地方銀行がスタートアップ向け融資に積極的だ。

静岡市に本店を構える静岡銀行は2023年だけで10社に融資を実行。

その多くが、株式の希薄化を防ぎながら資金調達できる「ベンチャーデット」によるものだ。

地銀がスタートアップ向け融資に取り組む思惑は何か。東京を拠点に融資を実行しているベンチャービジネスサポート部の恩田雄基・課長と高井康介・課長に聞いた。

ベンチャーデットとは 希薄化抑え調達可能、原則的に返済義務あり

ベンチャーデットは、株式の希薄化(ダイリューション)を一部伴う融資や社債などを指す。スタートアップの間で活用が進む「デットファイナンス」(用語解説)とはやや異なる点に注意が必要だ。

一般的なデットファイナンスは返済義務のある資金を借り入れる調達手法で、金融機関などの貸し手側は利息によるリターンを得る。

これに対しベンチャーデットは、融資・社債に加えて新株予約権を引き受ける。貸し手側は利息だけでなく、将来的な株式売却による利益も見込む。

貸し手側のリターンを大きめに設計することで、赤字を許容しながら急成長を目指すケースなど、通常、融資対象になりづらいスタートアップにも資金供給の可能性が開ける。

スタートアップは、エクイティファイナンス(用語解説)と比べて希薄化を抑えながら調達ができる。エクイティとデットの特性を併せ持つことから、両者の中間を埋める調達手法とされる。

また、同じベンチャーデットでも手法によって希薄化の割合は異なる。新株予約権付社債・融資の場合、希薄化は比較的少ないが、社債分を株式に転換することを見込む転換社債(CB)は大きくなりやすい。

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「融資実績は全て赤字」 静岡銀行がベンチャーデットを始めた理由

「融資実績は50件ほどありますが、実行時点では全て赤字でした」

静岡銀行の恩田課長はそう明かす。スタートアップ向け融資を始めてからおよそ2年。黒字に転換した企業は1割にも満たないが「想定通りですから驚くこともありません。来年黒字にする計画を出してほしい、とも言いません」と話す。

「融資実績50件、全てのスタートアップが赤字だった」静岡銀行の戦略【ベンチャーデットの教科書】

静岡銀行ベンチャービジネスサポート部 恩田雄基・課長(左)と高井康介・課長(右)

静岡銀行は元々、スタートアップに投資するVC(ベンチャーキャピタル)のファンドに出資したり、地元でイベントを開いたりして、スタートアップとの接点を作ろうとしてきた。

地元・静岡の企業を繋ぐことで地域経済の振興を図るのが目的だ。だが、協業に向けた話し合いのなかで「融資してくれないか」といった相談を受けることが多くなっていった。

回収不能リスクのある融資には踏み切りづらいのが銀行の常。要望に応えられないケースも積み重なっていく。

「決算書を見せてもらうのですが『赤字決算のスタートアップにどうやってお金を貸せばいいんだろうと…』と。実務上はどうしてもそうなってしまう」と恩田課長は振り返る。

それでも、スタートアップの旺盛な資金需要に応えたい気持ちはあった。大企業向け融資や住宅ローンなど、従来型のビジネスだけでは収益性に限界があることも見えていた。

そこで目をつけたのがベンチャーデットだった。スキーム構築のため、アメリカや国内の先行プレイヤーの事例を研究した。ただ、国内ではデフォルト(債務不履行)率などのデータが十分にあるわけではない。利息収入だけでなく、新株予約権のキャピタルゲイン(売却で得られる利益)を加えることで「ビジネスとして続けられる水準」(恩田課長)を模索した。

静岡に地縁なくても大丈夫 「食わず嫌いしない」

静岡銀行は2021年6月に「ベンチャービジネスプロジェクトチーム」を設置。その後現在のベンチャービジネスサポート部に改組し、スタートアップ向け融資を実行している。2023年にはhacomonoやNew Innovationsなどに対してベンチャーデットを実行している。

スタートアップ向けにはプロパー融資(通常の融資スキーム)と新株予約権付融資の2種類を取り扱う。「新株予約権付融資はプロパー融資よりも金利をやや低く設定する一方で、融資金額の数割程度の新株予約権を引き受けています」と恩田課長は説明する。

融資対象は幅広い。成長段階を示す「ステージ」は、売上が立っていない「シード」こそ範囲外だが、製品やサービスを世に出し拡大を狙う「アーリー」や事業が軌道に乗り始める「ミドル」、それに上場を見据える「レイター・プレIPO」までを検討対象とする。業種も限定せず、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)から、研究開発に時間をかけるディープテックまで融資実績がある。

取材中に繰り返したのは「制限しない」という言葉だ。

ステージや業種を絞らないだけでなく、地元・静岡との地縁も考慮しない。

「『地銀あるある』でよく聞かれますが、今のところ地域に制限はありません」と恩田課長。融資対象を広げるのは、ベンチャーデットの取り扱いがまだ「黎明期」という意識があるからだ。

「まだノウハウがなく、覚悟を持ってこの領域に入り込みました。食わず嫌いせず、制限を設けることなく、成長可能性の高いスタートアップと伴走して知見を高めていく段階です。銀行としてどんな支援ができるかも模索しています」

「融資実績50件、全てのスタートアップが赤字だった」静岡銀行の戦略【ベンチャーデットの教科書】

ベンチャーデットの審査基準は? 長く付き合える企業が対象

赤字決算でも活用できる可能性もあり、幅広いステージや業種を対象とするベンチャーデットの出現は、スタートアップの資金調達の可能性を広げるものといえる。

一方で、当然ながら全ての融資希望に応えられるわけではない。重視するポイントの一つは目的だ。次回調達までの数ヶ月間の運転資金を確保するための「ブリッジファイナンス」の相談も多いというが、恩田課長は「次のラウンドまで貸してください、その後は別にいいです、というコンセプトの融資は取り扱っていません。IPO後も上場企業としてお付き合い頂く形を想定しています」と話す。

さらに、「エクイティ調達をして成長していけるか」も審査にあたってチェックされる。

「銀行は過去の実績を見るのが通常ですが、我々は先を見ます。次のラウンドでエクイティ調達ができるか、それだけのポテンシャルがあるか、マーケットは十分大きいか、成長を裏付けられる経営陣かどうか、などです」

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静岡銀行は今後、スタートアップ向けの融資を増やす方針だ。

中期経営計画では、2022年度に33億円だったベンチャーデットの残高を、2027年度までに1,000億円規模に拡大させるとしている。

「とりあえず何でも相談するくらいの気持ちでいてほしい」と恩田課長が話せば、「金融機関ということで身構えることもあるかもしれないが、先入観を持たずにコミュニケーションをとってほしい」と高井課長が応じる。条件に当てはまるスタートアップにとっては、よりチャンスが増えそうだ。

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