年賀状を交換しているご婦人と顔を合わせた折に、「一度お尋ねしたいと思っていたのですが」と前置きして、宛名にいつも旧字の「樣」を使っているのはなぜかと聞かれた。
私は終戦翌年の1946年に小学校に上がっているから、当用漢字世代のはしりである。
質問の主は年輩の方で、中国語を勉強している人であったので、「宛名にはヨンサマのサマを使うんです」と答えてみたが、このイタズラは通じなかった。「エイサマといって縁起がいいんですよ」と付け加えたところ、こんどは通じたらしく、「エイ(永)の字が入っていますからね」と答えが返ってきた。「だからヨン(永)サマというんです」と出来のわるいダジャレの種明かしをしたら、おつきあいに笑ってくれた。中国語で「永」の字はヨンと発音する。
本当に縁起がよいからかどうかは確かでないが、「様」の字の旁(つくり)の下の部分を「永」と書いた「樣」の字はエイサマと称して、最も敬意を込めた書き方であるとされている。
私は書かないが、「永」の代わりに「次」と書く人もいる。これは次に位する意、つまり一段劣っていることをいうツギザマ(次様)、シモザマ(下様)に通じるので、敬意の度合が低いとされる。
ほかにも草書体に崩して旁の部分を「美」に似た形に書いたり、「平」に近い形に書いたりすることがあり、前者をビザマ、後者をヒラザマと称している。ビザマはエイサマに次いで敬意が高いとされる。
いかがですか?来年の年賀状には相手をランク分けして、サマの字を使い分けてみるなどというのは?ワープロはそんなややこしい注文には応じてくれません、ですか?お気の毒サマ。せめて宛名くらいは手書きになさっては?
そうそう、もうひとつありましたね。旁の部分を「羊」とする字。中国語の簡体字がそうでした。
「羊」はいい。ヨン(永)サマもいいが、ヤン(羊)サマも悪くない。(またダジャレの解説ですが、「羊」の字の中国語の発音はヤンです。)吉祥の「祥」の字にも通じ、十二支の動物の中でも最も好まれる。
肉も尊ばれる。漢王朝創業の功臣・盧綰(ろわん)は高祖劉邦と同郷の人で、高祖と同日に生まれたが、この日村人たちは祝儀の品として羊の肉と酒を両家に贈ったと『史記』の盧綰伝にある。
看板に羊の頭をつるしておいて、実際は犬の肉を売ることを「羊頭狗肉」というのも、羊の肉が美味であるとされるところから生まれた語であろう。
余談ながら、「羊羹」という中国語は、もとは羊の肉のあつものの意。今は日本語の「ようかん」と同じものを指している。それにしても、どうして「虎屋」で売っているのでしょうね。(執筆者:上野惠司)
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