“メシマズ”あるあるその一、「初心者なのに、レシピを無視する」。古くは2chの時代からまことしやかにその存在を語られてきていたが、昨今では料理研究家のアカウントに直接凸する人まで現れるようになり、たしかな実在として確認できるようにもなった。

 今回話を聞いたのは、料理研究家を夢見てSNS発信に力を入れていたA子さん(30代)だ。

人気の料理アカウントを閉鎖した30代女性。誹謗中傷を繰り返す...の画像はこちら >>

子供のために作ったアカウントに反響が

「もともとは、偏食の子供のために工夫して作った食事を記録するための個人的なアカウントだったんです。それが少しずついろんな人から『いいね』をもらえるようになり、フォロワー数はどんどん増えていきました。作り方を投稿してほしいとのリクエストも多くいただくようになっていき、次第に料理研究家になれたらと思うようになったんです」

 実際に彼女の作った手料理の写真を見せてもらうと、どれも見るからにおいしそうなものばかり。一方で、食材はごく一般的なものが多く、手順も簡便。誰でも真似しやすそうなレシピとなっており、好評を博したのも当然の理だと感じる。

「実は昔から飲食業で働いてきていて、調理師免許も持っています。長く在籍していたのはいわゆるおばんざい屋さんのようなところで、『家庭的ながらプロの味』といった料理は私の得意ジャンルでもあったんです。にもかかわらず、子供の偏食には手を焼いたので……同じように悩む人の力になれたらと、夢を抱いていたんですけどね」

違和感を覚えたタイミングで届いたメッセージ

 現在、A子さんのアカウントはもう閉鎖してしまっている。なにが彼女の心を砕いてしまったのか。

「フォロワーが増えるのと比例して、妙な質問を繰り返されたり、粘着されたりすることも増えてしまったんですね。しかし、私が憧れる料理研究家のひとりは、山本ゆりさんなんです。彼女はどんな質問にもいつも懇切丁寧に答えられていて、料理をする人の裾野を広げていらっしゃるはず。その背中を追うようにし、どんな質問にも答えるよう頑張っていたのですが……」

 アカウントが成長するにつれ、「白菜をレタスで代用できますか?」「塩昆布がなかったから、乾燥わかめで作ったけどマズかった」など、頓珍漢な質問や悪評が増えていった。
ただ、それはA子さんも一定程度は想定済みだった。

「ある時点までは、自分の発信するレシピの性質上、仕方がないかなと許容できる範囲だったんです。それがある時から、苛烈な言いがかりをつけられたり、料理以外の個人情報を詮索したり暴露されたりするようになっていってしまいました」

 なにかがおかしい。そう思うようになっていたA子さんのもとに、1件のDMが届く。

「昔、同僚だった先輩からでした。

『久しぶり~!覚えてるかな?たまたまA子ちゃんのアカウントがおすすめに流れてきて、びっくりして連絡しちゃったよ!こんなに人気になっちゃって、すごいね(笑)こちとら相変わらずの安月給なのに、稼げてそうで羨ましい~』

 といった調子の、褒めながらもどこかトゲがある文面だったんです」

プライバシーに土足で踏み込む所業

 やや警戒しつつも、当たり障りのない返信をしたA子さん。

「そもそも5年ぶりくらいのコンタクトでもあったので、お元気にされてますかとか、他愛のないことしか返さなかったんです。当時からややノンデリというか、気分のムラが大きい人だったので、まあこんなものかな、という気持ちもありましたしね」

 だが、先輩の質問攻めは止まらなかった。

「収入なんてないですよ~と言っても、『絶対稼いでるでしょ!』と食い下がらず、ずけずけ聞かれました。料理研究家になりたいからこそ、適当な案件も受けずに地道にやっていたので、実際にアカウントの稼ぎはほとんどなかったのですが。ほかにも『じゃあ今は趣味のアカウント運営と子育てしかしてないニートなの?』とか、『フォロワーはいくらで買ったの?』とか、いくら昔の先輩とはいえ、許せない暴言を吐かれました」

 我慢の限界が来たA子さん。

「ほかの共通の同僚とのつながりもありますから、波風は立てたくなくて。でもそっとフェードアウトできるように、会話を切り上げようとしました。
すると、『てか子供、大丈夫そ?なんか発達障害あるんでしょ?』と送られてきたんです」

 たしかに事実で、その特性ゆえの偏食でもあったが——A子さんはその先輩に話してもいなければ、アカウントにも書いてはいないことだった。

「なんで先輩が知っているのか、まったく心当たりがなく、いよいよ怖くなりました。なぜ知っているのかと尋ねても、『A子ちゃんから聞いたよ?』と言うのですが、診断が下りたのは先輩と関わりがなくなってからのことですから、辻褄が合いません。それで一旦無視してしまうことにしたんです」

