要人警護のプロが教える「広島サミット」警備の盲点。やらかし続...の画像はこちら >>

G7広島サミットのメイン会場となる「グランドプリンスホテル広島」は、広島市南部の宇品島にある。写真は上空から見た島の全景。
手前にあるのが、そのホテルだ

昨年7月の安倍晋三元首相の襲撃事件に続いて、今年4月には岸田文雄首相が選挙の応援演説直前に爆発物が放り込まれる事件が起きたこともあり、日本の警察の要人警護のクオリティについて不安視する声は少なくない。

果たして5月19日から21日まで広島で開かれるG7サミット(主要7ヵ国首脳会議)を無事に終わらせることができるのか。

警視庁に20年以上在籍し、公安部外事課でスパイ・テロ対策を担当、各国大使館に警備体制に関するさまざまな提言を行なった実績もあるセキュリティコンサルタントの松丸俊彦氏は、広島サミットの会場を視察したという。プロの目線から見て、どんな"穴"があるのか。じっくりと聞いた。

■ここまで違う! 日本とアメリカの"要人警護スタイル"

――まず、日本の要人警護の課題について教えてください。

松丸俊彦(以下、松丸) 今回はテロ対策や要人警護のレベルが高いアメリカと比較してみたいと思います。

アメリカの大統領・副大統領を警護するシークレット・サービス(以下、SS)は、かつては財務省、02年からは国家安全保障省に所属しています。19世紀当時に横行していた通貨偽造に対する防諜(ぼうちょう)・捜査機関として創設された歴史的経緯があるためです。

そしてSSは、警護対象が国内のどこへ行こうが、常に同じチームが直近の警備の責任を負います。これはアメリカに限らず先進国では普通のことで、その国の指導者やそれに準ずる要人の警護は、ひとつの機関が一貫して責任を持つものです。

ところが日本では、警備の現場となる自治体の警察に指揮が委ねられます。例えば安倍首相が銃撃されて亡くなった事件は奈良県警の指揮下に警視庁の警護課が入り、責任は県警が持つことになっていました。

これは日本の要人警護の特殊なところです。

――銃社会のアメリカでは過去に現職の大統領に銃口が向けられる事件が一度ならず起きています。やはり警備のやり方にも影響を与えているのでしょうか?

松丸 そうですね。狙撃に対しては常に最大限の警戒をしています。それから、岸田首相が和歌山の漁港で襲われたように、何かを投げつける攻撃などへの対策として、アメリカではVIPと公衆との間に距離を保つ「スタンドオフ」を徹底しています。

大統領や候補がスタジアムなどで演説している映像をご覧になればわかりますが、聴衆の最前列でもだいぶ離れています。

アメリカでは、仮に何かを投げられたとしても威力が弱まる、あるいは飛んでくる間にSSが反応して対応できる距離の目安としてだいたい30mという基準が設けられています。屋内でも屋外でも、それ以上の距離を置くことが基本です。

――距離があれば、刃物などによる近接攻撃も防げますね。

松丸 はい。あとは聴衆と対面になる向きで配置されるSSがいるのもアメリカの特徴です。日本でも20年ほど前までは行なわれていました。

威力配置、前面配置と呼ばれるものです。

しかし、選挙演説でそれをやると、物々しい雰囲気になってしまう。それを嫌がった政治家や聴衆に配慮する形で警察側が「スマートな警備」を目指すようになると、やがてそういった警備をやめるようになりました。

その代わり、私服警察を公衆の中に紛れ込ませる配置がとられています。スーツとカジュアルな服装と両方いるのが理想的です。スーツだけだと、場所によっては浮いてしまい、テロ犯に気づかれてしまう。

カジュアルな服装の警察官がいれば、無線で「前から2列目の男、不審な動きをしている。警戒せよ」と指令を受けてするするっと近づいていき、カバンに手を入れようとしたところを取り押さえる、といった対応が可能になるでしょう。

■サミットの警備関係者が最も警戒していること

――狙撃や近接攻撃のほかに警戒を要する手口はありますか。

松丸 広島サミットの警備の話をすると、関係者が最も警戒しているのはドローンを使った攻撃です。

ドローンには手のひらサイズのものから戦争で使われている無人飛行機までさまざまなタイプがあり、高度な操縦技術を持つ者がテロに使用したら重大な脅威になりえます。爆発物や神経ガスを運ぶこともできますし、高速で要人のこめかみに体当たりさせるだけでも殺傷能力がある。

――どのような対策がとられているのでしょう?

