2010年にオールド・クロウ・メディスン・ショーと共同名義でEPを出し、ダン・オーバック(ザ・ブラック・キーズ)のプロデュースによるメジャーデビュー作を2013年にリリースして以降は、カントリー、ソウル、ブルーズ、ゴスペル、インディーフォーク、ロックなどがブレンドされた音楽性と個性的な歌声で人々を魅了してきた。
インタビューでの彼女はというと、とにかく明るく、大きな声でよく笑って、よく喋る。パフォーマンスもさることながら、そのポジティブなパワーは相当のもので、筆者も話を聞きながら力をもらえた気になった。彼女の表現の原点についてや、新作のサウンドについて、それに尊敬するメイヴィス・ステイプルズのことなどを熱く話してくれた。
”奇跡の歌声”の原点
ーその髪型、以前から写真や動画で見ていてステキだなと思っていたんですけど、こうして目の前で見るとやはりとてもお似合いですね。
ヴァレリー:あははは。ありがとう。この髪型にして、10月でもう26年。どうしてこうしたかの理由はふたつあって、毎日手入れするのが面倒くさいからというのがひとつ。髪型に時間を費やすのって無駄な気がしちゃって。
ーボブ・マーリーが大好きなんですよね。
ヴァレリー:うん。ボブになりたいくらい好き(笑)。
ーあなたはテネシー州のジャクソンで生まれてメンフィスに育ち、2010年代に入ってニューヨークのブルックリンに移り住んだそうですが、今はどちらに?
ヴァレリー:この10年ちょっとはテネシーのジャクソンとメンフィスの中間あたりにある田舎町と、ニューヨークのブルックリンとで二拠点生活をしている。とはいえ年がら年中ツアーをしていて、大半はこの重たいスーツケースを動かしながらの生活なんだけど。
ーたまにテネシーに戻ると、ホッとします?
ヴァレリー:すごくホッとする。私の家のすぐそばには池があって、ヘビやカエル、トカゲ、マスクラットとか、いろんな生き物がウチにやってくるんだけど、それを見ているだけで癒されてリセットされる感じ。街にいるときはアートを見たり、音楽を聴きに行ったりすることも多いけど、テネシーではそうやって生き物を見たりしながらゆっくり過ごしてる。テネシーは私にとってチルするための場所。そういう環境で育ってきているから、自然が身の回りにあるのは私にとって大事なことで。
ー幼い頃から信仰心の強いご両親に連れられて教会で歌っていたそうですね。その頃の経験があなたのなかに根づいていて、それが今の音楽表現にも繋がっているように思うんですが、どうでしょうか。
ヴァレリー:そう。教会で歌っていたのは、たしかに私の原点。そこでいろんなことを学んだ。初めに通っていた教会は、500人いたらそのうち白人は5人くらいで、あとはほとんどアフリカ系アメリカ人だった。みんなすごくパワフルで、お腹から声を出して低い声で歌う人が多くてね。「(低い声で)う~う~う~♪」みたいな。そのあと今の家にも近い田舎のほうに引っ越したら、そっちの教会は白人が多くて、アフリカ系アメリカ人はほとんどいなかった。そうすると同じ曲でも「(高い声で)は~は~は~♪」みたいな感じで歌っていて。
まあそんなこんなで、私の音楽表現の原点とは何かと言ったら、やっぱり声なんだよね。声が私にとっての楽器というか。楽器を独学で弾くようになったのは20代に入ってからで、22歳からギターを弾いて歌うことをするようになったんだけど、それってやっぱりほかのミュージシャンの人たちからすると遅いほうで。そんなだから、今でも曲を作るときは最初から声ありき。頭のなかに楽器の音ではなく声が聴こえてきて、それがレイヤーになって曲になる、みたいな。楽器の音に落とし込むのはその後なんだ。

Photo by Tsuneo Koga 写真提供/COTTON CLUB
ノラ・ジョーンズらと歌い継ぐシスターフッド讃歌
ー曲の構成や構造にもゴスペルの影響が表れているように思うんです。例えば「Shakedown」(2017年)という曲は同じフレーズが繰り返されて、ハンドクラップが入って、声が重なったりもしながら徐々に盛り上がっていく。曲はブルースロック的だけどゴスペル的な昂揚がそこにある。それから言葉のリフレインによって成り立っている曲も少なくなくて、例えば新作『Owls, Omens, and Oracles』の「Joy,Joy!」は”Joy Joy in Your Soul”というフレーズが何度も繰り返される。シンプルで覚えやすい言葉を繰り返すことでメッセージを強調するというのはゴスペルの重要な技法のひとつですが、そのあたりは意識的ですか?
