内閣支持率がやや回復傾向にある石破茂首相。とはいえ党内の石破降ろしの波に押され気味ではある
参院選での大敗後、自民党内では石破首相を退陣に追い込もうとする動きが活発になっているが、早くも9月中に「前倒し総裁選」を実施しようという案も浮上した。
この裏には現政権下で冷や飯を食わされ続けている旧安倍派の議員たちがいる。すでに解散した彼らだが、その"怨念"の影響力は大きい。絶体絶命の石破首相は、これにどう立ち向かうのか――?
■9月中に総裁選?
「トップが責任を取らないでどうする。首相は今すぐにでも退陣すべきだ」
参院選での大敗を受け、自民党内で吹き荒れていた石破降ろし。それがさらに加速する動きを見せたのは8月8日のことだった。この日に開かれた自民党両院議員総会で、「臨時総裁選」を行なうかどうかを判断する党内手続きを、総裁選管理委員会に一任することが決まったのだ。
全国紙政治部デスクがその意味を説明する。
「自民党則六条に、〝総裁リコール規定〟と呼ばれる条項があります。衆参両院の国会議員と都道府県の県連代表の過半数の要求があれば、総裁選を前倒しで実施できるというものです。
ただし、これまでに一度も実施されたことがなく、リコールの確認方法なども決まっていませんでした。その党内手続きの方法を、選管に一任するという形であれ、整えることが合意されたということ。
手続きさえ決まれば、石破退陣要求は党の大勢なので、賛成多数によって初の前倒し総裁選が行なわれる公算が大なんです」
自民党関係者もこう続ける。
「一任された総裁選管理委員会では、総裁リコールの意思確認を8月末の参院選敗北の総括が終わった頃をめどに進めたいと言っている。
そこで気になるのは臨時の総裁選が実施された場合の石破茂首相の対応だ。退陣を表明しての総裁選ではないので、当然、再選を目指して出馬することは可能だ。
「ただ、臨時の総裁選は国会議員と都道府県連代表の過半数が首相の退陣を求めたからこそ開かれるわけで、その経緯を思えば、首相が出馬しても勝ち目は薄い。むしろ、不出馬に追い込まれると考えるのが妥当です。
前倒し総裁選があれば、石破首相はいやでも退陣するほかない。その場合、石破さんが首相の座にあるのは総裁選後の臨時国会で内閣総辞職し、新首相が指名されるまでのごく短い時間ということになるはずです」
トランプ関税交渉が一応の決着を見たこと、さらには首相自身が記者会見で続投を正式に宣言したこともあって、石破降ろしは一時、やや沈静化の兆しを見せていた。それがなぜ、8月8日の両院議員総会で再燃したのか? 自民党国会議員のひとりがこう話す。
「8月4日の衆院予算委員会での野田佳彦立憲代表とのやりとり。あれが良くなかった」
この日、石破首相は野田代表からの「企業・団体献金の規制強化を膝突き合わせて協議しないか?」との呼びかけに応じている。その直後の会見では7800に上る自民党の政党支部への献金状況について、森山裕幹事長に調査をするよう指示を出したことも明かした。
「あのやりとりの直後から、党内のムードが険悪になった。企業・団体献金は自民にとって生命線。
そこに集まるお金で多くの私設秘書を雇用して野党を上回る量の地元活動をこなし、選挙に競り勝っているんです。その生命線の規制強化を石破さんは党になんの相談もなく、しかも野党第1党の党首と協議すると言ってしまった。
それが原因で、野党と企業・団体献金の扱いを巡って議論を詰めていた党政治改革本部の齋藤健幹事長、長谷川淳二事務局次長が怒って官邸に辞表を叩きつけてしまった。
このふたりだけじゃなく、ほぼすべての自民議員が怒っています。その怒りが8月8日の総裁リコール手続きの選管一任につながったというわけです」
■党内で策動する旧安倍派と旧茂木派
石破降ろしは旧安倍派、旧茂木派が中心となって仕掛けている。
例えば、参院選直後の7月24日、朝刊各紙の政治面を飾ったこんなニュース。
「この日のトップニュースはかつて『5人衆』と呼ばれたうちの4人、旧安倍派実力者の萩生田光一元政調会長、西村康稔元経済産業相、松野博一前官房長官、世耕弘成元経済産業相が7月23日、都内赤坂の中華料理店に集まり、今後の政局について意見交換したというもの。
呼びかけたのは裏金問題で離党した世耕さんで、石破即時退陣で意見が一致したとされています。
もっとも4人の石破降ろしへの熱意はまだら模様で、最も熱心なのは世耕さんと萩生田さん、西村さんはやや様子見という印象で、わずか20分ほどで食事もそこそこに会合を中座している。松野さんはその中間という感じでした」(前出・政治部デスク)
同23日にはやはり、西田昌司参院議員、山田宏参院議員ら、旧安倍派を中心とする十数人の国会議員が衆院議員宿舎に集まり、ポスト石破の有力候補、高市早苗氏を囲んで善後策を練っている。
「出席者は台湾問題を勉強しただけととぼけていましたが、実際には石破降ろしに向けた署名集めを議論していた。ちなみに、この会合には萩生田さんも参加しています」
旧茂木派の動きは?
