「この年収なら、住宅ローンを組んでも大丈夫」
銀行員として約20年間、住宅ローンの相談を受ける中で、何度も耳にした言葉です。

しかし、今でも忘れられないのが、住宅ローンをきちんと返済していたにもかかわらず、マイホームを手放したお客様です。


ローンが払えなくなったわけではありません。問題は、住宅費が家計を圧迫し、生活そのものが苦しくなってしまったことでした。

今回はその実例をもとに、「借りられる金額」で家を買う怖さと、購入前に確認してほしい3つのポイントをお伝えします。

「この年収なら大丈夫」そう思って購入したマイホーム

年収800万円、住宅ローンは払えていたのに…マイホームを売る...の画像はこちら >>
銀行員時代、40代の上場企業勤務の会社員のお客様から住宅ローンの相談を受けたことがあります。

年収は約800万円。共働きで、夫婦ともに安定した収入がありました。購入を検討していたのは、都内へ通勤しやすいエリアの新築マンションです。

物件価格は約5,000万円。頭金を入れ、住宅ローンの借入額は約4,500万円でした。

35年返済で金利を年1%とすると、毎月の返済額は約12万7,000円です。年収800万円という数字だけを見れば、「これなら返していけそう」と感じる金額かもしれません。

お客様自身も、

「今の家賃とそれほど変わらないですし、この年収なら大丈夫ですよね」

と話していました。

実際、審査も問題なく通りました。
ここが住宅購入の難しいところです。

審査に通り、毎月の返済額も現実的に見えると、「無理のない買い物だった」と思いやすくなります。

この時点では、お客様も数年後に自宅を売却することになるとは、まったく考えていませんでした。

住宅ローンは払えている。それなのに生活が苦しくなった

マイホームを購入して数年後、お客様から家計について相談を受けました。

住宅ローンは毎月約13万円。返済が遅れたことは一度もありません。

ところが、実際に家計を確認すると、住宅ローン以外の負担が想像以上に増えていました。

マンションの管理費と修繕積立金で月約3万円。固定資産税を月割りすると約1万5,000円。駐車場代も含めれば、住まいにかかる支出は月20万円近くになります。

さらに、子どもの成長とともに教育費が増え、食費や光熱費も上昇。
車の維持費や保険料などを合わせると、毎月自由に使えるお金はほとんど残りません。

「ローンはちゃんと払えているのに、なぜか毎月苦しいんです」

お客様のこの言葉が印象に残っています。

住宅ローンだけを見れば月13万円でも、家を持つことで発生する費用まで含めると負担は大きく変わります。

住宅ローンの返済額だけで「払える」と判断してはいけない。

私はこのケースを通じて、その重要性を改めて感じました。

「家のために生活している」状態に

家計が苦しくなると、お客様は少しずつ生活を変えていきました。

年2回ほど行っていた家族旅行を減らし、週末の外食も控えるようになりました。欲しいものがあっても、「今月は固定資産税があるから」と我慢する。ボーナスも楽しみに使うのではなく、固定資産税や将来の出費に備えて残しておくようになったそうです。

特につらかったのは、貯蓄が思うように増えないことでした。

毎月きちんと働き、住宅ローンも遅れずに返している。それなのに、教育費など将来必要になるお金を考えると、常に不安が残ります。

あるとき、お客様がこう漏らしました。


「家族を幸せにするために買った家なのに、家のために生活しているみたいです」

この言葉は、今でも覚えています。

住宅ローンの怖さは、返済ができなくなることだけではありません。

返済を続けるために、家族がやりたいことを次々と諦めなければならなくなる。

住宅ローンを一度も延滞していなくても、家計が健全とは限らないのです。

そして、お客様はマイホームを売る決断をした

年収800万円、住宅ローンは払えていたのに…マイホームを売ることになった40代夫婦の“誤算”
※写真はイメージです(画像生成にAIを使用しています)
家計を何度も見直した末、お客様が出した結論は、マイホームの売却でした。

もちろん、簡単な決断ではありません。

家族で選び、長い住宅ローンを組んで購入した家です。「せっかく買ったのだから、何とか住み続けたい」という気持ちも強かったと思います。

それでも、今後さらに教育費が増えることを考え、「このまま住宅費に毎月20万円近く払い続けるより、一度家計を立て直したい」と決断されました。

売却後は、家賃の安い住まいへ引っ越しました。

結果として毎月の住居費が数万円下がり、その分を貯蓄や教育費に回せるようになりました。

後日、お客様から言われた言葉が印象に残っています。

「家を手放すのは悔しかったですが、毎月お金のことを心配する生活からは楽になりました」

マイホームを持ち続けることだけが正解ではありません。


家は家族の生活を豊かにするためのものです。家を守るために家族の生活を犠牲にするようになったとき、住まいそのものを見直すことも一つの選択肢なのだと思います。

銀行員時代に気づいた「借りられる金額」で家を買う怖さ

銀行員として住宅ローンに携わる中で、私が何度も感じたことがあります。

それは、「銀行が貸してくれる金額」と「無理なく返せる金額」は違うということです。

たとえば、年収800万円の人が4,500万円を借りれば、借入額は年収の約5.6倍です。35年返済なら、完済する頃には70代になっているケースもあります。

審査に通ったからといって、その後の生活に余裕があることまで銀行が保証してくれるわけではありません。

住宅購入後には、子どもの進学、車の買い替え、親の介護、自分たちの老後など、さまざまな支出の機会が待っています。金利が上がれば、変動金利の住宅ローンでは返済負担が増える可能性もあります。

それでも住宅を探していると、「あと500万円借りれば、もっと広い家が買える」と予算を上げたくなるものです。

銀行員時代に見てきた経験から感じるのは、住宅ローンは「いくら借りられるか」ではなく、「返済しながら、いくら残せるか」で考えることが大切だということです。

家を買ったあとも、貯蓄や旅行、教育、老後のためのお金を残せるのか。

そこまで考えて初めて、本当の意味で「買える家」が見えてくるのだと思います。


住宅ローンを組む前に確認してほしい3つのこと

銀行員として多くの住宅購入を見てきた経験から、住宅ローンを組む前に、最低でも3つは確認してほしいと思っています。

1つ目は、住宅費を払ったあと、毎月いくら残るのかです。

住宅ローンだけでなく、管理費、修繕積立金、固定資産税、駐車場代まで含めて計算します。住宅ローンが月13万円でも、実際の住居費は月18万円、20万円になることがあります。

2つ目は、将来、支出が増えても返せるのかです。

特に子どもがいる家庭では、今の教育費だけで判断してはいけません。中学、高校、大学と進学するにつれて支出が増える可能性があります。さらに、車の買い替えや老後資金なども必要です。

3つ目は、収入が減っても返せるのかです。

35年の住宅ローンなら、その間ずっと今の年収が続くとは限りません。転職や働き方の変化などで、世帯収入が減る可能性もあります。

私は住宅ローンの相談を受けるとき、「今、返せるか」だけではなく、「返しながら貯蓄できるか」「家族の楽しみにもお金を使えるか」を見ることが大切だと感じていました。


マイホームは人生を豊かにするために買うものです。

だからこそ、「借りられる上限」ではなく、家を買ったあとも無理なく暮らせる金額から住宅予算を考えてほしいと思います。

<文/渡辺智>

【渡辺智】
某メガバンクに11年勤務。リテール営業やプライベートバンカー業務を経験。その後、外資系保険会社で営業。現在は金融ライターとして独立。FP1級保有。難しい「お金の話」をわかりやすく説明することをモットーにしています。公式SNS(X)は、@watanabesatosi7
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