ヴァレリー:曲の流れはたしかにゴスペルに似ていると思う。
そう、つまり声からリズムが生まれているという点でゴスペルに通じているし、全ての曲にメッセージがあるという点でもそう。でも、聴く人によっては「これってラブソングだよね」って思うかもしれないし、私自身、それでいいとも思っている。受け取り方は自由だからね。ただのラブソングとして聴いてもらっても全然かまわない。
ー子供の頃に教会でゴスペルを歌っていて、大人になるに連れて次第に音楽の志向が広がり、表現と活動の幅も広がっていった歌手は少なくないと思うんですが、そのひとりにメイヴィス・ステイプルズがいます。あなたはメイヴィスをとてもリスペクトしていますよね。「大事なのは伝えるということ。伝えたいことがある限り私は歌い続ける」とメイヴィスも言っていましたが、そういうところでも通じ合うところがあるんでしょうね。
ヴァレリー:彼女には偉大なるリーダーのようなところがある。私はメイヴィスを聖人だと思っていて、セイント・メイヴィスなんて呼んだりしているんだけど(笑)。
私はステイプル・シンガーズの曲をたくさん聴いて育ったんだけど、同じようにカーラ・トーマスやブッカー・T・ジョーンズの音楽もたくさん聴いてきた。アフリカ系アメリカ人でメンフィス出身のそうした偉大なミュージシャンたちは、私にとってまさに師のような存在。その何人かと共演する機会に恵まれ、いろんなことを学べたのは本当にラッキーだったと思う。
メイヴィス・ステイプルズをフィーチャーした「Why The Bright Stars Glow」(2021年)
ー昨年あなたは、メイヴィスの父親であるポップス・ステイプルズが遺した「Friendship」という曲をカーラ・トーマスとスタックス・ミュージック・アカデミー(テネシー州南メンフィスにある中高生のための音楽教育機関。その生徒たち)をフィーチャーする形で録音して配信リリースしました。「Friendship」はあなたと仲良しのノラ・ジョーンズがメイヴィス・ステイプルズと一緒に録音したりもしている曲ですが、あなたはどうしてこの曲を録音しようと思ったのですか?
ヴァレリー:え? ノラとメイヴィスが? それは知らなかった。で、質問の答えだけど、もともとはメイヴィスが去年の7月で85歳になったから、そのお祝いの意味で何かしたいと思って。カーラ(・トーマス)はメイヴィスと10代の頃から友達だったそうだし、今も友達でい続けているのが素晴らしいと思って、何か音楽のプレゼントをしたいと思ったんだよね。それでポップス(・ステイプルズ)のこの曲は、彼が録音したあとなかなか世に出なかったもので、そんなに広く知られているわけではないけど、みんなに知ってほしい曲だと私は思っていたから、この曲を録音しようと。ザ・ステイプルズ・シンガーズをたくさん聴いてきた私にとってはポップスに対するリスペクトの意味もあったし、メイヴィスの誕生日を祝う意味もあったし、メイヴィスとカーラの友情を讃えたい気持ちもあった。ノラとメイヴィスが一緒に録音していたというのは、今あなたに言われて初めて知ったんだけど、私とノラも仲がよくて、そう考えるとノラと私、私とカーラ、ノラとメイヴィス、カーラとメイヴィスといったふうにいろんな友情……シスターフッドを讃える曲にもなったんだなって、今にして思う。年齢は離れているけど、そんなのは関係ないことだからね。
最新作、そして世界の美しさを信じるパワー
ー4月にリリースした新作『Owls, Omens, and Oracles』の話を聞かせてください。このアルバム、サウンド的にはロック……とりわけインディーロックの質感が入っている曲が複数あるのが今までの作品との違いであり特徴じゃないかと思ったんですが、普段から聴いたりもするんですか?
