旅行先で、ゆっくりと湯船に浸かるひととき。じんわり身体が温まって、思わず「はぁ……」と声が漏れる。
そんな静かな時間に、突然「ジャンプ!」と大きな水音が響いたら――。
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日本政府観光局(JNTO)の発表によると、2025年の訪日外国人数は4,268万人と過去最高を更新。温泉地でも、海外からのお客さんと一緒に湯船に浸かる機会は、当たり前のものになりつつあります。

今回ご紹介するのは、過去に大きな反響を呼んだ実録エピソードから、熊本県の山鹿温泉で起きた“ある親子”の話。湯船をプール代わりに使い始めた外国人観光客の父子に、地元の常連おじいさんがかけたシンプルな英語のひと言と、そのあとロビーでつぶやいた本音とは――。

記事の後半では、増え続けるインバウンドのなかで、私たち自身は温泉や旅先でどう振る舞いたいか、少しだけ考えてみたいと思います。

*  *  *

 インバウンド需要に沸く日本。しかし今、各所では外国人観光客による“マナー違反”が問題となっている。彼らにとっては細かなニュアンスを理解するのが難しい文化もあり、悪気はなくとも「迷惑」と感じてしまうケースもある。

 熊本県北部に位置する山鹿温泉。ぬるめのお湯が特徴で、じっくりと浸かることができる。そんな山鹿温泉で、吉田祐樹さん(仮名)が体験した残念な出来事とは?

温泉なのに「まるでプール」

 吉田さんが休日を利用して山鹿温泉を訪れたのは午後3時頃。

「混み合う時間帯ではなく、湯船には数人の年配の客と、地元の常連らしき人々が静かに楽しんでいました。
そこへ白人系の外国人観光客がやってきて、完全に空気が変わってしまったんです」

 30代くらいの父親と小学校低学年ほどの子ども。その親子は身体を軽く流すような素振りを見せたものの、それは明らかに形式的なものだった。

「ジャンプ!」

 なんと父親が子どもを抱きかかえ、そのまま湯船へダイブ。“ザバァッ!”という大きな音とともに、お湯が波打ち、近くにいた年配の客にもかかってしまったそうだ。

 さらに父親は「イエー!」と笑いながらバシャバシャと音を立て、子どもと一緒に遊泳を始めたのである。

「まるでプールのような使い方で、そこに居合わせた人たちは、一様に眉をひそめていました」

「ノースイミング!ノープール!」

「温泉をわかってない」湯船で泳ぐ外国人観光客の親子を黙らせた“常連のおじいさんの一言”/2025年は訪日客“4268万人”と過去最高、地方の名湯にも広がる「文化の違い」
※画像は生成AIによるイメージです
 ついに吉田さんの隣にいた70代くらいの常連らしきおじいさんが立ち上がった。流暢とは言えないながらもシンプルな英語で「ノースイミング!ノープール!」と繰り返しながら、手で「やめろ」のジェスチャーをした。

 父親は少しバツが悪そうな表情を浮かべ、「オー、ソーリーソーリー」と謝罪の言葉を口にしたものの、何が悪いのかあまり理解していないような様子だった。

 周囲のピリピリした空気を感じ取ったのか、親子は大人しく湯船の隅でじっとしていたが、吉田さんはウンザリしてしまい、少し早めにあがることにした。

 ロビーで休んでいると、さきほど外国人観光客に注意したおじいさんが吉田さんに近づいてきた。

「せっかく来てもらってるけど、温泉をわかってないなあ……」

 ポツリとつぶやいた言葉に、吉田さんも「文化の違いですね」と苦笑するしかなかったという。

 温泉は静かに楽しむもの。そうした暗黙の了解が、言葉の壁や知識不足によって崩れてしまうのは残念なことだ。


「増え続ける外国人観光客と日本の文化の間にある“小さな隔たり”について考えさせられる出来事でした」

<文/藤山ムツキ>

■「温泉をわかってない」のは、本当に彼らだけ?

今回のエピソード、湯船に飛び込んでバシャバシャと遊び始めた外国人観光客の親子。注意した常連のおじいさんがロビーでぽつりとつぶやいた「温泉をわかってないなあ……」という言葉には、怒りよりも、少し寂しさのようなものが滲んでいます。

ちなみに日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の訪日外国人数は4,268万人で過去最高。前年(約3,687万人)から580万人以上も増えました。山鹿温泉のような地方の名湯にも、海外からのお客さんが足を運ぶようになった、ということでもあります。

ただ、ここで少し立ち止まりたいのは――「湯船は静かに浸かるもの」「身体をきちんと流してから入る」といった作法は、日本で生まれ育っていれば自然に身につくものでも、ほかの国の人にとっては必ずしも“常識”ではない、ということ。プールやジャグジー文化のなかで育てば、湯船を見たときに「跳び込んで遊ぶ場所」と感じてしまうのも、無理のないことかもしれません。

■それでも、湯けむりの向こうで

もちろん、だからといって「何をしてもいい」というわけではありません。今回の父親は、常連のおじいさんに注意されたあとは、ちゃんと大人しく湯船の隅で過ごしていました。短いジェスチャー混じりの英語でも、伝えれば伝わる――そのことを、おじいさんは静かに教えてくれた気がします。

考えてみれば、自分が海外を旅したとき、現地のマナーをすべて完璧に理解できているかというと、たぶんそうではない。知らずにやってしまったことを、誰かが穏やかに教えてくれたら、きっと残りの旅は少しだけ豊かなものになる。逆の立場になったとき、自分はどんな声のかけ方ができるだろう――。


湯船にゆっくり身体を沈めて、肩の力を抜いて、ふぅーとひと息。次に湯気の向こうで誰かが慌てていたら、ちょっとだけ優しい一言を添えられる人でありたいなと、自分への戒めも込めて思います。

「温泉をわかってない」湯船で泳ぐ外国人観光客の親子を黙らせた“常連のおじいさんの一言”/2025年は訪日客“4268万人”と過去最高、地方の名湯にも広がる「文化の違い」
※画像は生成AIによるイメージです
<再構成/日刊SPA!編集部>

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。X(旧Twitter):@gold_gogogo
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