「警察学校で一緒に教官から怒られていた同期と、十数年後に歌舞伎町のホストクラブで一緒に働いている。すごく面白いことだなと思っています」
こう話すのは歌舞伎町のホストクラブ「BOY」社長・蒼井ゆうと氏(32歳)。
現在、同店には石川県警で約13年間勤務した萬田卍郎氏(32歳)もホストとして在籍している。

2人は、石川県警察学校の同期だったが、まったく違う人生を歩んだ。

「警察学校の同期だった2人」が歌舞伎町で再会し、ホストとして...の画像はこちら >>

手に職をつけるために進学するも…

蒼井氏は警察学校を中退後、上京してホストとなり、現在は自らの店を経営する。対して卍郎氏は警察に残り、いわゆる「組対」の刑事として暴力団犯罪などを担当するも、警察を離れることになった。

同じ場所からスタートした2人は紆余曲折を経て、歌舞伎町で再び同じ場所に立っている。

子供の頃の夢はサッカー選手だった蒼井氏。小学4年生から高校卒業までサッカーを続けたが、途中でプロになることを断念した。その後、将来の夢は何度も変わったが、高校在学中に具体的な選択肢が現れる。

「親から手に職をつけてほしいと言われて。それなら警察官になるのも悪くないなと」

公務員試験受験のための予備校で、無料で試験対策を受けられる制度があった。そこに約3ヶ月通い、周囲の支えもあり、無事に試験を乗り越えられた。

そして地元の石川県警察学校に入った蒼井氏と卍郎氏は同期だった。当時の警察学校は全寮制で規律も厳しい。


「高卒の長期制は10カ月なんですよ。僕は10カ月のところ、僕は8カ月で辞めました。あと2カ月だったんですよ。僕は続けたかったんですけどね」

厳しい扱いに耐えかねて、退学を決断

「警察学校の同期だった2人」が歌舞伎町で再会し、ホストとして働くまで「警察官になるのも悪くないと思っていたが…」
警察学校時代の蒼井氏
蒼井氏は警察学校時代、自他ともに認める「問題児」だった。

「失敗する度に10枚ぐらいの反省文を提出しないといけません。消灯時間である午後10時までに書き終わらない日もあり……。そういう時は仕方がないので布団の中で書くんです」

ある日、ようやく書き上げた反省文を教官に提出した際、手厳しい扱いを受ける。

「誤字脱字が多かったみたいで。教官も悪気はなかったと思うんですけど、反省文を僕にバーンと返してきたんですよ。すると、偶然近くにあったシュレッダーに吸い込まれていき……。ホッチキスで止められていた反省文が1枚も残らず入ってしまったんです。寝る間を惜しんで書いた反省文が紙くずになったのを見て、『もう辞めよう』って思いました」

卍郎氏も当時を知る1人だ。

「社長と私は、2人とも問題児でした(笑)。
試験のたびに赤点を取って教官に呼び出される。大量の課題を、徹夜で仕上げて提出したら間違いだらけで、また課題を出される。連帯責任でクラス全員を巻き込んで腕立て伏せを何百回もするなんて話は数えきれないほどあります」

場合によってはクラスメイトから恨みを買いそうなシチュエーションであるものの、愛されキャラかつムードメーカーだった蒼井氏はその例に当てはまらなかったようだ。

夢を追いかけたのち、ホストにたどり着く

蒼井氏は退学後、逡巡したのち、故郷を離れる決意を固める。

「警察学校も辞めたし、『立場ないな』みたいな。その場から逃げたくて家族には『音楽をやりたい』と伝え、上京したんです。芸能事務所の養成所に入って、1年間音楽を勉強したんですけど、卒業後に音楽に対する熱は冷めつつありました」

自分のなかに強い承認欲求があることには気づいていた。

「みんなに認めてもらえるような仕事をやりたいと思って、いろいろ仕事を探しました。でも、なかなか仕事が決まらず、途方に暮れるなか、ふと『僕ができるのはホストしかない』と思い立ちました。幸いにも、ホストクラブの面接には受かったんですが、夢を抱いてホストになったわけじゃないんです。でも、女の子とお酒を飲んで、ご飯を食べて、お金を稼げるって幸せだなとは思いました」

警察学校を辞めた直後は「人生終わった」と絶望するも、歌舞伎町が受け皿になってくれたのだ。警察官を目指していたはずの人生は思いもよらない方向へ進み始めた。

ホストとして順調にキャリアを重ねる蒼井氏は、目標として設定した「年間売上1億円」を7年目で達成し、自らの店を持つことを決意。
2023年、「BOY」をオープンした。

