5月7日、Appleが新型iPad Pro等の発表とあわせてYouTube上にCM「Crush!」を公開した。楽器やゲーム機、カメラなどをプレス機が押しつぶしていくというセンセーショナルな内容で、SNS上には批判的なコメントにあふれた。

モノを壊しまくる“Appleの新CM”に批判が殺到。それでも...の画像はこちら >>
 世界的にブランディング戦略に長けている企業という認識を持つAppleが起こしたまさかの事態。しかし、共感ブランディングを提唱するブランディング専門家の松下一功氏によると、「ブランディング戦略としては成功している」という。その理由とは?

日本人が「Crush!」に反応したのはナゼ?

 CMの公開直後から、SNSでは「まだ使える楽器を壊すなんて!」「もったいない!」といった多くの批判の声が飛び交った。これらは「もったいない」精神が根付く日本人独特の感情らしく、海外での同類の批判は少数派で終わった。

「日本での批判が大きかった理由は、みなさんのご想像通りでしょう。モノを長く大切に使い、故障しても修理して使い続けることを美徳とする日本人にとっては、刺激が強かったのだと思います」(松下氏、以下同じ)

 このほかに、日本に古来より伝わる「八百万信仰」と「命を粗末にすることへの拒否感」もあると推測しているという。

DNAに刻み込まれた独特の感覚

日本には、目には見えなくても、すべてのモノには神様が宿っているという教えがあります。そのためか、日本人は擬人化がとても上手です。
動物や虫はもちろん、命を持たないモノにも感情移入ができてしまいます」

 中には、愛用するガジェットなどに名前を付けたり、『相棒』と呼ぶ人もいる。それくらい、日本人にはモノを大切にする文化が深く根付いているのだという。

加えて、日本人は命を粗末にすることに大きな拒否感を持つという特徴もあります。これは世界共通と言われればそうなのですが、日本は前回の大戦で、もっとも大きな被害を受けた国のひとつです。 長い年月が経ち、戦争の記憶は薄れつつありますが、いかなる理由があっても、命を踏みにじるような行動は許されないと、強い信念を持つ方が多いのだと思います 」

 つまり、今回の「Crush!」は「もったいない精神」だけでなく、日本人ならではの「モノに親しみを持ちやすい特性」や、誰もが当たり前にタブー視している「命を粗末に扱う」という点を刺激してしまっていたのだ。

Appleは謝罪に追い込まれたが…

「もし、CM内のキャラクターがリアルなCGアニメーションではなく、2Dの漫画的なアニメーションであれば、そこまで激しい嫌悪感は抱かなかったかもしれません。批判も、あそこまで大きくなかったでしょう。
生々しいイメージが先行してしまい、Appleが本来伝えたかった真意が伝わらないまま終わってしまいました

 5月9日、SNS上で大きな批判を受けたAppleは、「的外れな広告だった」と謝罪。テレビ放映も見送ると発表した。この顛末を見ると、「Crush!」は失敗したCM広告に思えるが、じつは「ブランディング×炎上」という戦略に見事にハマっていたと松下氏は続ける。

「今回のCMは、Appleが当初思い描いていた場所とはちがう所に着地してしまいました。けれど、新型iPad Proは確実に私たちの脳裏に焼きつきましたよね。そういった意味では、ブランディングとしては成功しているといえるでしょう

映像はグロかったが、実にAppleらしい広告

 そして、もうひとつ。今回のCMで批判的になったのは、若い世代なのではないかとも推測している。
古くからのファンにしてみれば、AppleらしさにあふれたCM作品なのだという。

「実は、Appleはこれまでにもセンセーショナルな広告をいくつも打ち出しているのです。特に、世界的に大きな話題となったのが、Macintosh(マッキントッシュ)の発売CM『1984』です

 AppleのCM「1984」とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984』にインスパイアされて作られたMacintoshの新発売CMだ。封建的な社会に洗脳された人々が、大きなスクリーンの前に座る中、女性アスリートがスクリーンにハンマーを投げつけて大爆発を起こすという内容だ。

 また、CM中にMacintoshのビジュアも商品の具体的な説明もなく、「1984年1月24日に、AppleはMacintoshを発表する」というメッセージで締めくくられる。自分たちの主張を全面的に出した、なんとも挑戦的・挑発的とも受けとれられるCMだった。


