現代生活の中に、電子メール以外のチャットによるコミュニケーションツールの普及を感じる場面は度々ある。LINEやMessenger、Slackなどのメッセージアプリをはじめ、SNSにも付随してチャット機能が搭載されており、スマートフォン所持者でチャット機能を使わないユーザーはそうはいないだろう。
ビジネスの世界でもチャットは主流になりつつあり、現に2019年6月20日には、「Slack」を運営するSlack Technologiesがニューヨーク証券取引所へ上場を果たすほど、市場が拡大しているのが見て取れる。
一方で、世代によるデジタルリテラシーの差により、デジタルツールの使用に抵抗がある人たちも存在する。コミュニケーションの円滑化、業務の効率化などのデジタルツールのメリットを、より多くの人が享受できないだろうか……。
その課題に挑み続けるのがChatwork株式会社(以下、Chatwork)だ。同社は2019年9月24日、東証マザーズ市場に上場予定である。
本記事では、同社のこれまでと今後の動向を紐解いていく。
ITで新しい働き方を目指す、Chatworkが手がける2つの事業
ChatworkはChatwork事業とセキュリティ事業の運営を行う。主軸となるChatwork事業では、ビジネスチャットツール「Chatwork」の開発及びサービスの提供、広告サービスの提供並びに「Chatwork」をサービスプラットフォームとして活用した各種サービスの提供を行う。
「Chatwork」は、業務の効率化と会社の成長を目的とした、メール・電話・会議に代わるコミュニケーションツールである。同サービスは、基本となるチャット機能に加えて、タスク管理、ファイル共有、音声又はビデオ通話(会議)といったビジネスコミュニケーションに必要とされる各種機能を提供しており、誰でも利用できるようにすべての機能をシンプルにしている。
同サービスはフリーミアムモデルで、基本簡易機能は月額0円での使用が可能。ビジネスの導入においては、ユーザーごとに利用用途が異なるため、個人事業から法人まで用途に合わせた料金体制を設けており、追加機能は月額課金制で利用できる。

また「Chatwork」のプラットフォームサービスでは、バックオフィス業務を委託できる「Chatworkアシスタント」や「Chatwork電話代行」のほか、助成金の選定から受給までをチャットで完結できる「Chatwork助成金診断」などがある。
他方、セキュリティ事業ではセキュリティ対策ソフトウェアの仕入販売を行っている。ESET社の提供するセキュリティ対策ソフトウェア「ESET」について、日本国内総販売代理店(一次代理店)であるキヤノンITソリューションズ株式会社の二次代理店としてWebを介した通信販売を行う。
チャットツール提供だけではない、Chatworkのビジネスモデル

同社のメインのビジネスモデルは、サブスクリプション型のユーザー課金制であるが、売上は「Chatwork」およびプラットフォームサービスの利用料金と広告掲載枠の提供代金、セキュリティソフト販売代金の3つからなる。先に述べたように「Chatwork」は0円から利用可能だが、その際広告の表示があり、その掲載枠をアドネットワーク業者に提供している。
ビジネスチャット市場の高まりから主力事業「Chatwork」が成長

