予算を抑えめに過ごしたければバンコク郊外、他県など、都会であったり観光地、リゾートではないエリアを巡るといい。ローカル価格で過ごすことができるはず。ただ、いいも悪いも表裏一体。ローカルエリアのデメリットもある。タイ語しか通じない問題のほか、治安が悪い場合が多いことが一番の問題点だ。
外国人向けエリアはスリなどの軽犯罪はあるものの、命にかかわるトラブルは少ない。しかし、実はタイはアメリカほどではないにしても“銃社会”という一面があり、バンコク郊外でも危険なことが多々ある。今年8月7日午前10時ごろ(タイ時間)、バンコク北西側に隣接するノンタブリ県の公立校で、同校に通う男子生徒が校内で拳銃を発砲する事件が起きた。
学校で生徒による銃乱射事件、さすがにタイ人も衝撃で首相も現場に駆けつける
タイ警察の発表による事件の概要・時系列はこんなところだ。
少年Pは事件当日午前9時30分~9時50分ごろにバッグに銃器を入れ、通常どおり登校し授業を受けていたという。その後、教室から出るとまずは校舎5階の教室に侵入し、教員2人を射殺。階下4階に降りて副校長ら職員を銃撃し、さらに3階にある国語教員用控室や他教室へ向けても発砲した。
発砲音で教室内などに隠れていた生徒たちは10時15分ごろになって教職員の誘導で校外へ避難。警察や救急隊が現場へ到着し包囲したものの、10時30分ごろ、少年Pは自ら頭部を撃ち自殺を図った。救命措置を受け病院へ搬送されたものの、のちに死亡が確認される。
この事件で少年Pを含め9人の死者が出ている。少年Pのほか翌日に病院で亡くなった女子生徒1人、学校関係者・教師5人。そして、校外にも2人いた。発生時点では判明していなかったが、少年は登校前に自宅で同居の祖父73歳と祖母74歳を射殺していたのだ。
少年Pは日本の中学3年生に相当する14歳だった。事件に使用された銃器はCz-75(チェスカー・ズブロヨフカ75)コンパクトとタイでは報じられている。少年は校内で発砲中に何度も弾倉を交換していて、これら弾丸と拳銃は祖父のものであった。当人らが死亡しているのでどのように祖父から少年に拳銃が渡ったのか、あるいは少年が祖父の目を盗んで持ちだしたのかはわかっていない。
時代背景もあって、SNSや動画投稿サイトで生徒や近所の人々がライブ配信していたこともあって、発生直後にこの事件は全土に知られた。
容疑者の少年Pは家庭内の問題や学校の成績でストレスを抱えていたという。
銃撃事件だけでなく、日本ではありえないような理由・要因のトンデモ事件が発生するタイだが、さすがのタイ人もこの事件は衝撃的で、マスコミでも一般的な世間話でも数日間はこの話題で持ちきりであった。
そして、当日中にアヌティン・チャーンウィーラクン首相兼内務大臣も事件現場を訪問。タイ全土で銃器の検問・取り締まりを強化するよう指示している。首相の命令により、現在急速にタイの銃規制が動いている状況だ。
実は銃社会のタイだが、規制はすでにはじまってはいた
タイの長期滞在者でも知らない人が多い現実。実はアメリカほど自由ではなく、首相の命令以前にすでに銃規制ははじまりつつあったということ。
ここで、バンコクのタイ警察の射撃場にて行われる外国人向け射撃サービス『BKK Shooting by MARU』の代表を務める金丸昌弘氏に話を聞く。
「実はタイは以前から一般の人(基本的にはタイ国籍者)が自由に銃を購入できないようになっていました。いずれにしても、合法的に購入するには、まず銃器購入許可証である『Por.3』(ポー・サーム)を取得しなければなりません」(金丸氏)
このPor.3はあくまでも銃器を「購入・譲受」するための許可で、購入後はその銃についての「Por.4」(ポー・シー)、すなわち所持・使用許可(使用とは射撃場での練習、競技としての射撃、狩猟などに限定)の発給を受ける必要がある。携帯して歩くにはさらに別の許可証があり、その取得は警察官、金行(金製品を扱うショップ)経営などの合理的な理由・事情がない限りはまず承認されない。
