ボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」をはじめ、数々の名作を世に送り出してきた漫画家・ちばてつや(本名・千葉 徹弥)さんが22日午後6時、骨髄異形成症候群のため都内の病院で死去した。87歳だった。

2015年12月から、ビッグコミック(小学館)で「ひねもすのたり日記」を連載していたが、今年9月、体調不良で休載すると発表。ブログも8月17日に投稿したのが最後となった。妻の幸子(ゆきこ)さんを喪主に既に家族葬を行った。小学館は後日、お別れの会を開く。

 日本の漫画史に数々の名作を刻んだ巨匠が亡くなった。

 ちばさんは8月頃に体調を崩し、「ビッグコミック」の連載を同月下旬で中断。都内の病院に入院した。ちばさんのブログや関係者によると、2021年の夏頃から通院や入院が増えたという。ブログには「心臓の弁と、冠動脈、喉などに異常が見つかった。さらに若返って復帰するつもりです」と投稿し、その後も草野球に参加したほか、テレビでサッカー観戦を楽しむなどの日常を積極的に発信していた。

 1939年、東京・築地で、長男として生まれ、幼少期は旧満州で過ごした。次男・研作さん、三男・亜喜生さん(84年死去)、四男・樹之さん(2023年死去)はいずれも漫画に携わっている。

三男は「ちばあきお」として、野球漫画「キャプテン」や「プレイボール」、四男は「七三太朗」として「4P田中くん」などの作品を残し、才能あふれる兄弟として知られた。

 46年に日本に戻り、56年に貸本漫画家としてデビュー。少女漫画や少年漫画で次々と人気作品を生み出した。代表作となったのは、67年12月に連載が始まった「あしたのジョー」だった。

 梶原一騎の原作で、少年・矢吹丈がボクシングを通じて成長する姿を描いた。ライバル・力石徹の死後には実際に葬儀が開かれ、数百人のファンが参列。寺山修司、三島由紀夫ら文化人にも影響を与えたほか、70年の「よど号ハイジャック事件」では、実行犯が「我々は明日のジョー(表記まま)である」との声明を出すなど、漫画の枠を超える社会現象となった。

 一時、十二指腸潰瘍で入院し、「命と漫画のどちらが大事なのか」と自問自答しながらも描き続け、73年に完結させた。真っ白な灰になったように見えるジョーの姿は、漫画史に残る名場面となった。ちばさんはその場面について「私も燃え尽きたところがあった。当時の自分の気持ちをそのまま描きました」と本紙の取材に語っている。

 ほかにも「おれは鉄兵」、「のたり松太郎」、「あした天気になあれ」など続々とヒット作を発表。

2005年からは文星芸術大で教壇に立つなど、後進の育成にも尽力した。24年には、漫画家として初めて文化勲章を受章した。

 戦争と貧困を経験し、人間の強さと弱さを描き続けた。ちばさんの作品はこれからも世代を超えて人々の心に生き続ける。

 ◆ちばてつや 本名・千葉徹弥。1939年1月11日、東京都生まれ。朝鮮半島を経て、41年に満州へ渡り、現地で終戦を迎える。46年に引き揚げ、50年に友人の作る漫画同人誌「漫画クラブ」に参加。56年、貸本漫画家としてデビュー。58年に「ママのバイオリン」で雑誌連載開始。2002年に紫綬褒章、12年に旭日小綬章を受章。14年文化功労者、24年に漫画家として初めて文化勲章を受章。

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