30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載23回目。今回は、アメリカ・ニュージャージー州のプリンストン市にある世界的学術機関の共用施設「ルビンシュタイン・コモンズ」を取り上げる。
コンセプトは「intertwining(絡み合う)」。室内に入る反射光が建物内外をつなぐ
多角形や円、直線といった単純図形に、拡大、縮小、反転、回転などさまざまな変化を加えながら組み合わせた幾何学模様は、世界の名建築に見られるモチーフのひとつだ。「ルビンシュタイン・コモンズ」の場合は、サイズが微妙に異なるドーム状の屋根が角度や高さを変えつつ、連続して配置されているところに幾何学的構成が見て取れる。

(c)Paul Warchol

(c)Paul Warchol
「この建築物が立っているのは、アメリカ・ニュージャージー州のプリンストン市にあるInstitute for Advanced Study(IAS)のキャンパスです。スティーヴン・ホール・アーキテクツが2016年にコンペで勝ち取り、2022年に竣工しました。主に研究者や学者などがコミュニケーションを取ったり、リラックスしたりする共用棟として使われています。近くには、相対性理論で知られるアルベルト・アインシュタインが晩年を過ごしたとされる歴史的建造物、フルド・ホールがあります」
IASの設立は1930年。かのアルベルト・アインシュタインが初代教授の一人だったほか、マンハッタン計画に携わったロバート・オッペンハイマーも招聘(しょうへい)された歴史があり、世界で最も優れた学術研究機関のひとつに数えられる。また、アメリカの名門8大学で構成される「アイビーリーグ」の一角を成すプリンストン大学とも協力関係にあるという。それだけに建築コンセプトも非常に学術的だ。
「コンセプトは『絡み合う』を意味する『intertwining』。建物の外部と内部を絡ませる意図で、北側、南側、西側にある池が太陽光を受け、室内へ反射させる仕掛けが施されています。
(※)1910~20年代に旧ソビエト連邦で起きた“建築には社会的行動に影響を与える能力がある”という「旧ソビエト連邦構成主義」の理論
延床面積は約1600平米と、キャンパス内では比較的小さな建物だ。複数の会議室をはじめ、アウトドアとインドアのカフェ、リビングルーム、キャンパスの歴史を紹介するギャラリー、および複数のオフィスがある。なかでも注目すべきは、2つの非平面曲線が交差する「スペース・カーブ」で構成された天井があるリビングルームだという。

(c)Paul Warchol
「IASの元ディレクターであるロバート・ディカラーフ氏は『天井のスペース・カーブは、研究者や学者の思考を膨らませる役割を担っている』と評しました。また、床から天井まで、およそ5mはあろうかと思われる大空間の壁一面に張られたプリズムガラスが、太陽光の一部をカラースペクトルに変換して、内部に自然光と虹のような色彩をもたらします。ほかにも、スレート(粘板岩)の黒板や、Knot Theory(ノット・セオリー(結び目理論:紐の結び目を数学的に表現、研究する学問))に着想を得た特注のドアハンドル、吐水口も見どころです」
2022年竣工で比較的新しいとあって、再生可能エネルギーを多用している点も特徴だ。前述した自然光に加え、屋上緑化、雨水利用、地熱なども活用している。
「20基のGeothermal Wells(地熱井戸)があり、季節によって変わる地球の温度サイクルによって建物の冷暖房をまかなっています。また、ところどころに設けた木枠の窓による換気は、建物内のすべてのスペースに光と風をもたらします」

(c)Paul Warchol
必見!福岡、千葉にはホールの傑作集合住宅が
スティーヴン・ホール・アーキテクツは、ルビンシュタイン・コモンズ以外でも、多数の教育関連施設や学生寮などを手掛けており、同建築事務所のホームページには計20のプロジェクトが掲載されている。
「以前、私がニューヨークにスティーヴン・ホールを訪ねた際、必ず見てほしいと言われ、取材しました。10階建てで幅約100m、大きな開口部が5つえぐられた巨大な直方体で、内部に350の個室や共用施設が収められています。“多孔性”のテーマどおり、外壁に90cm角の窓がびっしりうがたれていることも特徴です」
また、スティーヴン・ホールは日本との縁も深い。
「福岡県福岡市に、建築家・磯崎新氏のプロデュースで招聘された、国内外の世界的建築家6人が手掛けた集合住宅群『ネクサスワールド』があり、スティーヴン・ホールはそこで『スティーヴン・ホール棟』を設計しています。小さな窓が点在する面や、大きさの不規則の窓で構成された面、基壇部の空洞など、見る角度によって表情が変わります。巨大な直方体を成す外観はシモンズ・ホールを彷彿とさせますね。彼はこのプロジェクトが評価され、後に千葉市で『幕張ベイタウン・パティオス11番街』も設計しました。こうした実績から、2014年には高松宮殿下記念世界文化賞の建築部門を受賞しています」
幕張ベイタウンもネクサスワールド同様、国内外の建築家が起用され、多様な住宅棟が立ち並ぶ。パティオス11番街は規則的に並ぶ開口部や凸凹としたスカイラインに、スティーヴン・ホールのアイデンティティが感じられる。
【編集後記】
スティーヴン・ホールは新たなプロジェクトに臨む際、必ず水彩画でイメージスケッチを描き、それをベースにコンセプトを固めて設計を進める手法でも知られている。「メディアで彼の作品を紹介したいと連絡すると、建築写真に加えて必ず構想段階で描いたスケッチも送られてきます。

『STEVEN HOLL WRITTEN IN WATER』(LARS MULLER PUBLISHERS)より(撮影/SUUMOジャーナル編集部)
●監修・取材協力
淵上正幸
●関連サイト
STEVEN HOLL ARCHITECTS