ドキュメンタリー、本、そしてCDシリーズからなるマルチメディア・プロジェクト『The Beatles Anthology』がスタートしてから、早いもので30年の月日が流れた。新たに「エピソード9」を加えたドキュメンタリーの配信(11月26日よりディズニープラス スターで独占配信開始)、本の新装版発売と共に、レア音源のお蔵出しも実現、話題を呼んでいることは皆さんご承知の通り。
『Anthology 1』(95年11月)、『Anthology 2』(96年3月)、『Anthology 3』(96年10月)の3枚で完結したと思われていたコンピレーション・アルバムだったが、11月21日にボックスセット『Anthology Collection』が発売されるにあたって、そこに含まれるまさかの続編『Anthology 4』が登場(単体としても発売)、話題を呼んでいる。

『アンソロジー』の歴史的意義

そもそも、大掛かりな『The Beatles Anthology』プロジェクトは、どのような流れで実現したのか? それまで未発表音源の封印を解くことに対して消極的に見えた元ザ・ビートルズたちの心境の変化を考えるうえで、改めて彼らの当時の足どりを振り返る必要がある。

セールスが低迷した82年のアルバム『Gone Troppo』を最後に、しばらく音楽活動から遠ざかっていたジョージ・ハリスンは、87年に米1位・英2位の大ヒットとなった「Got My Mind Set On You」と、『Cloud Nine』によって完全復活を果たした。同作を共同プロデュースしたジェフ・リン(アイドル・レース~ザ・ムーヴ~エレクトリック・ライト・オーケストラ)と、ボブ・ディラン、ロイ・オービソン、トム・ペティという豪華メンバーでトラヴェリング・ウィルベリーズを結成して88年にアルバム『Traveling Wilburys Vol.1』を発表。オービソンの死後も残った4人で2作目『Traveling Wilburys Vol.3』を製作して90年にリリースした。91年に実現したエリック・クラプトンを伴ってのソロ来日公演は『Live In Japan』として92年にリリースされている。

一方ポール・マッカートニーは、エルヴィス・コステロをコラボ相手に迎えた『Flowers in The Dirt』(89年)と、続く『Off The Ground』(93年)が好セールスを記録。ウイングス以来となるワールドツアーも盛況で、『Tripping The Live Fantastic』(90年)、『Unplugged (The Official Bootleg)』(91年)、『Paul Is Live』(93年)とライブ盤も連発。現役アーティストとしての存在感を見せつけていた。

そしてリンゴ・スターも、アルコール依存症を克服後の89年からリンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンドを発足させてライブ活動を本格的に再開。ジェフ・リンやドン・ウォズを制作陣に迎えた入魂のソロ作『Time Takes Time』を92年にリリース、好評を得た。

存命の元ザ・ビートルズたちが90年代に”今を生きるアーティスト”として順調に活動を続ける中で、いよいよレア音源の商品化も始まり、現在と過去、両輪が駆動。
相乗効果を生んでいく。BBC出演時のライブ音源を集めた『Live At The BBC』(94年11月)は、ほとんど新作と同等の熱狂をもって迎えられ、英1位・米3位と大ヒット。同じ年に日本でも公開された、初期メンバーであるスチュアート・サトクリフの生涯を描いた劇映画『バック・ビート』も、当時の若者にはインパクト大だった。ドン・ウォズが監修したサウンドトラック盤にはニルヴァーナのデイヴ・グロールやソニック・ユースのサーストン・ムーアらオルタナ世代の人気ミュージシャンばかりが参加していたのだ。ハンブルク時代の彼らが持っていた激烈さをオルタナ勢の演奏を通して表現するという発想の妙が功を奏し、旧来のザ・ビートルズ観を刷新してくれた、忘れがたい”事件”だった。

もうひとつ重要な事象として触れておきたいのが、ザ・ビートルズ愛を公言して憚らないバンド、オアシスの登場だ。『Anthology 1』が発売された94年にデビュー、翌95年にベストセラーとなった2枚目のアルバム『(What's The Story) Morning Glory?』をリリースしたオアシスは、ひと世代上のパンク・ロック勢がザ・ビートルズを仮想敵にしたのとは対照的に、真正面から影響を口にし続け、90年代にザ・ビートルズが再び”イン”なバンドになる空気を作った立役者と言える。彼らがカバーした「I Am The Walrus」がきっかけでザ・ビートルズに入った、というティーンエイジャーも少なくなかったはず。先日の来日公演でも、「Whatever」~「Octopus's Garden」のメドレーを披露したことが記憶に新しい。彼らが飛ぶ鳥を落とす勢いだった時期と、『The Beatles Anthology』プロジェクトが同時代だったことを、頭の隅に置いておいてほしい。

