「新しい日中関係を考える研究者の会」の代表幹事を務める毛里和子・早大名誉教授のインタビュー記事、連載第3回目(最終回)。だ2012年に日中の対立が激化した直接の原因は、尖閣諸島を巡る領有権の問題だった。
毛里氏は、日中両国とも「この袋小路から抜け出なければならない」との自らの考えを披露した。そのためには、改めて「棚上げ」をすることも有効という。ただし、中国に対しても、国際的に固まった結論は不満であっても認めないわけにはいかないと釘を刺した。さらにナショナリズムに限って言えば、中国では民衆の「共産党に対する素朴な信頼がまだある」と指摘。政治家や外交官に求められる役割とは「排他的ナショナリズムに振り回されることなく、冷静に、合理的思考を追求すること」と断言した。

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――尖閣諸島の問題ですが、どのようにすればよいとお考えでしょう。

毛里:日本にも中国にも言い分はありますね。この袋小路からなんとか抜け出さなければなりません。私は日本は、領土問題はあると認めた方がよいと思います。そして、棚上げについては、かつて両国の外交交渉における棚上げはなかった、という点を堅持したいのならば、これから改めて棚上げにしましょう、という新提案をしたらどうでしょう。

 今回の衝突の底辺にあるのは、双方にある決定的な不信感ですが、さらに、双方のメンツの問題も大きいと思います。メンツを救い合う外交交渉、公式・非公式を問わず、そういった交渉が必要なのでしょう。
日中間に委員会を作って、たとえば30年間は棚上げにするとか決めて、棚上げ期間中のルールを決める、というのがとりあえず現実的な対応ではないでしょうか。

 実は先ごろ中国の駐日本大使館の方に会ったのですが、その方の話を聞くと、事態は必ずしも絶望的ではないのかも知れないと思いました。この3カ月間ぐらいは、中国の行動も言い分もおだやかになってきているようです。ですから、安倍首相が「日本側は門を開いている」と言い続けることは第1の前提として重要だと思います。

 ただ、この問題を外交官僚が解決することはできません。結局は政治家の政治的決断が必要です。

――尖閣諸島の問題を含めて、中国の外交はあまりにも強引だという声もあります。

毛里:私は、2006年あたりから中国の内外政策が変わったと考えています。対外政策では、海洋権益を守り拡大する政策に転じたようです。国内政策では、市場化と改革の推進から、国有企業保護、上からの統制の強化へと変わってきました。

 中国ではリーダーにも国民にも歴史的被害者意識が強くあります。国際ルールも押し付けられているという意識があります。
冷戦下でもやられたという意識、中国はのけものにされたという意識があります。それを、(中国の存在感や力が)大きくなった今こそひっくり返したいという気持ちが強いのでしょう。

 理解できないわけではありませんが、中国が国際的に固まったもの、ルールや常識をいまさらひっくり返すことはできません。結局は、国際的に固まったことは、不満だったとしても認めないわけにはいきません。

 たとえば極東裁判ですが、日本には大きな不満もあります。認めがたいという人もいます。でも、日本国はこれを受け入れ、政府は受け入れた。国民も基本的に受け入れた。それをひっくり返そうとしても、国際社会は認めるでしょうか。

 中国はサンフランシスコ条約から排除され条約には署名していないから関係ない、と主張します。だから、自分たちはサンフランシスコ条約に拘束されないのだと。

 ただ、中華人民共和国が中華民国の後継者だという主張にもとづけば、日本と中華民国と結んだ日華平和条約が、今も中国を拘束するという論理は成り立つわけです。
中国が自分たちに都合のよい部分だけを主張したのでは、「ご都合主義」と言われてもしかたないですね。

――インターネットでは日中ともに、相手を口汚くののしる傾向が強まってきました。

毛里:たしかに、今、この日本で中国についてちょっと同情的に言えば、ネット世論から袋叩きされてしまいます。ただ、日本と中国では、インターネットで相手を中傷する原因に、違いがあるように思えます。

 日本のいわゆるネット右翼は、言いたいことをバンバン言ってすっきりした、気分がよくなるという面があるようですね。ある意味で単純です。

 中国では、もう少し複雑です。中国では他に不満を言える対象がないということがあります。日本に借りて、さまざまなことに対して持つ不満をぶつけている面があります。

 それから、日本にいると分かりにくいのですが、中国人は案外、ことナショナリズムに関するかぎり、共産党を信じている面があるのです。共産党に対する素朴な信頼がまだあるのです。だから、共産党や政府が日本を非難すると「その通りだ!」となりやすい面があります。


 しかし、その共産党や政府の内部では、日本に対してさまざまな考えがあります。必ずしも一枚岩ではありません。民衆のレベルでは反日感情が強いですね。

 日本の場合はどうでしょうか。世論調査では中国に対して親しみを持たないとする人が8割をこえていると言われますが、それがすべてしも反中を意味するものではないでしょう。

 政治家や官僚が、世間の声に引きずられすぎるのもよくありません。排他的ナショナリズムに振り回されることなく、冷静に、合理的思考を追求するのが、政治家・外交官の役割でしょう。

――中国では内政面における不満のはけ口が、反日感情になっている面があるのですね。その中国の国内政治ですが、なかなか難しいことが多いようです。

毛里:成長路線からの切り替えを進めようとしていますが、実際には難しいでしょうね。胡錦濤政権の後半5年間は、何もできなかった。胡錦濤自体がマネージャーみたいな人で、王様のようにはふるまえなかった。
自分の考えを確信をもって進めて行くことができませんでした。

 2000年代に入ると、特権で巨大な利益を得る人、巨大な利益を得る企業が目立つようになりましたからね。改革を進めようとしても、そういう抵抗勢力がきわめて強いようです。腐敗は構造化しています。
 
中国の外交でも、「なんでこんなに強引なのだ」と思える場合がありますが、国内的な利益の問題もあるのです。海洋の問題でも石油資本やエネルギー企業が外交政策に介入してきています。資本の発言力が増した。ある意味では、「普通の国」になってきた中国の政策、行動を理解するのは前より容易になったのかも知れません。

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追記:
「新しい日中関係を考える研究者の会」についてのご意見、ご質問などは<sinojapaneserelations@gmail.com>宛に電子メールでお寄せくださるよう、お願い申し上げます(会代表幹事:毛里和子)。

【プロフィール】
毛里和子(もうり・かずこ)

 お茶の水女子大学卒業、東京都立大学人文科学研究科修了、財・日本国際問題研究所研究員、静岡県立大学国際関係学部教授、横浜市立大学国際文化学部教授を経て1999年から早稲田大学政治経済学術院教授。2010年3月に定年退職。

現在は早稲田大学名誉教授・同アジア研究機構現代中国研究所顧問、中国・華東師範大学顧問教授。
2013年10月からは「新しい日中関係を考える研究者の会」代表幹事。

 現代中国論・東アジア国際関係論が専門。中国から「国際中国学研究貢献奨」(2010年度)、日本では「石橋湛山賞」(07年度)、「福岡アジア文化賞」(10年度)などを受賞。11年には文化功労者。

 代表作は、『現代中国政治第三版』(2012年)、『グローバル中国への道程-外交150年』(川島真と共著、09年)、『日中関係-戦後から新時代へ』(06年)、『周縁からの中国 民族問題と国家』(1998年)など。

(聞き手・構成:如月隼人)
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