賛否両論でもブランディングとしては成功

「当時は、パーソナルコンピューターといえばIBM一択でした。また、大変高額だったため、一般人が簡単に手を出せるものではありませんでした。このCMには、そんな閉ざされた世界を解放し、コンピューターを世界中の人々の手に届けたい、そういった想いがこめられていたのです

 このCMは、アメリカンフットボールの祭典ともいわれるスーパーボウルで放映されると、大きな反響を生んだ。もちろん賛否両論を呼んだが、最終的にMacintoshは発売前から大注目を集めることとなり、販売台数も大きく伸びた。

「センセーショナルで挑発的で……。見た者を良くも悪くも引き込むCMでしたが、『1984』はカンヌ国際広告祭をはじめとする数々の広告賞を受賞しました。結果的に、それだけの評価に値する広告だと世界的にも認められたのです。
それに『1984』の後には、ガジェットを破壊するといった、これまた刺激の強い広告も発表しています(苦笑)。『Crush!』を見た昔からのAppleファンは、『Appleらしいな』とも思ったことでしょう」

Appleに覚悟はあったのか?

モノを壊しまくる“Appleの新CM”に批判が殺到。それでもブランディングとしては「成功」と言えるワケ
批判されたアップルのCM(公式YouTubeより)
 松下氏はブランディングの専門家として本当に残念だったのは、すぐに謝罪文を発表したことだという。さらに、そこにはCMに込められた想いや製品に託された希望、Appleが持つ信念などは見られなかった。

「実は、今回の一連の流れは、キリンの『氷結無糖』の広告取り下げとほぼ同じなんです。ブ ランディングの観点からすると、Appleが世間のド肝を抜くようなCMを発表したことよりも、信念なき謝罪をしたことのほうが問題だと思っています

 本連載で以前に取り上げた<キリン「氷結無糖」の“成田悠輔氏”広告取り下げが起こった本当の理由>の記事では、イメージキャラクターを選定する前に、ブランドや商品のポリシーを貫く覚悟を持つことの必要性を説いた。

 そもそも、モノがあふれる現代では、万人に好かれる商品が生き残ることは難しく、ブランドや商品がオリジナルのこだわりやポリシーを持ち、それに共感するファンを生み・継続する作業に注力しなければならない。そして、ブランドがポリシーを貫いた結果、ファンもアンチも生まれる。
非難を受ける可能性があるという覚悟が必要だ。

「当時、スティーブ・ジョブズと共同経営者のジョン・スカリー以外の役員は『1984』の発表を反対したと聞きます。しかし、スティーブ・ジョブズたちは、パーソナルコンピューターの新しい世界を切り開くためには必要なことなのだと、大多数の反対を押し切って、CM公開を強行突破しました。『世界中の人々にパーソナルコンピューターを届ける』という信念を貫き通したのです」

主張は変えず・隠さず公表する

 時代の変化とともにさまざまな規制が生まれ、時世的に面白い広告が打ちにくくなってきていることは事実だ。しかし、イノベーティブがしにくい苦しい時代だからといって、万人に好かれる中庸を選択することほどの悪手はない。

「これはAppleに限らず、すべてのブランドや企業に言えることです。ブランドを確立するために、どんな手法を使い、どんな戦略を打つのか。また、どこまでやるのかを吟味しなければなりません。

 そして、オリジナリティーを持たせて注目を集めるためには、尖った部分も必要です。場合によっては批判も受けるかもしれません。それでも、主張や信念は変えず、決して隠さない。そんな覚悟を持って、まっすぐに突き進んでいただきたいですね」

<取材・文/安倍川モチ子>

【松下一功】
経営コンサルタント、共感ブランディングの提唱者。株式会社SKY PHILOSOPHY 会長。40年近く、企業アイデンティティーやブランドコンセプトの確立を専門とし活動。2011年より「真のブランディングを世に伝える」ことをミッションに、講演、講師、コンサルティングを行う。2024年、著書『共感ブランディング®ドリル』で、自身の体系的オリジナルロジックを一般公開。ブランディングのわかりやすい実践書として高評価を得ている