日に開催されたエクストラ(単独)公演を目撃したが、日本での知名度がまだ低いためだろう、豊洲PITの客席はやや余裕のある入りだった。
その幅広い音楽性ゆえに、海外のメディアでは、ときにザ・ウィークエンドやThe 1975、ヤングブラッドを引き合いに出されたりするのだが、ここまで熱狂的な支持を集める理由はそれだけではない。リードボーカル/ベースのミッチェル・ケイヴ、ギター/ボーカルのクリスチャン・アントニー、ギター/サックスのクリントン・ケイヴのメンバー3人に話を聴いた。なお、彼らをキャリア初期から支えるサポートメンバーのジェシー・ボイル(ドラム) 、パトリック・ワイルド(ギター/ベース)も同席してくれた。

左からクリントン・ケイヴ、ミッチェル・ケイヴ、クリスチャン・アントニー
希望になるような音楽を作り続ける
─チェイス・アトランティックはこれまで10年以上、素晴らしいキャリアを築いてきました。あえて一言で表すならどのようなバンドなのでしょうか?
クリントン:”Chaotic(カオス)”かな。
パトリック:”Unique(個性的)”とか?
ジェシー:”Inevitable(不可避)”なんてどうかな。
クリスチャン:”Chaotic”が良いかもね。というのも、バンドとしてツアーするようになるととてもアップダウンが激しくてね。はじめはただ友達と一緒にクリエイティビティを発揮して音楽を作ればいいと思っていたから、ツアーして、制作してという状況はとても大変だったんだ。
ミッチェル:”Pioneering(先駆者)”ってのもいいかも。みんなが話している間ずっと考えていたんだよね(笑)。

2025年8月15日、豊洲PITにて撮影(Photo @JORDANKELSEYKNIGHT)
─どれも当て嵌まりそうです。遡りますが、チェイス・アトランティックは学生時代に結成されたんですよね?
ミッチェル:その通り。クリスチャンとは大学時代から仲が良くて、クリントンと僕は兄弟なんだ。当時からみんなで一緒に音楽を作るのが好きで、はじめはインターネットで曲をリリースしていたよ。ジェシーとパトリックに出会ったのもチェイス・アトランティックの初期だった。
ジェシー:最初のツアーの前だね。出会ってすぐに喧嘩しそうになったんだ(笑)。
ミッチェル:そうだった(笑)。
ジェシー:でもショットを奢ってあげて、そこから親友になったんだ(笑)。
ミッチェル:それからジェシーはパトリックを紹介してくれた。それ以来、僕らはお互いに兄弟のような存在になった。彼ら(サポートメンバーの2人)は才能のあるミュージシャンというだけでなく、お互いに対して辛抱強く、とても献身的なんだ。
─チェイス・アトランティックを始めた頃は”遊び”としての面も大きかったのではないかと思います。目的意識は変わりましたか?
ミッチェル:関わる人の数が増えるとそれに伴った責任は生まれてくる。それは影響力が大きくなった証拠だよね。あと、リスナーのみんなから「あなたたちの音楽が私の人生を救ってくれた」と言われるのはすごく強力なことだよ。音楽を作ることにより多くの目的と原動力を与えてくれる。それによって、僕らはもっと音楽に集中する。人々の希望になるような音楽を作り続けるためにね。


