「松井が登板すると試合を見るのをやめる。血圧が上がるから」
 昨年8月、米ソーシャルニュースメディア『Reddit』のパドレス関連掲示板には、松井裕樹に対するそんな趣旨の辛辣な声が書き込まれていた。


「なぜまだ投げさせるのか」という投稿には100を超える高評価が集まり、「もっといい投手を温存するため、負け試合で使えばいい」といった反応まで並んだ。

 なぜ、松井はそこまで酷評されていたのか——。

昨季はポストシーズンのロースターから外される屈辱も

 松井は昨季前半戦に防御率5.05と大苦戦。シーズン通算は3.98まで持ち直したものの、その後に厳しい現実が待っていた。
 パドレスが出場したワイルドカードシリーズで、松井は26人のロースターから外されたのだ。松井に対するファンの不満は、単なる好き嫌いだけではなかったということだろう。

 楽天で通算236セーブを挙げた守護神が勝負どころから遠ざかり、最後はポストシーズンの舞台にも立てなかった。

 そして迎えた今季も、最初から順調だったわけではない。松井は春季キャンプ中に左内転筋を痛めて開幕を負傷者リストで迎えた。今季初登板を果たしたのは5月上旬だ。

 復帰後にまず任されたのは、点差が開いた試合での登板や複数イニングの投球だった。7点のビハインドで投げることもあり、日本時代の「9回を締める守護神」とはかなり違う仕事からの再出発だった。

 それでも松井は、その役割をこなした。
5月は15回を投げて防御率0.60、6月も2.51にまとめ、少しずつ出番の幅を広げていく。

満塁のピンチで連続三振、本拠地では「ユウキ!」コール

 しかし、7月は月間防御率4.38と一度はつまずいた。それでも月後半から再び立て直し、同月23日以降は16登板15回2/3でわずか1失点。8月の防御率も0.93と、再び安定感を取り戻している。

 その流れを象徴したのが、現地8月26日(日本時間27日)のパイレーツ戦だ。2点リードの7回1死一、二塁から登板し、最初の打者に内野安打を許して満塁としたものの、続く2人を連続三振に仕留めて無失点で切り抜けた。

 1年前とは、ファンの反応もまるで違う。『Reddit』のパドレス関連掲示板では、26日の好投も取り上げられ、松井を称える声が相次いだ。

 松井への称賛はネット上だけに留まらない。数日前のツインズ戦では、8-1と大きくリードした9回の登板にもかかわらず、本拠地ペトコ・パークで「ユウキ!」コールまで起きている。

スライダーの投球割合が倍増、起用法にも表れた信頼回復

 では、投球の何が変わったのか。わかりやすいのが、スライダーの使い方だ。

『Baseball Savant』の最新データでは、昨季15.9%だったスライダーの投球割合が今季30.3%まで上昇している。昨季はおよそ6球に1球だったものを、今季はほぼ3球に1球まで増やした計算だ。


 しかも、ただ増やしただけではない。そのスライダーの被打率は昨季の.273から今季.104まで大きく改善している。この球種が、今季の復調を支える大きな武器になっているといえそうだ。

 投球内容だけではない。首脳陣の起用法にも、昨季からの変化が表れている。

 試合状況によって、その場面が勝敗にどれだけ影響するかを示す「Leverage(レバレッジ)」という考え方がある。「High(高い)」「Medium(普通)」「Low(低い)」に分類され、Lowには大差がついた試合など、いわゆる“敗戦処理”に近い場面も含まれる。

『Baseball-Reference』の分類を基に、松井がHighとMediumの場面で対戦した打者の割合を1年目から見ると、ルーキーイヤーの2024年は45.1%だったが、昨季は26.1%まで低下。つまり昨季は73.9%が最も重要度の低いLowの場面だったのだ。

 ところが今季は、HighとMediumの割合が42.1%まで回復している。45.1%→26.1%→42.1%と、昨季大きく落ち込んだ数字がV字を描くように戻っている。

 これだけで首脳陣の信頼度を測ることはできないが、昨季より勝敗を左右する場面で起用される機会が戻っていることはうかがえるのではないだろうか。


ドジャースの中軸との対戦を任されるまでに取り戻した信頼

 そんな松井の変化を、首脳陣が言葉にした試合もあった。それが6月26日のドジャース戦だ。

 左打者が続く場面で投入された松井は、フレディ・フリーマンに二塁打を許し、ムーキー・ベッツを申告敬遠して満塁。それでもマックス・マンシー、カイル・タッカーを打ち取り、リードを守った。

 試合後、クレイグ・スタメン監督は、シーズン当初は松井に重要度の低いロングリリーフを任せていたが、自力で「ドジャースの3~6番」と勝負するところまで上がってきたと評価した。

 言い換えれば、宿敵ドジャースの中軸を任されるところまで信頼を取り戻したということだろう。

昨季の雪辱を果たし、ポストシーズンで必要な存在になれるか

 その時対戦したドジャースは松井にとって縁の深い相手でもある。メジャー移籍後、対戦相手別では最多となる19試合に登板し、17回1/3で防御率2.60を記録している。

 大谷翔平、フリーマン、マンシーら左の強打者を抱えるドジャースだけに、左腕の松井をぶつけたい場面は今後も出てくるだろう。パドレスはポストシーズン進出を争っており、9月下旬にはドジャースとの3連戦も残されている。

 さらに秋まで勝ち進めば、ポストシーズンで宿敵ドジャースと顔を合わせる可能性もある。昨季はそのポストシーズンのロースターから外れた松井が、今度はそこで必要とされる投手になれるのか。

 地元ファンの「手のひら返し」は、松井自身が地味な役割からやり直し、投球を変え、結果を積み重ねた末に起きたものだった。


文/八木遊(やぎ・ゆう)

【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。
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