7月8日の横浜スタジアム。都市対抗野球の西関東予選・第1代表準決勝で東芝と日産が当たり大熱戦に
社会人野球が熱い!? 2000年以降の景気悪化で真っ先にコストカットの対象となってしまった企業野球部が今、増加傾向にある。
■「非財務資本」としての再評価
沖縄尚学の優勝で幕を閉じた夏の甲子園、優勝争いやポストシーズンに向けて盛り上がるプロ野球やMLB......。
一方、大手メディアではあまり取り上げられていないものの、社会人野球がにわかに盛り上がりを見せているのはご存じだろうか?
社会人野球を統括する日本野球連盟に加盟する企業チーム数は昨年が93、今年2月末時点が92。2002年(91チーム)以来の高水準だ。
過去最多は1963年の237チーム。その後は徐々に減少し、バブル崩壊やリーマン・ショックなど不景気のあおりを受け激減。10年、11年には72まで減った。それにもかかわらず、今、盛り返しつつあるのはなぜなのか?
元ロッテ投手でスポーツ経営学が専門の桜美林大学・小林至教授は、その要因を「『非財務資本』への再評価が背景にある」と分析する。
「野球に限らず、かつて企業内の運動部は本業の売り上げに直結しないコストセンターと見なされ真っ先に切られました。とりわけバブル崩壊やリーマン・ショックの後は顕著でした。
しかし、近年は企業スポーツの持つ人材採用力、社内エンゲージメント(結びつきの深さや相互の信頼関係)、地域共創のプラットフォームとしての力が企業価値の土台に組み込まれ始めています。つまり、これまでコストと見なされてきた野球が〝投資〟として再認識されたということです」

登録者数85万人超の人気野球YouTuberで社会人野球も多く取り上げる『トクサンTV』の徳田正憲氏は、SNSの普及による影響を挙げる。
「00年代までは独立リーグを含め社会人野球の活動は見えづらかった。
また、メディアの多様化による宣伝効果を期待する動きもある。前出の小林氏が語る。
「昔は企業の宣伝手段は地上波放送のCMや番組枠、新聞の広告枠を買う程度でしたが、今はさまざまな形があります。例えばトヨタ自動車もオウンドメディア『トヨタイムズ』で野球をはじめとした企業スポーツを多く取り扱っています。
企業スポーツは社外の顧客や取引先に対しても、企業文化やブランド価値をPRできる媒体なのです。野球部の年間運営費は、最大でも年間3億円程度。体力のある企業からすると、野球部はコスパのいい企業広報になりえるわけです」
■人材採用への危機感が創部のきっかけ
少子化で就職が売り手市場の今、多くの企業が特に注目するのが人材確保という点だ。
昨年4月に野球部を発足させ、今年から公式戦に参戦しているマルハン北日本カンパニーの執行役員で硬式野球部GMの本間正浩氏も「人材採用への危機感が創部のきっかけ」と語る。
パチンコ大手でリゾートおよびレジャー施設の運営も行なうマルハンは北日本・東日本・西日本と3つのカンパニー制を敷いているが、北日本カンパニーの管轄地域である北海道・東北・北陸・東海の14道県では、4年制の大学生人材の数が激減しており「普通の採用活動をしていてはダメだと思った」と同氏は明かす。
「当初は野球に限らずほかのスポーツへの進出も検討していましたが、接客業との相性を踏まえ、硬式野球部を創設することにしました。
われわれの業種はネット上で何かを売り上げるのではなく、現場で売り上げをつくる仕事。オペレーションやホスピタリティ、コミュニケーション。
大学まで野球を続けた人材であれば体力・気力・礼儀を含め一定のポテンシャルがあると踏んだんです」

マルハン野球部の1期生入社式。「スカウトではパチンコ業という点で親御さんの理解を得るのに苦労した」(本間氏)
こうして23年12月に社内で創部が決まると、本間氏は24年に選手の採用活動を行なった。ヤクルトで投手として活躍した館山昌平氏を監督に招き、共に東奔西走。24年2月と6月に行なわれたセレクションには約140人が集まり、1期生23人が決まった。
■社業との両立を重視
強豪の企業チームでは野球のシーズン中はほぼ出社しないケースもあるが、近年の新興企業チームは労働力の確保を目的としているため、フルタイム勤務後に練習を行なうチームも珍しくない。マルハン北日本カンパニーでは、その中間の施策を取っている。
「選手の基本スケジュールは練習が3時間半、店舗勤務が約3時間。社会問題化しているアスリートのセカンドキャリアも考え、野球一本ではなく仕事もやってもらう。
一方で社業をフルタイムやってから練習という形では勝ち上がるのは厳しい。だからこの形がわれわれと選手にとっての最適解なんです」(本間氏)

マルハン野球部ことMARUHAN GIVERSの監督・館山昌平氏(右)とGM・本間正浩氏(左)。創部以来、協力してチームレベルの底上げに奔走している
本間氏は「やはりチームが強くなければ魅力的な人材が集まらない」と話す。目標には「二大全国大会(都市対抗野球大会、社会人野球日本選手権)で3年以内のベスト4入り、5年以内の優勝」を掲げている。
「そのための練習環境として、廃業した他社のパチンコ店舗を買い取って改装した室内練習場が宮城県名取市に完成予定です。館山監督とも相談して、冬場の寒さが厳しい東北地方では、屋外の専用球場より室内練習場が最優先と判断しました」
そして何より重要なのは、選手たちの定着率だと、本間氏は力を込める。
「プロ野球のドラフト指名で辞めるならば背中を押せますが、野球部勇退後に会社も辞めますと言われたら『なんのためにつくったの?』という話になってしまう(笑)。
優秀な人材確保のために始めたわけですから。入社してもらった彼らに対する良質な環境の提供、仕事への動機づけも、しっかりやっていきます」

