馬総統によると、台湾で行政院院長(任期1990年6月-93年2月)、国防部部長(国防相、任期89年89年12月-90年5月)などを務めたハオ柏村氏が1990年、「漢疆作戦計画」を立て、尖閣諸島の魚釣島上陸のための特別部隊「漢疆突撃隊」も編成した。しかし、計画を知った李登輝総統が「一喝」したため、作戦は中止になったという。(「ハオ」は「赤」におおざと)
軍ヘリコプターによる上陸を図った。兵士を乗せ低空飛行するヘリコプターで上陸する予定で、参加する兵士は実弾入り小銃と手投げ弾を携行した。ヘリコプターが中継地に着陸した際、上部から突然の中止命令があった。兵士が携行した武器弾薬はすべて回収された。
李登輝総統とハオ行政院長には尖閣問題を巡る意見の対立があり、ハオ院長は独断で「正義の血を沸き立たせ、問題の『凍結状態』を打破しようとした」という。計画を知った李登輝総統が、ただちに「漢疆作戦計画」の中止を命令した。
中国新聞社の記事は、李登輝元総統の「22歳まで、私は日本人だった」」、「尖閣諸島はもともと日本のもの」、「(日本政府による尖閣諸島国有化について)われわれには関係のないことだ。他人の息子がどんな嫁を選んでも、私は関与できない」との発言を取り上げ、「李登輝は何度も日本に媚(こび)をうる心情を見せている。