嫌がらせが加速、犯人はやはり…

 この一幕から1週間ほどが経ったころ、A子さんのアカウントへの嫌がらせは日増しに悪化していった。

「お店で出すものでもないのに、『手袋してなくて不衛生』とか、やっと子が気に入ってくれるポイントを見つけたレシピなのに『そんな料理だから子供が嫌がるんだよw』とか、基本的には揚げ足を取れればなんでもいい、って調子でした。ただ、『クソビ○チだから子供がこーなっちゃったんだね、ご愁傷様』といった、ストレートな誹謗も出てくるようになったんです」

 いよいよ開示請求をしようかと考えるようになったA子さん。

「例の先輩と同じく同僚だった、私の同期のパートナーが弁護士だったことを思い出し、連絡を取って会うことになりました。出産や子育てのドタバタで疎遠になってしまってはいましたが、彼女とは馬が合って、プライベートでも仲が良かったんです」

 まずは久しぶりの再会に乾杯しようと、2人で会う運びとなった。

「近況報告でひとしきり盛り上がったあと、本題は彼女から切り出してくれたのですが……。『たぶん、先輩が黒幕だよ。ずっとA子ちゃんのことを狙ってて、どうしたら落とせるかって相談されていたから』と言われてしまいました」

 直近でも、2年前にはA子さんの近況を探るような連絡があったという。

「そこでつい、『お子さんに重い発達障害があって今大変みたいで、しばらく私も会ってない』と言ってしまっていたらしいんですね。それきり先輩からの詮索は止まっていたようでもあるのですが。
私に直接来ていた先輩のDMの謎も、『クソビ○チ』のセリフも、直線上に並んだように感じました」

対面で問いただしてみると…

 十中八九、誹謗中傷の犯人が絞られたことで、開示請求手続きではない手段を取ることになった。直接対決である。

「同期からその先輩に、私含めて3人で会いませんかと誘う連絡をしてもらったんです。粘着していることを裏付けるかのように、即効で日取りは決まりました……(苦笑)」

 無論、実際には3人ではない。同期のパートナーである弁護士も当日は控えている。

「先輩は開口一番、『お前さ~、ちょっと聞かれたくないことを聞かれたくらいで先輩からの連絡を無視するのはダメだろ~!?』と言ってきました。でも呑気に軽口を叩けていたのもそこまで。すっと同期のパートナーが割って入ってくれました」

 そこからの展開は拍子抜けするほど簡単なものだったらしい。

「同期のパートナーが淡々と自らの立場を伝えつつ、『もしあなたが現に中傷を行った本人であれば、この場で認めたうえで慰謝料を支払うことに同意してほしい。そうすれば、開示請求を経た場合よりも請求する慰謝料は低くする』と、交渉してくれたんです。一瞬、『犯人じゃない!』とゴネかけもしましたが、スマホを今この場で見せてくれれば白だと納得できるがどうかと問われると、すぐに諦めていました」

もう一人いる。まさかの展開

 無事、一件落着? いや、そうは問屋は卸さなかった。

「慰謝料の具体的な金額を詰めていこうとしたところで、『でも、嫌がらせの全部が自分ではないんだ』と言うのです」

 半分ほどの誹謗中傷や言いがかりは自分がやったと認めつつ、もう半分はまったく関わっていないという主張だった。


「たしかによく観察すると、文のクセとか、アカウントのほかの投稿内容とかを見るに、別人っぽいんです。それに今認めたほうが、請求される慰謝料の金額として損がないことを理解している人物が、中途半端に認めないこともないかと思い、言い分を信じることにしました」

 残りの誹謗中傷のうち、もっとも酷い発言を行っていたひとつのアカウントのみ、開示請求を依頼したA子さん。

「先輩の言うことは間違いなく、こちらはまったくの赤の他人でした。時期的には先輩が密かに絡んできた日よりも後だったので、真似するように乗っかってしまったということなのでしょう。他人とはいえ、不快なことには変わりありませんが……」

いつの日かまで、夢はとっておく

 こうしておおよその「犯人探し」は終結した。だが、一連の騒動でA子さんの気持ちはすっかり萎えてしまった。

「思わぬところでこうした悪意に晒されるリスクが怖いのも、当然あります。ただ、悪意はなくとも、『無知の暴力』とでも言うしかないような反応が殺到することにも、かなり疲弊してしまっていたことに気がついたのです。あらためて、家庭的なレシピを提供する料理研究家の人たちへの尊敬は一層深まりました」

 A子さんはもう完全に、料理研究家への道は諦めてしまったのだろうか?

「しばらくは子育てと、その合間にやっている、料理の家事代行業だけに専念するつもりです。子が成人してから、またチャレンジできたらいいなと思っています。余裕ができれば、無茶苦茶な質問に答える余力も生まれるかもしれないので(笑)」

 現代の料理研究家の苦労は、レシピ開発自体より、フォロワーへの個別対応にこそあるのかもしれない。

<TEXT/鬼怒川庸二>

【鬼怒川庸二】
街角では知り合いに間違われ、飲み屋では酔客に話しかけられる性質を持つ。
娑婆の声に耳を傾けているうちに、自然と副業ライターになった。本業もまた別ジャンルの書く仕事。ドッペルゲンガーの報告はこれまで30件超にのぼる
編集部おすすめ