4棟(120戸)の団地の理事長経験者である筆者が団地の老朽化と高齢化をぼやく本連載。今回は、理事会運営の話ではなく、高齢化団地の専有部分に潜むリスクの話……題して「独居老人閉じ込め事件簿」。
84歳になる高齢者がDKに閉じ込められた!

父が他界した14年前、3つの不動産のうち2つを弟が相続。登記上、母が暮らしている部屋も弟の持ち物です(イラスト/てぶくろ星人)
今回は私の家族にまつわる事件です。
本題に入る前に、ここで少し住居の情報を整理しておきましょう。
母:エレベータのない団地の5階で一人暮らし
私:エレベータのない団地の1階で一人暮らし
弟一家:団地から徒歩15分の一戸建てに家族4人暮らし
私の実家はもともと、父・母・私・弟の4人家族でした。団地が竣工した1981年に入居したころは4人で住んでいた部屋を、今は母が一人気ままに使っています。

現場となった住居の間取り図。DKと並んだ和室は廊下とはつながっておらず、DKから廊下へのアクセスができなくなると玄関もトイレも使えません(イラスト/てぶくろ星人)
午後5時ごろ、母の部屋で鍵の閉じ込めが発生。「DKから出られない!」
田舎育ちで内気な母に華やかな人間関係は縁のないものでした。コロナ禍もあって、団地内のつながりも希薄になる一方です。
事件が起きたのは、2024年の12月27日。真冬の底冷えに耐えかねて、母はDKと廊下を隔てる扉のハンドルに手をかけました。少し引っ張ると「ぎぃ~~~~」という異音がします。
「カチャッ」とドアラッチが掛かる音がします。ドアラッチは扉が閉じた状態を保持する部品のこと。ドアハンドルを回せば引っ込み、ハンドルから手を離せば出っ張る、あの部分……いわゆる自動鍵の一種です。こんないつもの流れで二度と扉が開かなくなってしまうなんて、誰が想像できたでしょう。
時刻は午後5時。母にとって幸いだったのは手元に携帯電話を持っていたことです。すぐさま向かいの棟に住む私に電話を掛けましたが、あいにく私は電車で1時間かかる場所まで足を延ばしていて留守でした。留守電メッセージを残して、次は弟に電話です。ところがこの日、弟は臨時の夜勤。
午後6時ごろ、娘も参戦。「高齢の母の命が危ない!」
母、弟、弟の妻からの留守電メッセージに気づいた私が団地に戻ったのは午後6時過ぎ。室内に入ると、廊下には曲がりくねった針金ハンガーが散乱していました。「むむむ、何やら戦いが行われた跡らしい……」。
連絡を受けてすぐ、母と弟の妻に、「とりあえず帰るから24時間駆けつけサービス(仮称)に電話しておいて!」と伝えたのですが、ここで初めて、その言葉はブラックホールに飲み込まれてしまったようだ、と理解しました。
24時間駆けつけサービス(仮称)とは、私たちの団地が管理会社と契約している専有部分(部屋)向けサービスのこと。電話一本、ワンストップで専有部分のお困りごとに応じてくれますし、24時間年中無休・初回訪問無料(団地の管理組合・会計から毎月約2万円強を支払っています)で対応してくれるのもありがたい。しかし、こうしたサブスク的な取り組みは高齢者から警戒されているようで、導入後数年たっても「初めて使う」という住人がまだまだたくさんいます。
とりあえず私が24時間駆けつけサービス(仮称)に電話をすると、いつもどおりオペレーターにつながり、対応できる業者を探してくれることになりました。