松丸 アメリカでも日本でも、ジャミング(妨害電波)を発してドローンを制御不能にするのが主流です。

ですが、警備側が交信に使う電波まで乱してしまう恐れがあるので、そうならないよう、テロに使われるドローンをピンポイントで狙うジャミング技術を開発していると思われます。

この点に関して少し興味深い事例があるのでお話しします。トランプ米大統領(当時)が来日したときのことです。大統領専用車両で都内を移動し、報道各社のいる前を通った際、車の天井部分に、これまでなかったくぼみが目撃されたのです。

その際、カメラの映像が乱れたという話もあります。あれはジャミングを行なっていたのではないかといわれています。

要人警護のプロが教える「広島サミット」警備の盲点。やらかし続きの警察は各国首脳を守り抜けるのか?
セキュリティコンサルタントの松丸俊彦氏(写真中央)

セキュリティコンサルタントの松丸俊彦氏(写真中央)

――ちなみに、要人が国外に行くときは、その警護はホスト国に任されるのですか?

松丸 国際ルール上は、他国に入ったら、その国に警護を委ねるのが原則です。例えば、先月末に岸田首相がエジプトを訪問しましたね。日本のSPも同行していくのですが、拳銃は日本国政府の専用機の中に置いて出るんです。警備の責任はエジプトが負います。

ただ、アメリカは例外。この国はどの国でも自国の警備体制を押し通そうとします。

■「橋一本でつながる島」のメリットとデメリット

――ここからは間近に迫ったG7広島サミットの警備について。松丸さんは現地の警備体制を視察されたとのことで、所感を聞かせください。

松丸 サミット会場となる宇品(うじな)島は、北側の橋一本で陸地とつながる出島のような地形。くしくも、先月に岸田首相が爆発物を投げ込まれた、和歌山県の漁港と似ています。

三方を海で囲まれているので、陸につながる唯一の道路にチェックポイント(検問)を設ければ、会場に車で突っ込まれるとか、不審者が徒歩で接近してくるといった危険は少なく、警備はしやすいといえます。島の住民の方には住民パスが渡され、期間中にも出入りできるようにすると聞きました。

しかし、別の見方をすると、何かあったときには要人が避難する退路が一本しかないので、守りづらくなります。海路で避難するのは現実的ではないし、ヘリの駐機スペースもなさそうでした。

だから例えば、ひとつしかない逃げ道に銃口を向けた上で会場周辺で騒ぎを起こし、避難してきたところを狙い撃つ、といった手口をとられると厄介なことになりそうです。

また、夜間にボートで接近されたり、潜水してこられたりといった可能性もあるので、海辺にも警戒を怠らない必要があります。

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――具体的な対策が講じられている印象はありましたか?

松丸 会場となるグランドプリンスホテル広島は海辺に立地していますが、ホテルの敷地と浜辺の間に、2m以上の塀を鉄柱で固定して、海から物理的に侵入できないようにしていました。

ただ、海上にそうした工夫をしている様子はありませんでした。遠くに木が茂った小島が見えるのですが、そうした景観はそのまま生かしてサミットを行なうようです。

すると、私が懸念するのはやはりドローンです。その島に(テロリストが)ずっと居座るのは難しくとも、会場を見張るカメラを設置して、モニターしながらドローン攻撃を仕掛けるとかですね。会期中にはこの島の警戒も必要になると思われます。

■要人と公衆が近づくとき

――サミットでは各国の要人が現地の人と交流することは求められていません。その意味では遊説のときよりもリスクは小さいといえるかも。

松丸 そうですね。ただ、VIPの宿泊先は、広島の市街地のホテルになるので、車を乗り降りするときや移動中は一般の人々との距離が近くなります。当然、防弾車に乗りますが、それだけでは万全とはいえません。