Photo @JORDANKELSEYKNIGHT
「チェイス・アトランティックらしさ」とは?
─チェイス・アトランティックはこれまで多くのジャンル──ポップ、ロック、パンク、ヒップホップ、EDMなど──を横断してきました。それゆえに音楽性をジャンルで定義できません。過去のインタビューでは「Were just a hub for good music.(私たちはただ良い音楽を集めるハブです)」と話していましたよね。
クリスチャン:それぞれが個人として影響を受けたものが反映されてそうなっているんだと思う。例えば『Lost In Heaven』を作ったとき、僕はサブリナ・カーペンターに影響を受けていたりしたんだ。
ミッチェル:それに僕らはこれまでプロダクションの技術も培ってきたから、本当にいろんなことができるようになったんだ。例えば80年代のヒット曲のようなものだってね。でも、最も重要視しているのは良い曲を作るということ。捨て曲のないアルバムにすることだよ。どの曲もスキップされないようなね。
クリントン:付け加えるとするなら……サブリナ・カーペンターと会ったことがあったら、彼(クリスチャン)とデートできるか聞いてもらえるかな(笑)。
─(笑)。「それぞれが個人として影響を受けたものが反映される」ということは常に変化し続けることに繋がってくると思います。キャリアが安定すればするほど変化は難しくなると思うのですが、あなた方にとっては容易なことなのでしょうか?
ミッチェル:たしかに一般的に変化し続けるのは難しいかもしれないけど、僕らにとってそれが問題になったことは一度もない。新しい要素は無限に存在していると思う。だからある意味、ゲームのようなものだよね。自分たちが探し続けていれば大丈夫。諦めてしまったらそこで終わりだけど、新たな要素を見つけようと努力し続けて、それを見つけることができれば、それは幸運なことだし、自信にも繋がっていくんだ。
クリスチャン:ある程度キャリアを重ねると、自分たちっぽいサウンドというのを周囲の人間が作れるようになるし、自分たちでももう一度作れるようになると思うけど、僕らはそれをやらないんだ。あくまで、僕らが好きなことをやって、それがチェイス・アトランティックになる。逆なんだ。僕らがチェイス・アトランティックらしさを追うのではなく、僕らがやったことがチェイス・アトランティックらしさになる。
『Lost In Heaven』はポケモンみたいに進化する
─昨年11月にリリースした最新アルバム『Lost In Heaven』はあなた方の変化が投影された作品ですよね。同作には過去2年間の生々しい思い出が綴られています。こういったリアルな心境をさらけ出すことにはどのような価値があると感じていますか?
ミッチェル:世の中には人気があって、成功しているアーティストやバンドがたくさんいるけど、そのほとんどが深みを欠いていると思う。僕らは音楽の中で、アートとして本当の自分の心をさらけ出すこと、内面や考えを表現することを大切にしている。だから、言い方を変えれば、日記とも呼べるかもしれない。それを自分だけのものにせず、あらゆる細部まで全世界と共有する。多くの人が自信を持っているように見られたいと思うけど、僕らは不安や疑い、恐怖心についても話す。リスナーの心に届けるためには、むしろ弱さこそがキーだと思うんだ。その先で、音楽がただ聴くだけのものではなく、感じられるものになる。それが本物の音楽なんだよ。

Photo @JORDANKELSEYKNIGHT
─最新作に限らずあなた方はメンタルヘルスについて恐れずに言及してきました。直近にリリースされた「FACEDOWN」もそうで、多くの若者と深いところで繋がっているのだと思います。
ミッチェル:経験を積むにつれてそれはより自然になってきているよ。僕らはこの業界にいれて幸せに思っているけど、一方で大きなプレッシャーがあり、疲弊してナーバスになることもある。もちろん極端にハイなこともあるけど、そういった状況で自分のダークな面を探求して表現することは、自分にとっても健全なことなのさ。それによって、リスナーのみんなにも、そういったダークな面を押さえ込まず、表現してもいいと伝えたいんだ。
クリントン:僕自身も苦しい状況に立っていたことがあるけど、僕らがいる音楽業界に限らず、今、メンタルヘルスの問題でたくさんの若者が苦しんでいると思う。そのような状況で、正直であること、内面をさらけ出すことは、他者との関わりを保つ上でも重要なんだ。
─そういったある種のダークさをもっていながら同時に『Lost In Heaven』は極めてポップな作品でもありますよね。このようなバランス感覚はどういった意識からきているのでしょうか? あなた方にとってポップとはどのような概念なのでしょうか?
クリスチャン:ポップというのは、誰もが愛するものということかな。そういった意味では、僕らはサウンドをポップな、高揚感や喜びに溢れたものにして、歌詞を正反対に、ダークなものにしたりしてバランスを取っているんだ。
ミッチェル:例えば「You」という曲はまさにそうで、ポップなサウンドだけど、うつ病や内面について歌っているんだ。ビーチでキスすることを歌ったポップ・ミュージックは誰もが共感できるかもしれないけれど、僕らはもっと深いところでリスナーとコネクトしたいんだ。
─『Lost In Heaven』のラストに収録された「DON'T LAUGH」はテーム・インパラからの影響を反映しているそうですね。
クリントン:自分たちがオーストラリア人なのもあるけど、(テーム・インパラの)ケヴィン・パーカーがすごく好きでね。
クリスチャン:その曲は実はずっと昔の曲なんだよ。
クリントン:7、8年前にできた曲で、ブリッジの部分はクリスチャンが書いていて、ループさせたりしながら一緒に作ったんだ。
ミッチェル:過去に作った曲をリリースしないアーティストは多いと思うけど、僕らはずっとタイムレスな曲を作ろうとしてきたから、リスナーは満足してくれると思ったんだ。うぬぼれているわけじゃなくてね。
─『Lost In Heaven』のデラックス版のリリースも控えているそうですが、この『Lost In Heaven』はさらにどのように変化するのでしょうか? 言える範囲で教えてください。
ミッチェル:クレイジーなことになるよ。良い意味で衝撃を受けると思う。『Lost In Heaven』がポケモンみたいに進化するんだ。
クリスチャン:新曲が4曲あって、次のアルバムへの架け橋になるような作品だね。
クリントン:よくあるような余った曲を入れてデラックス版にしているってわけじゃないんだ。
ミッチェル:プロダクションにもこだわっていて、台本をひっくり返すみたいに、これまでに取ったことのないリスクを取っているんだ。ローリング・ストーンズみたいにファッキンクールだよ(笑)。