ホストクラブの経営では、複数の出資者が資金を出すケースが多い。しかし蒼井氏は、開業資金を一人で背負うことを選んだ。

「出資者がいると、自分の意思だけでは決められないこともあります。それなら全額じゃないとやる意味がないなと思ったんです。全額でやって責任を持ちたいと思って」

警察学校を去ってから十数年。「辞めたことは失敗だったと思わない」と蒼井氏は振り返る。

「結果的に今は幸せですし、めちゃくちゃ厳しかった警察学校での経験も結果的に役に立っていると思います」

元警察官がなぜホストになったのか

「警察学校の同期だった2人」が歌舞伎町で再会し、ホストとして働くまで「警察官になるのも悪くないと思っていたが…」
萬田卍郎氏
もう1人の主人公、卍郎氏が警察官を目指したきっかけは、高校時代に出会った人物だったという。

「ボクシング部に所属していて、国体予選の試合で出会った警察官がいたんです。試合では真っ向から打ち合って、最後はKOで勝ちました。試合後に話してみると、過去の過酷な体験談を悲壮感なく面白おかしく話してくれるんです。警察官に対する堅いイメージが変わった瞬間でした」

その憧れを保持し続け、警察官となり、約13年間勤務。そのうち約10年間は刑事部に所属し、暴力団犯罪などを扱う組織犯罪対策の仕事に携わるも、諸事情で懲戒免職処分を受けて警察を離れることになる。
本人は処分を不服として、現在も争っている。

一方で、蒼井氏との関係は途切れておらず、蒼井氏が東京へ出た後も定期的に会っていた。

「卍郎はホストになる前から、警察官時代にもBOYに遊びに来てくれていました。お客さんとして。それで一緒に食事に行ったりしていました」

まさか、その同期が後にホストとして同じ店で働くことになるとは、当時は想像していなかっただろう。

警察を離れた卍郎氏は、地元を離れ、誰も自分を知らない場所でゼロから人生を始めたいと考えた。

「数あるホストクラブのなかからBOYを選んだという感覚ではないんです。蒼井社長がいたから、私はホストになりました」

昔から彼には人を巻き込む力があったと感じていた。

「まさか、将来ホストになって成功して、ホストクラブの社長になるとまでは思いませんでした(笑)。でも、何かしらの世界で成功する人間なんだろうなという感じはありました」

白か黒で語れないことがたくさんある

「警察学校の同期だった2人」が歌舞伎町で再会し、ホストとして働くまで「警察官になるのも悪くないと思っていたが…」
卍郎氏が組織犯罪対策課に所属していた際の1枚
立ちんぼや悪質なスカウト、トー横など、この街の問題について蒼井氏と卍郎氏はどう見ているのか。

卍郎氏は、悪質な営業や違法なスカウトなど、犯罪につながる行為については、当然なくしていくべきだと考えている。

「元警察官としてもホストとしても私の意見は変わりません。
とはいえ、一部の悪質な事例だけを見て、夜の仕事や歌舞伎町全体を『悪」と一括りにすることにも違和感があります。警察官だった頃は、どうしても歌舞伎町を『取り締まる側』の目線で見ていました。でも、実際にここで働いてみると、白か黒かだけでは語れないことがたくさんあるはずです。今は警察官だった頃よりも、その人が『なぜそこにいるのか』を考えるようになりました。昔は事件を見ていたけど、今は人を見るようになった。それが一番大きな違いかもしれません」

蒼井氏は「入口」の問題にも目を向けている。

「立ちんぼやスカウトという『目に見える問題』だけを取り締まっても、本質的な解決にはなりません。そもそも、なぜ若い女性が立ちんぼをするのか。なぜ、スカウトに頼らざるを得ない状況になるのか。いずれも、歌舞伎町に来る以前から抱えている家庭環境や経済的な問題、人間関係、居場所のなさなど、個人ごとに異なる背景が存在するからです。問題が起きてから取り締まるだけではなく、そもそも流れ着かなくても済む環境をどう作るのかを考えるべきでしょう」

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歌舞伎町には、さまざまな事情を抱えた人が集まる。だからこそ2人は、それぞれ違う立場からこの街を見ながらも、「なぜその人がそこにいるのか」という視点を共有している。


「警察学校で一緒に教官から怒られていた2人が、十数年後、歌舞伎町のホストクラブでそろって酒を作っている。当時の自分たちに言っても、絶対に信じないでしょうね(笑)」

卍郎氏は不敵な笑みを浮かべる。

蒼井氏を追って今の場所にたどり着いたのであって、再会は偶然ではなく必然である。警察学校から始まった物語は、十数年を経て歌舞伎町で再び交わった。2人の人生における“歌舞伎町編”が大団円を迎えることを期待したい。

<取材・文/櫻麗(おうれい)>

【櫻麗(おうれい)】
新潟県出身。フリー記者。池袋のスナックでチーママとして働きながら脚本家を志すも挫折。業界新聞の記者、自治体の広報誌などの制作ディレクターを経て独立。現在は歌舞伎町ホストのSNS運用ほか、アングラ、夜職、歌舞伎町カルチャーを主な取材領域に記者として活動中。表には出にくい人間模様を追い続けている。猫と過ごす時間が至福 X:ohreindb
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