現地10月4日(日本時間5日)、ナ・リーグ地区シリーズ第2戦でドジャースはブレーブスに2-3で敗れ、対戦成績は1勝1敗となった。

自己最速164.3キロの裏で…佐々木朗希が抱えた制球の不安

「凄みはこの修正力」佐々木朗希、最速164キロだけじゃない“...の画像はこちら >>
 敗戦の中でも強烈な印象を残したのが、2点ビハインドの8回から登板した佐々木朗希だ。2イニングを無安打無失点に抑え、9回にはメジャー自己最速となる102.1マイル(約164.3キロ)を計測した。


 球速だけを見れば復調を強く印象づける。だが、この日の36球のうちストライクはわずか18球。中身を見ると、単純に「圧巻の2イニング」とはいえない内容だった。

 Xでは8回の投球を見ていたファンから「ストライクが入らず見ていて不安」との声が上がった一方、「朗希の凄みはこの修正力だね」と評価する投稿もあった。一見すると正反対の意見に見えるが、実はどちらもこの日の佐々木をよく表していた。

 8回は先頭打者を四球で歩かせ、続く打者には死球。送りバントで1死二、三塁となり、さらに申告敬遠で満塁のピンチを背負った。

 この回は最終的に20球を費やしストライクはわずか7球。ストライク率は35.0%にとどまった。それでも1死満塁からロナルド・アクーニャJr.をスプリットで遊ゴロ併殺に仕留め、どうにかゼロで切り抜けた。

9回を三者凡退に抑えた「鮮やかな修正力」

 ところが続く9回、投球内容は一変した。

 この回は、16球のうち11球がストライク。ストライク率は68.8%に上り、マット・オルソンを空振り三振、オジー・アルビーズを一ゴロ、マイケル・ハリス二世を二ゴロに抑え、三者凡退に切って取った。
制球面では、8回とは明らかに違う投球だった。

 そして興味深かったのが球速だ。8回に10球投げたフォーシームは平均約99.3マイル(約159.8キロ)。それが9回の5球は平均約101.0マイル(約162.5キロ)まで上昇した。

 しかも9回に投じたフォーシームは、5球すべてが100マイルを超えており、力強さを感じさせた。

8回と9回の球種配分の違い

 8回と9回には球種配分にも違いがあった。8回はフォーシーム10球、スプリット6球、スライダー4球。一方の9回はスプリット10球、フォーシーム5球、スライダー1球。フォーシームの比重が下がり、スプリットが投球の中心になっていた。

 8回はスプリット6球で空振りを1つも奪えなかったが、9回は10球で2度の空振りを奪った。もちろん、わずか1イニングずつの比較で打者もカウントも違う。スプリット増が改善の要因だったとは断定できないが、配球まで含めて8回と同じ投球を繰り返したわけではなかった。

佐々木が明かした“意識の切り替え”

 そして何より、佐々木自身も試合の中で意識を変えていたことを試合後に明かしている。

 佐々木は今季、先発で投げてきた期間が長かったことに加え、ポストシーズンでアドレナリンが出る中、変化球の細かな感覚がうまく合わず、8回は慎重になりすぎたと振り返った。


 満塁のピンチを迎えた際は捕手らと、ストライクゾーンで勝負することを改めて確認。9回はより大胆に、自信を持って腕を振る意識へ切り替えたという。

 ストライク率は35.0%から68.8%へ。フォーシームの平均球速も約1.8マイル(約2.9キロ)上昇した。本人の説明と数字の変化は、きれいに重なる。そして佐々木の言葉を聞けば、2つの急上昇は単なる数字の偶然だけでは片づけにくいことも分かる。

球速以上に頼もしい、佐々木の「修正力」

 そもそも、負傷者リスト(IL)から復帰した9月下旬の3登板は計3回を投げて無四球、6奪三振。48球中30球がストライクで、ストライク率は62.5%。しかも3試合で四球は一つもなかった。今回の8回のような制球の乱れが、復帰後続いていたわけではない。

 球種にも小さくない変化があった。佐々木は今季途中、従来の低速・低回転のフォークとは別に90マイル前後の高速スプリットを自身のレパートリーに加えていた。


 一方、ILから復帰後の登板では1球もフォークが記録されていない。佐々木本人はその意図を語っていないが、救援転向後の球種構成に起きた小さくない変化といえる。

 もちろん、2イニングを無安打無失点に抑えたからといって、不安がすべて消えたわけではない。8回のようにストライクが入らなければ、毎回満塁から併殺で逃げ切れるほど10月は親切ではないからだ。

 それでも、崩れかけたイニングをゼロで切り抜け、次の回には自らの意識を変え、しっかりと結果で答えた。

 164キロという数字は確かに目を引く。だが、3連覇を狙うドジャースにとって、それ以上に頼もしい材料は、一つの登板の中で見せた佐々木の“修正力”だろう。

文/八木遊(やぎ・ゆう)

【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。
現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。
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