Photo @JORDANKELSEYKNIGHT
影響を受けた日本のカルチャー
─アルバムジャケットに日本語を使用していたりもしますが、日本に来たのは初めてですか?
ミッチェル:僕は来たことがあるんだけど他のメンバーは初めてで、バンドとしては初だね。すごくインスピレーションに溢れていて、クリエイティビティを刺激される場所だよ。
クリントン:もしかしたらこれまで行った国の中で日本が1位になるかもしれない。人々も親しみやすいし、カルチャーがあって、食べ物も最高。体重が増えちゃうよ。それに僕らは日本の芸術からめちゃくちゃインスピレーションを受けてる。特にアニメはすごい。
クリスチャン:日本のアニメはすごくクールだし、子どもだけでなく大人向けの、アダルトカルチャーと呼べるものも含まれている。たぶん看板に載せられないものもたくさんあるよね。
ミッチェル:日本のアニメには哲学があって、人々が入り込むのを恐れているような暗い部分にも踏み込んでいる。
クリントン:『寄生獣(Parasyte)』が初めて観た日本のアニメで。すごく哲学的で、人類が地球にとっていかに真の寄生虫であるかについて描いていた。本当に素晴らしいよ。
ミッチェル:日本のカルチャーで言えば、小さい頃からポケモンもそうだし、任天堂のゲームにも親しんできたんだ。
クリントン:そういえばSoundCloudで初めて聴いた曲は「It G Ma」だったな。中国のラッパー(キース・エイプ)と日本のラッパー(Kohh、現・千葉雄喜)の曲だよね。今でもクールだよ。とてもスタイリッシュで肩の力が抜けていてカッコいいんだ。
─MVなどのビジュアル面にもアニメの影響が出ているように感じます。
ミッチェル:そう、間違いないよ。僕らのダークさをそのまま表現するとダークすぎる場合があるから、ああやってアートを通して表現したいんだ。
─では最後に日本のオーディエンスにメッセージをお願いします。
ミッチェル:僕らの音楽を聴いてくれてありがとう。もう日本に戻ってくるのが待ちきれないよ。日本で得たたくさんのインスピレーションを僕らのアートに注ぎ込んで、世界中でプレイして、それが巡って日本のみんなのインスピレーションに繋がるといいな。

Photo @JORDANKELSEYKNIGHT

チェイス・アトランティック
『Lost In Heaven』
発売中
再生・購入:https://found.ee/lostinheaven

最新シングル「FACEDOWN」
再生・購入:https://ffm.to/ca_facedown