「近年は一般の人が合法的に銃を購入するための審査もかなり厳しくなっていて、誰でも簡単に銃を買えるというイメージとは『タイの銃社会』はかけ離れています」
首相が事件当日に銃規制を厳しくすることを指示し、「事件後の8月11日には新規の銃器購入許可発給を一時停止、新たな公務員向け福利厚生銃事業の停止、銃砲店や射撃場に対する弾薬管理の検査強化などが決められています」という。
金丸氏によれば、Por.3に関しては2026年2月の時点ですでに「本人だけでなく、身辺や近しい人物の違法行為との関係まで詳しく調査するようタイ全土の関係省庁に指示していました」というくらい、すでに銃規制は厳しくなっていた。その中で起こった事件なので、タイ政府・警察内での動揺は大きく、首相の動きも早かったわけだ。
Por.3申請に関しては資産や健康状態などの調査、公務員を保証人にした素行調査なども行われる。少年Pの祖父は元教師で、つまり公務員だったことから銃器購入は一般の人よりも容易だった可能性もある。ちなみに、事件に使用されたCz-75は現在8万バーツ(約40万円)が相場とされる。金丸氏の発言内にある「公務員向け福利厚生銃事業」は、簡単にいえばタイの公務員割引制度だ。おそらく6万バーツ(約30万円)くらいになると考えられる。
ほかにも起きているタイの少年による銃関連事件
冒頭の「郊外の治安が悪い」という書き出しと矛盾するが、バンコク中心地で同じく14歳の少年による銃器犯罪が以前起きている。2023年10月3日午後4時ごろ、外国人観光客も多い高級デパート『サイアム・パラゴン』内でのことだ。少年は銃器を持ちこの商業施設に入り、複数回発砲。最終的に5人が負傷、中国からの女性観光客とタイ在住のミャンマー人女性の2人が亡くなっている。
このケースでは通報後5分ほどで警察が到着し、少年は投降。銃器はおそらくネットで購入したと見られる模造銃(エアガンを改造したものという報道がある)だった。この銃器や弾丸を販売した業者は逮捕されている。中央少年家庭裁判所はこの少年に対し最低3年、最長5年の更生刑を言い渡し、すでに2年間拘留されているため、早ければ2027年に満了する予定だ。これは裁判所命令により少年院のような場所での服役ではなく、病院関連の施設にて精神科治療を受けながらの拘留となっている。
少年事件ではないが、今年8月25日、つまり銃規制が進んでいる最中、少年Pの事件と同じノンタブリ県内のガソリンスタンドで駐車場を巡る口論で発砲事件が起きている。満杯の駐車場(タイでは郊外のガソリンスタンドはサービスエリアの役割を果たしている)の空きを待っていた30代男性のまえを、58歳の加害者が割り込みをしてケンカに。30代男性が先に蹴りをいれたことで、加害者は車に戻り、拳銃を持ってガソリンスタンド内を追いかけまわすという事態になった。
結果、数発発砲の1発が30代男性の腹部をかすめたようだが、命に別状はなかった。加害者はそのまま逃走したものの、同日には出頭している。タイは防犯カメラが各地に充実していて、ケンカから発砲までの一連がノーカットで報道され、観念したのだろう。いずれにしてもそれら防犯カメラを繋ぎあわせることで足取りは容易に掴めるため、こういった事件におけるタイ警察の検挙率は高い。
タイ旅行中、もしも銃撃事件に巻き込まれたら……
実際、目のまえで銃撃事件が起こったらどうすればいいのか。先に登場した金丸氏が関係していた護身術などの講習会で話していた警察中佐によれば、「銃の射線というのは一直線です。その弾道にいなければいい」とのこと。
銃は筒の延長線しか攻撃できない(散弾銃はまた少し異なるが)。先のガソリンスタンドの事件のネット映像を見ると、30代男性は一目散に逃げているので、それは回避行動としてはまさに正解だ。ただ「より高確率で助かる方法は、ジグザグに逃げること」と警察中佐はいっていた。