新ミックスで生まれ変わった「新曲」

『The Beatles Anthology』プロジェクトで最大の驚きは?と問われたら、だれもが「ビートルズが”新曲”を作ったこと」と答えるだろう。ジョン・レノンが自宅で録音したデモテープから選ばれた「Free As A Bird」(英2位・米6位)、そして「Real Love」(英4位・米11位)は、たとえばジョージ・ハリスンの『Cloud Nine』に収められていた「When We Was Fab」のように、往年のビートルズ・サウンドを再現する方向も選べたはず。
しかしそういう遊びから距離を置き、当時の各人の持ち味を存分に活かして、いかにもジェフ・リンらしいサウンド・プロダクションに身を委ね、”90年代のビートルズ”を提示しようとした点が感動的だった。「期待していた新曲と違う」と揶揄するファンもいたが、再び”4人の新曲”を作る必然性が感じられる曲に仕上がらなければ、彼らはこれら2曲のリリースをよしとしなかっただろう。また、ジェフ・リンとの共同作業が縁で、彼が参加したポール・マッカートニーの新たな傑作『Flaming Pie』(1997年)が生まれる流れになったことも、改めて強調しておきたい。

修復された「Free As A Bird」MV

「Free As A Bird」MVメイキング映像

本稿の執筆前に『Anthology 4』が試聴できると聞いて、真っ先に聴いたのも新たにリミックスされた「Free As A Bird」と「Real Love」だった。『ザ・ビートルズ:Get Back』や「Now And Then」でも用いられたソフトウェア、MALによって、ジョンのデモからボーカルを浮き上がらせることに成功している。そもそも録音した当人が本気モードで歌っていない自宅デモがソースだから、初出時は技術的な限界もあって、デモ感や音質の悪さもある程度活かしたミックスにせざるを得なかったはず。しかし今回のリミックスではジョンのボーカルがくっきりと聞こえ、まったく”別物”と言っていい仕上がりになった。ジョンの『Mind Games』(73年)に収められていた「One Day (At A Time)」などの内省的な曲を思い出す歌声のナイーブさが際立ち、初出時より声の繊細さが強調されたように感じる。早くもこのリミックス・バージョンの是非をめぐって論争が起きているが、常に技術の進歩と寄り添って生きてきたビートルズなのだから、これはこれで「2025年のリミックス」と割り切って楽しめばいい、と筆者は思っている。”最後の新曲”である「Now And Then」と並べて『Anthology 4』の中に置くためにも、リミックスはやっておきたい作業だっただろう。

『Anthology 4』の秘蔵音源

そして『Anthology 4』の収録曲を頭から順に聴いていくと、噂通り初期~中期にかけての音源がかなりグッとくる。ディスク1の冒頭を飾る2曲は、2013年にiTunes Storeでリリースされた『The Beatles Bootleg Recordings 1963』から。
「I Saw Her Standing There (Take 2)」で聴けるポールの声は、採用されたテイク1と比べると声が気持ちいがらっぽく、よりブルージーに聞こえる。「Money (Thats What I Want) (RM7 undubbed)」はピアノ抜きのバージョンで、初期ならではの粗野さ、パンク感が生々しい。前述した『バック・ビート』のサントラでアフガン・ウィッグスのグレッグ・デュリが歌っていたバージョンにも負けないガレージ感だ。ビートルズの原点を伝えるこれら2曲でアルバムを始める構成は、”つかみ”として成功している。

ここからは今回が初公開となる未発表曲を見ていこう。「Tell Me Why (Takes 4 and 5)」はギターバンドでありながらハーモニーにも力を入れていた時期の彼らが、スタジオで試行錯誤している様子を伝えてくれる初々しい記録。モータウン勢を含むアメリカのガールグループが得意としたスタイルを、ギターサウンドに置換するという”金脈”をすっかりものにした64年2月の録音だ。まだ自分のパートを覚え切れていない様子のジョージに、ジョンが教えてやる声をマイクが拾っているのが面白い。いいところで笑いを我慢できなくなって台無しになる「If I Fell (Take 11)」も、スタジオでの彼らの姿が目に見えるよう。これこそ、楽曲が完成するまでの過程を誰でも盗み聴きできる『Anthology』シリーズの醍醐味と言える。「Matchbox (Take 1)」はリンゴの歌い方が、OKテイク以上の素直さでカール・パーキンスの唱法をなぞっているように聞こえてかわいい。「Every Little Thing (Takes 6 and 7)」は集中力の高さを感じさせる演奏だが、テイク6の途中でポールがゲップ。
うまく行きそうなテイク7も結局笑って終わる。