館山監督の指導を受ける選手たち。「大学野球出身でも公式戦の出場経験が浅い選手も多いのが実情。熱量はあるので大切に育てていきたい」と本間氏

館山監督自身が140人以上の希望者の中からセレクションして選手を23人にまで厳選。指導にも熱が入る
かつて野球を通じて人材確保を図り創部した企業チームでも、社員が定着に至らず、結局は事実上の廃部を決めた企業もある。それだけに、社業への貢献は、部の存続や発展には欠かせない要素なのだ。
その点、マルハン北日本カンパニーでは「今春に入社した1期生の選手たちは予想以上に社業でも戦力になっている」と本間氏は笑顔で話す。
「やはり一番大きいのは挨拶。今の時代、声を張って恥ずかしがらずに挨拶できる若者は少ない。
野球部のPRブースも各店舗に造っていますし、体格も良く、肌も日焼けして目立つので『兄ちゃん、野球やってんの?』と声をかけてくれたり、試合に応援に来てくれたりするお客さまもいますね」

選手たちが働く仙台の店舗に設置されたPRブース。イベントや動画収録など、情報発信の拠点としても活用予定
引退後のキャリア形成にも力を入れている。
「現時点では3年後に店のマネジャーになれるプログラムを構想中です。入社時の倍の収入が得られる仕組み作りも進めて、会社への定着を目指しています」(本間氏)
■16年ぶりに復活した日産野球部
前出の小林教授は「大企業ほど社内の一体感の希薄化が進んでいる。その醸成において社会人野球は同僚がヒーローになる高揚感など、一定の効果が期待できる」と分析している。
まさにその期待を背負って復活したのが日産自動車の硬式野球部だ。2009年から休部していたが、今年から16年ぶりに活動を再開。約1157億円の赤字という会社の状況もあって、多くのメディアで取り上げられた。
野球部復活の意義について伊藤祐樹監督は「やはり社内の一体感の醸成や、エンゲージメント(働きがい)の向上という面は大きい」と力強く語る。
「〝100年に一度の変革期〟と言われる自動車業界の中で、会社を内側から元気にしよう、挑戦していこうということで復活となりました」

日産硬式野球部の伊藤祐樹監督。休部中には他社の強豪チームに出向してヘッドコーチを務めていた時期もある

7月8日の東芝との試合では日産の石飛(いしとび)智洋選手が満塁本塁打を打つなど、熱戦が繰り広げられた
7月に行なわれた西関東地区の都市対抗予選では1試合で3000人を超える同社社員が横浜スタジアムに集結。
「休部前の倍くらいの社員が応援に来てくれた。予選敗退と悔しい結果でしたが、見に来てくれた社員からは温かい声を多くもらえました。
今、報道では何かにつけて日産自動車のネガティブなニュースも出ていますが、何も会社が倒産するわけではない。その中で働く従業員を励ますような発信や活動をしていきたい」(伊藤監督)

日産応援団のデッキブラシを使ったダンス、ブラスバンドやチアガールによる応援などで会場は盛り上がり、日産は西関東予選で最優秀応援団賞を受賞した
日産自動車も選手はシーズン中でも出社。ほかの社員との距離感も近くなった。
「休部前は選手のいる部署だけが盛り上がりがちでしたが、社員全体で盛り上がってもらえるよう背中を見せていきたい」と伊藤監督は語った。


■社会人野球の発展がもたらす多様性
前出の小林教授は、かつてソフトバンクで球団フロント職を務めた経験から、「社会人野球が発展し、プロ入りする選手が増えれば球界全体に好影響となる」とみる。
「社会人出身選手は実社会での経験を積んでいる分、感情の起伏が穏やかで、コミュニケーション能力も高い人が多い。これらの特性はチームの組織文化に大きく貢献し、結束を高める要因になる。社会人出身選手が交じることで多様性が生まれ、プロのチームにしなやかな強さと面白みが生まれるんです」
社会人野球の発展は日本の球界全体の底上げにもつながるというわけだ。
「大人なら必ずハマる」
現在、まさに社会人野球大会の最高峰、都市対抗野球大会本選が9月8日まで東京ドームで開催中だ。
前出の徳田氏は「興味が出たら見てほしい。必ずハマるカテゴリーだ」と熱弁する。
「企業の命運を懸け、本業の仕事をこなしつつ練習に励み、目の前の一球にかけて本気で泣き笑う大人の真剣勝負は、甲子園やプロとはひと味違った魅力に映るはず。野球ファンのみならず、多くの社会人に見てほしいですね」
選手、そして企業、社員、家族、ファン......それぞれの思いを乗せ、再び熱を帯び始めた社会人野球。その熱狂を一度味わってみてはいかがだろうか。
取材・文/高木 遊 撮影/宮下祐介