ヴァレリー:インディーロック的なものはけっこう好きで、特に自分で楽器をやるようになってからよく聴くようになった。M.ウォードの音楽が大好き。彼の曲がラジオで流れる度に「きゃ~、最高!」って。彼は本当に偉大なミュージシャン。で、そんな彼と初めて会うことができたのがLAのスタジオで、メイヴィスが『Livin' On A High Note』(2016年)というアルバムを作っていたとき。機会があって私もその場所にいたんだけど(筆者注:ヴァレリーはこのアルバムに「High Note」という曲を提供。その録音のためにそこにいたのだろう)、メイヴィスとM.ウォードが一緒に仕事をするのを見るのはとてもいい経験だった。彼が作った曲(「Dont Cry」)も素晴らしかったしね。で、初めはただ見学していただけだったんだけど、彼に「歌ってみない?」と言われて飛び入り参加することにもなって。「High Note」で私はバックボーカルをやって、しかもその曲がアルバムタイトルにもなった。
そんな伏線があったわけだけど、その7~8年後だったかのニューポート・フォーク・フェスティバルでM. ウォードと再会して、そのときに「私はあなたの音楽が大好き。あなたと一緒に何かやりたい」って言ったのね。そうしたら彼が「やろうやろう」って言ってくれて、「本当に? いえ~い!」ってなったんだけど、そこからまたしばらく時間があいて、数年後に別のフェスで会ったときに今度こそと思って話を詰めたわけ。で、ようやくその1年後に一緒にスタジオに入ったの。そのとき彼はトム・ウェイツやメイヴィスなんかの作品に参加しているドラマーのステファン・ホッジスと、ベースのカヴェ・ラスタガー、それにジョン・レジェンドなんかと一緒にやっているキーボーディストのネイト・ウォルコットを連れてきてくれて。彼らと一緒にやれたのもすごく嬉しかった。で、私はロックンロールやロッキンブルースのレコードがもともと好きで、ほら、「Shakedown」もロッキンブルースって感じだったじゃない? そういう曲を今回も録音することができたし、あとローファイっぽいのも好きで、あなたがさっきインディーロック的と言ったような曲も録音できた。そこを強調してくれたのはM.ウォードで、彼は私がそういう音を好きだって理解してくれていたんだ。私は自分のなかのそういう志向を面白がってくれる人と仕事をしたかった。彼は誰よりもそれを面白がってくれたし、理解してくれたから、レコーディングもイージーにやれた。「理解してくれて感謝!」って感じ。
M.ウォード、2024年発表のベストアルバム『For Beginners: The Best of M. Ward』
ー時間がきたので最後の質問です。メイヴィス・ステイプルズの名前が度々出ましたが、彼女のニューアルバムが11月に出るらしく、そのタイトルは『Sad & Beautiful World』だそうなんです。悲しくて、美しい世界。こんなにも分断が進んだ悲しい社会/世界だけど、それでも美しいのだと信じて生きていこうという希望を託した素晴らしいタイトルだなと僕は思ったんですが、あなたはどう思いますか?
ヴァレリー:まだ私もメイヴィスのそのアルバムを聴いていないので内容については何も言えないけど、そのことを聞いて自分なりに何か言えるとしたら、こういうこと。まずアフリカ系アメリカ人のヘリテイジを踏まえて彼女はそのタイトルを付けたんじゃないかと。世界には闇があることをまずみんなは知るべき。アフリカ系アメリカ人は殴られ、レイプされ、リンチされ、それは400年続いた。そして今も世界には多くの不正があって、誰もがそれに直面している。
そうした苦しみや痛みがあるなかで、一方、今の私たちは昔と違い、もっと自由に暮らしていたりもする。例えば私は1年中旅をしていて、今はこうして日本に来て歌ったりしている。ミシシッピからニューヨーク、カリフォルニア、それにヨーロッパのいろんな国々に行って演奏することができている。
そうして自由をシェアできる立場になった私が思うのは、美しいパワーをもっと循環させたいということ。社会を、世界を、もっと美しいものにすることが私たちはできるはずだし、美しさというものを信じないといけないと思う。美しさを信じてください。そう私は伝えたい。美しいと信じることのパワーは戦争と同じくらいに強力なもので、それなら私は美しくするほうに自分のエネルギーを向けたい。黙ってここに座っているわけにはいかなくて、私は私のあとに来る全ての人のために、自由かつ美しく生活することができるんだってことを伝えていきたい。もちろんそれには助けが必要。みんなに手を挙げてほしい。メイヴィスはそれを音楽を通して伝えてくれているリーダー的な存在だと私は思うし、ボブ・ディランも、ニール・ヤングも、ウィリー・ネルソンも、ブッカー・T・ジョーンズも、美しい世界を信じて表現をしてきた人たちであり、私は彼らのしてきたことを見て素晴らしいと思ってきた。彼らはお歳を召したけど、今もこの仕事を続けている。それって本当にすごいこと。そう、Sadだけど、それでもBeautiful Worldだと言い切ることがメイヴィスの紛れもないメッセージであり、私もあとに続きたい。究極、美しい世界を創造すること以外の何かを考えている時間なんてないと思っているの。

Photo by Tsuneo Koga 写真提供/COTTON CLUB

ヴァレリー・ジューン
『Owls, Omens, and Oracles』
発売中
再生・購入:https://found.ee/VJ-OwlsOmensOracles