◆歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」(26日千秋楽)

 玉三郎が飛んだ。玉三郎が浮いた。

クレーンに乗った宙乗り。花道上空からではなく本舞台中央から客席前列まで進み、上手の方向、次に下手に対して両手を広げた姿。驚いた。歌舞伎の大名題の真女形による宙乗りは初めてだろう。納涼どころか観客は40度を超す熱気の拍手を送った。

 第2部「火の鳥」。永遠の命を持ち、再生を繰り返す火の鳥伝説を新作歌舞伎で上演。玉三郎は演出も担当した。

 待ちに待ってた玉三郎がようやく登場したのは第3場・三十番目の国。黄金のリンゴの実に誘われて現れた。全身真紅のショールや衣装。宙乗りの本家、市川猿翁(当時猿之助)は「ヤマトタケル」で純白の格好で飛んだが、玉三郎には赤が似合う。

広く長い翼を動かし出ては消え、消えては出てきた。この場はセリフ一つなかった。

 第3場・元の宮中。大王の命で火の鳥捕獲に向かっていた兄のヤマヒコ(市川染五郎)、弟ウミヒコ(市川團子)に人間、自身の宿命を伝える。近年、共演した染五郎、團子とこの作品を創る希望が叶(かな)ったわけだ。永遠の命などない、大切なのは形ではなく魂なのだ。争いを繰り返して止めない人間の欲望の醜さ、愚かさを説くこの場はセリフの山だった。

 次代を担う若手の女形や花形俳優の指導に意欲を傾ける坂東玉三郎、75歳。歌舞伎の美の化身は、自らのメッセージを込めた新作で飛んだのである。(演劇ジャーナリスト)

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