主力事業である「Chatwork」の成長は順調だ。サービス提供を開始した2011年から2018年までの7年間で、導入社数は20万社を超える。有価証券報告書によると、2019年6月には22.5万社、登録ID数は274.7万人に上る。またDAU(Daily Active User)が64.2万人で、使用者の約4人に1人は毎日「Chatwork」を利用していることになる。
独立系ITコンサルティングファームのアイ・ティ・アールが発表したビジネスチャット市場調査によると、2017年度の市場全体の売上金額は34億6,000万円、前年度比80.2%増の高成長で、2020年度には100億円規模に達すると予測されている。最近の労働生産性の向上や、社内外のコミュニケーション促進需要により、ビジネスチャットツールに期待がかかる。
しかし特定事業の依存は今後のリスクにもなりうる。ビジネスチャットツール市場飽和やコミュニケーションへの投資の低迷、競合の乱立が起こった場合に、同社の売り上げを牽引する「Chatwork」が影響を受ける可能性も示唆されており、サブスクリプション型のビジネスモデルとして、ユーザーのグリップが今後も鍵になるだろう。
なぜここまで拡大したのか。Chatworkの強みと戦略
主力事業「Chatwork」は競合である「Slack」とは異なり、完全日本語のサービスの為、言語面の安心感から着々と事業の拡大を進められた。ただその背景には別の要素も関連しているだろう。Chatworkの最大の強みは「Chatwork」のUI/UXの設計である。
UI面では、ユーザーがデジタルリテラシーの有無に関係なく利用できるよう、シンプルに設計することを徹底している。デザインや配色もホワイトやグレーが基調にされており、チャットツールの画面というより従来のメール画面に近い。最新のチャットツールに触れていない人でも慣れることは容易そうだ。
UX面では、機能の豊富さがあげられる。まずサービス内でのタスク管理が可能で、プロジェクトの詳細やタスクの期日なども設けられる。プラグインや外部連携を利用せずにタスク管理が可能なのは、競合のSlackには見られない特徴である。他にも社外の人とのコミュニケーションが可能という点も挙げられる。
Chatworkはユーザーアカウントがチャンネルとは独立して存在しているため、同じチャンネルに入っていない人同士でも個々のアカウントでコミュニケーションが取れる。さらには非同期型コミュニケーションツールであることも大きな特徴であり、ユーザーは他ユーザーの「既読」やユーザーステータス(ログイン中や外出中など)が見えない。
これまでの拡大戦略に目を向けると、Chatworkは派手なプロモーションをしていない。なぜならBtoCの事業であれば、一般消費者への認知度向上はサービスの成長に繋がるが、BtoBのビジネスインフラを目指す同社の事業ステージでは、そういった宣伝効果がサービスの成長に直結しないと判断してきたためだ。
そのため現在まで、大規模なマーケティング施策を行う代わりに、ユーザーに合わせ、競合対比をしながら適切に説明を重ねてきた。結果、導入や利用時の利便性を感じたユーザーの実体験を基にした口コミにより、ここまで拡大したようだ。しかし今後の事業ステージに沿うと見込めた場合は、マス向けのプロモーションも検討しているようだ。
成長率134%!売上高と当期純利益の推移

事業の成長と比例して、売上高も右肩上がりで推移している。第15期の2018年12月決算で約13億円と、前年比134%の成長だ。人材採用とシステム開発の影響で、毎年当期純損失を計上していたものの、課金ユーザーの拡大により第16期第2四半期累計期間(2019年1月1日~2019年6月30日)で黒字転換を実現している。
また同期間において、主力となるChatwork事業の売上高総計は約7.4億円となっており、セキュリティ事業は約1.5億円。Chatworkの各事業の売上内訳は、以下の通りである。(千円以下を切り捨て、算出して記載)

安定性の高さが光る、ChatworkのBSと主要財務指標

貸借対照表と主要な財務指標を示すと以上のようになる。
Chatworkは当期純損失が発生しているので、収益性などの指標は掲載していない。安全性の指標は、流動比率が177%、自己資本比率が53.1%となっている。
また、事業の効率性を示す総資本回転率に目を移すと1.3回で、経済産業省調査による平均数値が1.17回となっているため比較すると良い値だ。
想定時価総額と主要株主
今回の想定発行価格は想定仮条件(1,440~1,770円)で、平均価格は1,605円である。調達金額(吸収金額)は136億円(想定発行価格:1,605円 × (OA含む公募:1,275,000株+売出し株式数:7,900,000株))、想定時価総額は587.43億円(想定発行価格:1,605円 × 上場時発行済み株式総数:36,600,000株)となっている。
※想定発行価格=仮条件の平均価格
参照:新株式発行並びに株式売出届出目論見書 新規上場会社概要 P3

株式所有比率は以上のようになっており、1位は純粋持ち株会社のEC studioホールディングスの60.64%だ。続いてジャフコが9.10%、GMO Venture Partnersの5.46%となっている。
VCのリターン予測はジャフコが約53億円、GMO Venture Partnersが約32億円、SMBCベンチャーキャピタルは約11億円と見込まれる。
2020年に見込まれるビジネスチャットツールの推定市場規模100億円までは、ここからまだ少し先だ。今後も、伸びていくであろうこの市場の後押しもあるChatworkは、IPO後も市場で勝ち切ることができるのか。他の事業領域まで拡大していくのか。
今後もITの力で、「すべての人に、一歩先の働き方を」提供し続けようとする理念のもと、活動を続けるChatworkに期待が高まる。
※本記事のグラフ、表は新規上場申請のための有価証券報告書Ⅰの部を参考にSTARTUP DB編集部にて作成