「派閥領袖(りょうしゅう)だった茂木敏充前幹事長が前のめりです。
もともと総裁への意欲が強い方なので、ここをチャンスとばかりに石破首相を退陣に追い込み、あわよくば臨時の総裁選での勝利、次の首相の座を狙っているのでしょう。
実際、石破首相に辞任を要求するための両院議員総会開催を求める国会議員の署名集めで、実務を担当していたのは旧茂木派議員が多かった。他の旧派閥にいる関係の良い議員と連絡を取り、賛同の署名集めに奔走していたと聞いています」
総裁の座を目指す茂木氏が石破降ろしを望むのはわかる。だが、旧安倍派は安倍晋三元首相の死去以来、有力な総裁候補を持てずにきた。自分たちのグループから次の総裁を出す可能性は低いのに、なぜ石破降ろしに熱を入れるのか? この疑問に自民議員秘書がこう答える。
「旧安倍派にとって石破首相は許せない存在なんです。石破政権はパーティ収入の還流金不記載問題などを起こした旧安倍派に先の衆院選で非公認、比例重複除外などの厳しい処分を下した。
そのせいで旧安倍派議員の落選が続き、派閥の衆院勢力は59人から20人へと減ってしまった。その恨みが石破降ろしへの積極的な関与につながっているんです」
だが、こうした動きは自民党に逆風をもたらしつつある。自民支持率が2割台に低迷したまま、さっぱり上向く様子がないのだ。
その一方で、奇妙なことに「石破内閣の支持率」はじりじりと上向いている。
旧安倍派の若手国会議員がこう胸中を語る。
「ショックだったのは自民支持層で石破続投に反対が23%に対して、賛成が69%もいたというデータ。これは旧安倍派などが仕掛けている石破降ろしが自民支持者の目にも不適切に映っている証拠です。
実際、地元に帰ると、『今は解党的出直しをして信頼を取り戻す時期なのに、何を内輪で揉めているのか』と支持者から叱られることもしばしば。石破降ろしに動けば動くほど、自民がずるずると地盤沈下していくようで心配しています」
■「石破らしさ」がキー
石破降ろしを仕掛けるほど、党支持率が低迷し、あれほど不人気だった石破首相への支持率が上がる――。この奇妙な現象をジャーナリストの鈴木哲夫氏はこう分析する。
「衆参で過半数を割るなど、自民低迷の原因は石破内閣にあるのではなく、裏金問題などでけじめをつけられない自民の旧態依然とした体質にある。
なのに、その裏金議員が自らの復権を画策、率先して石破降ろしに動き、党の顔を替えればまた政権を維持できると勘違いしている。有権者にはそう見えるのでしょう」
では、石破首相が続投できる方法はあるのか? 首相目線から考えれば、旧安倍派や旧茂木派の振り払い方と表現してもいいかもしれない。
「森山幹事長の去就次第」と語るのは前出の旧安倍派国会議員だ。
「森山さんは党内で『影の総理』と呼ばれる超実力者。彼の支えなしには少数与党下での野党との交渉は無理ですし、党内へのにらみも利きません。
その森山さんが8月末予定の参院選敗北総括後、進退を明らかにします。そのときに続投で引き続き汗を流すとするのか、それともフェードアウトするのか? その方向次第で石破政権の命運が決まるはずです」
前出の鈴木氏は石破続投の条件はふたつと指摘する。
「ひとつはこれまでの自民政治の総括をやり切ること。裏金問題、旧統一教会問題、物価高対策などで適切な処方箋を示し、党の再生に向けてリーダーシップを示すことができれば、支持率は上がる。支持率の高い首相を引きずり降ろすことはできません」
ふたつ目は?
「いわゆる、『石破らしさ』を発揮することです。首相は党内基盤が弱いこともあって、周囲に遠慮して石破色の強い独自政策を打ち出せずにいた。その遠慮を振り払い、捨て身で自分の政策を押し通してゆく。
例えば、首相がこだわる戦後80年談話もそのひとつでしょう。安倍元首相が出した戦後70年談話を上書きするのではと危惧する旧安倍派議員を説得し、石破首相らしい平和へのメッセージを堂々と発信すれば、石破続投を支持する声はさらに大きくなるはずです」
前出の旧安倍派議員が言う。
「石破首相が『辞めるな』という世論の高まりを背景に、総裁選の前倒し開催を防ぐことができれば、秋の臨時国会は石破体制で臨むというシナリオもあります」
参院選後、石破首相と何度も電話でやりとりしたという前出の鈴木氏はそのとき首相が発した言葉を振り返る。
「今ここで(政権を)投げ出していいのだろうかと。(首相を)続けるほうが厳しいけれど、あえて続投を選んだ」
石破続投か退陣、このどちらが日本にとって良い選択になるのか。9月中の自民党内の動きから目が離せない。
写真/共同通信社