移動経路上にあるマンホールや電源ボックスなどに爆発物が持ち込まれやすい。また、ビルの隙間や空きテナントなど、スナイパーが身を潜めそうな所はくまなくチェックすることです。こうしたことは過去のサミットの経験が蓄積されているので、それを再確認することになるでしょう。

それに加えて、人が集まる場所にはブースをつくって、必ずチェックポイントを設ける。警察官が声がけして誘導しつつ、ハンディタイプのものでもよいから金探(金属探知機)を当てて、荷物検査を済ませておくこと。

「VIPの近くまで来る人は全員チェック済み」という状況をつくらなくてはいけません。不審者を見つけるのに、警察官の職務質問の能力にかけるというのではダメなんです。

――属人的要素を減らし、システムとしての警備体制を整えるということですね。

松丸 そうです。安倍元首相も岸田首相も、それができていなかったから襲われた。

岸田首相の場合は爆発物が投げられた直後にSPが反応し、遠くへはじき、なおかつ携行型の壁で首相を守りながら避難させた。高度な訓練を積み、条件反射で動けるようになっていないと、あんな判断はできません。その意味で"警護"としては、問題はなかったかもしれません。

ただ、その前段階の"警備"は失敗しています。特に残念なのは、安倍元首相の事件の後で「警備実施要則」が改正され、警備体制の強化をしていたはずなのに、結局不審者を近づけてしまったということです。チェックポイントの設置と金探。要人警護において、これは必須です。

■"土地柄"で警備に穴ができる可能性

――警護する相手によっても守りやすさは変わるものでしょうか?

松丸 要人警護の経験から言うと、警察官を配置すべき場所に配置していたら「ここ、写真に入るからどいてくれ」と言われたり、「ここには地元の市議会議員を立たせるから警察は向こうへ行って」といった要求はしばしばありました。当然、警護しづらくなります。

警備よりも選挙を、有権者との交流を大事にする風土、文化というものは確かにあり、警察がそれに妥協してきた面もあります。なので、警察ははっきりと、絶対に譲れないポイントを主張しなければならないし、政治家の側もそれを理解してほしいですね。

例えば安倍元首相が撃たれたときは、直近の警察官が5m離れていましたが、あれは1mの距離にいるべきでした。もしそこにいたら、最初の銃声がした時点ですかさず安倍元首相に覆いかぶさって、最悪の結果は免れたはず。

また、演説では握手したりする必要はないので、透明のアクリル板で囲って守るようにしてはどうか、というのが私の提案です。

――なるほど。最後に、今後事件が起きるとしたら、どのような犯人像が想定されるのかお聞かせください。

松丸 前の2件の容疑者はいずれもそうでしたが、現在のテロリストは、何かの組織に属するのではなく、個人が勝手に過激化して単独で犯行に及ぶ「ローンオフェンダー」と呼ばれるタイプが主流です。

日本の警察は、自治体の警察と公安警察が連携して、ローンオフェンダーになる恐れのある人物のデータベースを共有して対策を練っています。

すでに確認できている者に関しては、例えば、リスクが高い演説やイベントが始まる前々日から24時間行動確認をするなど事前対策がとれますが、すべての危険人物が登録されているわけではありません。データベースから漏れて現場に来てしまった者は、チェックポイントと私服警官で取り締まることです。

あと、これは今度のサミットは原爆投下の歴史がある広島という土地柄、反核団体や環境保護団体などが会期に合わせて大規模なデモを行なう可能性があります。そちらの警備に人員を割かれてサミットの警備が手薄にならないよう気をつけてもらいたいです。

●松丸俊彦(まつむら・としひこ)
危機管理会社オオコシセキュリティコンサルタンツのシニアコンサルタント。警視庁に23年在籍し、公安部外事課ではスパイ・テロ対策を担当。在南アフリカ日本大使館の領事として南アフリカ全9州の警察本部長と個別に面会して日本大使館と現地警察との連絡体制を確立し、2010年南アフリカW杯における邦人援護計画を作成した。これまで全155大使館を延べ1200回以上訪問し、大使館および大使公邸に対するセキュリティアセスメント(警備診断)などのアドバイスを行なった

写真/共同通信社