プロレス界の“レジェンド”藤波辰爾が8日、新宿区の「アートコンプレックスセンター/ACT5」で席上揮毫(きごう)イベントを開催した。

 1988年8・8横浜文化体育館で師匠のアントニオ猪木さんと60分フルタイムを闘った記念日に猪木さんの座右の銘「闘魂」を書き上げた。

 揮毫後に昨年2月28日に亡くなった、プロレスラーで文京区議会議員の西村修さん(享年53)が商標登録していた「無我」の肖像権を藤波が主宰する「ドラディション」と共同で管理することが発表された。

 西村さんの妻・西村恵さんが登壇し「夫は(昨年)1月31日に試合が行われる予定だったんですけど、緊急入院をしてしまい体調不良で欠場となってしまいました。その時に藤波さんが快く試合に出ていただいたことによって夫もとても励まされましたし、その後、闘病中、そして亡くなった後も私も息子もいつも藤波さんファミリーに励まされております」と藤波への感謝を明かした。

 そして、今回の「無我」共同管理について「無我を一緒に守っていこうというお声をいただいたので、私も恐縮ですが何かお力になれればと思い受けさせていただいております」と明かし「今後も藤波さんのこれからのご活躍を祈るとともに、無我という言葉を守っていきたいと思っております」と誓った。

 藤波は、西村家と「無我」を共同管理することについて「西村君も『無我』を彼は彼なりに僕と一緒にやった時に肖像権を誰かに権利が押さえられると(いけないと思い)いち早く純粋な気持ちで押さえてくれていた。それが時間がたつと違和感が出てきた。僕と西村君の長年、嫌な部分が続いたんだけど」と振り返りながら「今回、時間がたって気持ちよく管理できる。いい機会をもらった」と明かしていた。

 

 ドラディションは昨年11・14後楽園ホール大会を恵さんの許可を得て「DRAGON EXPO 1995~無我~」と18年ぶりに「無我」の冠を掲げて大会を開催した。今回、共同管理が実現し今後、「無我」を掲げた大会がさらに開催されることも考えられるが、藤波は「可能であれば西村君の命日に(無我を)掲げた大会もあるかもしれません」と明かしていた。

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