「I Need You (Take 1)」は、この曲の代名詞であるエレキのボリューム奏法(ただし、ちょっとだけタイミングが合っていない)をジョージがオーバーダブする前で、アコースティックギターが核になっているシンプルな演奏が新鮮。個人的にはOKテイクより気に入った。同じく『Help!』(65年)に収められた曲、「Ive Just Seen A Face (Take 3)」はカントリー&ウエスタンの影響がモロに出た疾走感溢れる演奏が痛快で、早すぎたカントリー・ロックとも言えまいか。クラシックギターと12弦アコースティックギターの組み合わせが実にいい感じだが、ポールはまだ細かいアレンジまで詰めていないようだ。

「In My Life (Take 1)」は、歌い出しから「I'll Remember」の部分がOKテイクと異なり、「Remember」に妙な抑揚をつけた符割りで歌っている。しかし次の「not for better」の部分ではOKテイクと同じようにフラットに歌っているから不思議。恐らく後者に合わせた方がスムーズで良いという判断から、変えることにしたのだろう。また、ブリッジの「Some are dead and some are living」の箇所は、リリースされたバージョンでは最後のコードのBから次のDmへと移る箇所が、ここではD→Dmになっている。これはこれでありがちな常套手段だが、もっとメリハリを強調する必要を感じ、DをBに変えたくなったのだと思う。ただテイクを重ねるのではなく、最適のコードを得るまで妥協せずに”変え続ける”姿勢から、彼らの粘り強さが見えてくる。同じく「Nowhere Man (First version – Take 2)」も歌い出しの符割りに明らかな違いが。
ファンが期待している通り『Rubber Soul』(65年)のデラックス・エディションがそろそろ出てくるとしたら、このようなテイク違いが山のように聴けるのでは……と期待せずにいられなくなる。

”LSD体験以降”、作風がガラッと変わってからの未発表曲は今回多くないが、どれもインパクト大だ。「Baby, Youre A Rich Man (Takes 11 and 12)」は短いテイク11の後、ジョンがマル・エヴァンズに「コークを持ってきて」と告げると、ポールが「カナビス(樹脂化した大麻)も」と危険な発言。コークはコカコーラだったと思いたい。テイク12の最後で聴けるジョンの巻き舌ボーカルはシラフだろうか。

「All You Need Is Love (Rehearsal for BBC broadcast)」は宇宙中継プログラム『OUR WORLD ~われらの世界~』の本番に備えたリハーサルで、ジョンの歌い方は肩慣らし程度に聞こえるが、リリースされたバージョンよりストリングスやホーンの音色が鮮明で生々しく、本作中でもドキッとさせられる音源だ。終盤には「こんなにファンキーに演奏してたっけな?」と感じるパートも顔を出す。

「The Fool On The Hill (Take 5)」は、ほぼアレンジが固まっている模様。このままインストゥルメンタル曲として成立しそうな精緻さに聴き惚れる。「I Am The Walrus (Take 19)」は、メンバーの演奏はオフになっており、オーバーダブしたストリングス、ブラス、クラリネットをじっくり聴ける。編曲したジョージ・マーティンもLSD体験をしたのでは?と、あらぬ疑いをかけたくなる極彩色の仕上がりで、改めてマーティンの音楽的な貢献が浮き彫りになる強烈なトラック。ボーカルはほとんど聞こえないが、ザ・ビートルズのサイケデリック・サイドに魅了された人なら通過不可、必聴の音源と言い切りたい。


「Hey Bulldog (Take 4)」はバックトラック中心でジョンのボーカルはほとんど聞こえない。いかにもジョンらしい動きをするピアノ、ジョージのギターがむき出しの状態で聴ける。ジョンが叩き出すリズムとリンゴのドラムの相性が抜群で、のちに『John Lennon/Plastic Ono Band(ジョンの魂)』(70年)でリンゴを起用するのが納得できるトラック、とも言えそうだ。

他のバンドがレコーディングでは数テイクでキメるよう要求されていた60年代に、王者ザ・ビートルズは延々と何テイクも録り直すことを許されていた。贅沢に時間を使ってスタジオ内で曲を練り上げていたことは、『Anthology Collection』をぶっ通しで聴けば実感できるはずだ。そうやって膨大な録音が残されたおかげで、我々は今でも彼らのキャラクターを身近に感じながら、未使用テイクの隅々まで楽しむことができる。このファビュラスなバンドがどうやって時を越える名曲群を残すことができたのか……魔法の秘密に触れたいと願い続けている人々にとって、『Anthology Collection』が最高の資料であることは疑いようがない。

ザ・ビートルズ『アンソロジー』究極の復活──歴史的背景、新ミックス、秘蔵音源を徹底解説

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『ザ・ビートルズ・アンソロジー』
2025年11月26日(水)よりディズニープラス スターで独占配信開始
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