よほど訓練された軍人やプロの殺し屋でない限り、動いている標的に拳銃で当てるというのはかなり難しいらしい。
万が一自身が銃乱射事件に遭遇してしまった場合、とにかく物陰に隠れながら、いち早くその場を離れることである。ただ、日本人は「銃声」そのものを聞き慣れていないので、反応がやや遅れがちだ。他方、タイ人は身近に銃器があったり、いまだ徴兵制がある国なので銃声に反応しやすい。というわけで、タイ観光中、火薬の破裂音と一斉に逃げ出すタイ人を見たら、迷わず逃げましょう。
世界でも13番目に民間保有数が多いタイ
少年Pの学校事件における大きな問題点は、合法的に購入されている銃器が使われたことでもある。盗難や違法に製造された銃器が犯罪で使用されるのは、弾痕などで銃器と自身が特定されないためだ。ただ、感情の爆発などで突発的あるいは無計画な犯罪は別ではある。
ただし、少年Pの事件に関してはアメリカの学校で起こるような事件とは少し質が異なるとも考えられる。事件発生当初、少年はこの学校でいじめに遭っていたという報道もあったのだ。教師も認知していながら助けなかった。転校を同居の祖父母(両親とは別居だった)に頼んでもそれが叶わない。誰も味方がいない中、祖父の銃を盗み、最終手段に出たといわれる。
とにかく、この事件をきっかけにタイではさらに銃器を取り巻く環境が厳しくなる。これがアメリカのように銃規制に反対する勢力がほぼないという点に、タイに関わる外国人は注目したい。
金丸氏からの情報提供では、スイスに拠点を置く『スモール・アームズ・サーベイ(SAS)』による2017年の調査結果で、タイには民間保有銃が約1,030万丁と推計された。内訳は登録銃が約620万丁、未登録銃およそ410万丁だ。タイ内務省地方行政局がまとめた2022年のPor.4(使用許可など)を出している登録銃は618万4033丁。推計は実数に近い。
SASによる未登録を含めた民間保有数推計で見るならば、タイは世界で13番目に銃器保有が多く、ASEAN内においては2位のフィリピン(約380万丁)と2.7倍以上の差をつける国になる。人口比率でいえばフィリピンが国民100人あたり約3.6丁に対し、タイは15.1丁にものぼるのだ。
しかし、いくら銃器が身近にあり、国境を隣国と接しているために軍隊は必要と考える倫理観であっても、一般タイ人は銃器の個人保有をよしとはしていないということもまたまぎれもない事実である。前段の統計数では相当な銃器数があるとはいえ、ひとりが複数所有することが多いため、実際にはタイ全土で銃器を保有していない世帯のほうが圧倒的に多く、特に今回の事件による銃器購入・保有の規制強化はタイでは歓迎されている。
これからのタイの銃社会とは
先述のサイアム・パラゴンの少年は射撃場に何度も通っていたことが確認されている。日本人観光客もよく訪れる国土防衛司令部直営、つまり軍隊系列の射撃場だ。
「私が携わっている射撃サービスはタイ警察の関連施設が中心なので、警察の管理下で運営されています。当然、銃器や弾薬も管理された環境で取り扱われていますが、今回の規制強化によって射撃場についても管理・検査がさらに厳格化していくでしょう。射撃場に限らず、銃器を扱う業界、個人が安全管理を徹底することは非常に重要だと考えています」
<取材・文・撮影/髙田胤臣>
【髙田胤臣】
髙田胤臣(たかだたねおみ)。タイ在住ライター。初訪タイ98年、移住2002年9月~。著書に彩図社「裏の歩き方」シリーズ、晶文社「亜細亜熱帯怪談」「タイ飯、沼」、光文社新書「だからタイはおもしろい」などのほか、電子書籍をAmazon kindleより自己出版。YouTube「バンコク・シーンsince1998│髙田胤臣」でも動画を公開中
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