頼りにしたのは大工のA君、Yさんは断水を解消したMVP(イラスト/てぶくろ星人)
白羽の矢を立てたのは大工のA君とポンプのプロYさん
私の頭に真っ先に浮かんだのは大工のA君でした。A君はかつて私がポンコツ理事長だったころ(現在は任期を終えています)、「俺は大工や。リフォームのことなら任せろ」と言って、お困りごとの発生したお宅によく同行してくれた元理事会メンバーです。コワモテでちょっと緊張しますが、今この状況ですぐにでも家に上がってくれそうなのは大工のA君しかいない。勇気を出してテレホンチャレンジです!
私「もしもし、久しぶり。今どこにおる?」
A君「……家」
私「あんな~、うっとこ(うち)のお母さんがな~(かくかくしかじか)」
A君「行こか?」
私「ありがとう!!!」
A君の家まで元・ポンコツ理事長がお迎えに上がります。するとA君が「道具がない」と言い出しました。どうやら大工道具はすべて彼が所属する工務店のものらしいのです。
そこで私は理事長時代の経験をもとに、大工道具をそろえていそうなお父さんたちの顔を思い浮かべました。
連載第3回で活躍した「ポンプのプロ」Yさん!
Yさんは実家のお隣さんでしたが、私が理事長になるまでお話したことがありませんでした。しかし、今はお互い元・理事長同士。「きっと力を(道具も)貸してくださる!」と信じてドアチャイムを鳴らします。
♪ピンポーン!♪
Yさんの妻「は~い」
私「夜分にスミマセン! 母がダイニングに閉じ込められました。大工のA君に来てもらったけど、道具がなくて困っています。マイナスドライバーはありませんか?」
Yさん「大きいのと小さいのとあるで、どっちや?」
A君「……どっちも」
午後8時ごろ、ドアラッチが戻った!
実家に戻って弟の妻に尋ねると、24時間駆けつけサービス(仮称)が来るのは「夜の10時~11時」とのこと。「そんなに遅いのか……」という落胆の色が全員の顔に広がりました。
夜の10時では閉じ込められてから5時間以上たってしまうことになります。高齢の母に万が一のことがあっても困る。できれば、それより早く助け出せないか、まずはA君の意見を聞きました。そこへYさんも加わって、アドバイスしてくれます。
しかし、実際に作業を始めてみると、なにしろ道具が十分でありませんし、A君やYさんが予想していたよりドアラッチは手ごわく、元に戻る気配がまったくありません。
A君「おかしいなぁ……普通やったらこれで外れるとこやのに。
弟の妻「いっそのこと、バールで壊してください!」
物件所有者の妻から大胆な提案がなされましたが、マイナスドライバーもない家にバールがあるはずもありません。またプロのA君は自分が壊した後、他の誰かが修理・交換・補修などの作業をすることまで先回りして予想し、「壊しすぎてもいけない」と肝に銘じているようでした。
A君が格闘している間、母は扉のすぐ向こうに。ドアガラスに張り付くようにして成り行きを見守っている老いた母の不安そうな影が見えています。
30分くらいたったころでしょうか。意を決したA君はYさんから借りた大小2本のドライバーをノミのように使ってドア枠を彫り始めました。
A君「あかん。ハンマーも必要や」
Yさん「あるで。持ってこよか」
A君「俺が合図したら引っ張って」
私「分かった」
仕上げは私も加勢して斜め上方向にドア枠を押し上げます。
ガチャン!
ドア枠と扉をつないでいたドアラッチの金具一式が下に落ちる音がしました。それまでの膠着(こうちゃく)状態がうそのように軽くふわっと扉が開き、母が転がるように出てきます。
事件の解決はあっけなく、少しの気まずさが漂っています。
母の無事を見てとると、A君は削られたドア枠を私に示しながら小さな声でこうつぶやきました。
A君「ドアラッチの部品は交換せなあかん。ドア枠はパテで埋めてもいいし、木材で補修することもできる」
私「わかった。24時間駆けつけサービス(仮称)の人らが来たら、相談してみる」
任務を終えたA君は、もう玄関に向かっています。
後処理を託された私が、あわてて「今度改めてお礼するな」と伝えると、「お礼? そんなんいらん」と言い残して、帰っていきました。かっこよすぎです。

A君は親の代からの住人で、Yさんはお隣さん。ところが人見知りの母はどちらとも話したことがなく、すぐにはお礼の言葉が出ませんでした(イラスト/てぶくろ星人)
家族がそろってポンコツだったらどうするか?
A君、Yさん夫妻、弟の妻を次々と送り出し、嵐のような一日が終わろうとしています。現場に残ったのは居住者である母と、長女の私。ぐったりしている私を横目に、母は彫り出された金具の回りをテキパキと掃除しています。その姿はどこかうれしげ。閉じ込めに遭ったショックよりも、久しぶりに自宅に人が集ったにぎわいや必死になって助けてもらった喜びのほうが上回っているのでしょうか? 私よりずっとしっかりして、ずばっと鋭い指摘をしました。
母「もう24時間駆けつけサービス(仮称)はキャンセルしたら?」
私「え? じゃあドアの補修はどうするん?」
母「そんなん来年でええやん」
言われるまま私が24時間駆けつけサービス(仮称)に電話をかけると、オペレーターから「もう出発してそちらに向かっているので到着を待ってください」と言われました。
「夜10時着と聞いていたのに?……なんでやろ?」
狐につままれたような気持ちで到着を待っていると、果たして8時半ごろ、24時間駆けつけサービス(仮称)が到着しました。
私「お騒がせして申し訳ありません。実は母はもう出てこられました。夜10時到着と伺っていたので、キャンセルの電話をしたところなのですが」
サービスの人「あれ? こちらは20時~21時着とお伝えしましたよ……」
「にじゅうじからにじゅういちじ」と「じゅうじからじゅういちじ」。
音で聞いただけだと間違えても仕方ないようなあるあるなミス。
どうやら弟の妻が「夜8時~9時」を「夜10~11時」と勘違いした模様です。
サービスの人「われわれの到着を待ってくだされば、ドア枠やドアラッチを壊さずに済んだかもしれないけれど……命が助かったのなら何よりです」。
24時間駆けつけサービス(仮称)による無料サービスはここまで。
ドアラッチの部品交換やドア枠の補修は別途、業者に“有料で”お願いすることになるとのこと。こちらとしてはせっかく来てくれたサービスの人に頼みたかったけれど、「お客さんが自分で発注したほうが安く済みますよ」と言われてしまいました。
ここからは後日談ですが、結局、団地の古さゆえ、ドアラッチ部品に替えがなく、ドア枠ごと交換するしかない、という結論に。
確かに、現場を確認した24時間駆けつけサービス(仮称)のスタッフからも「もしかしたら少し前から音がするなどしていたのではないですか? ドア全体がひずんでいるのが原因ならドアラッチだけ交換しても同じことの繰り返しになるかもしれません」との指摘がありました。
ドア周辺から異音がするようになったら、無理やり開閉するのではなく、早めにプロに見せるのもトラブル回避のコツでしょう。

周囲からも諭されて、当日にできなかったお礼を後日持参。「母から」として銘柄ビールを、「私から」も「よろしく」のお菓子を用意しました。(イラスト/てぶくろ星人)
地縁=地域コミュニティがセーフティネットになる
今回、私の心に強く残ったのは「血縁」ではなく「地縁」のありがたさでした。周囲に押し付けられて渋々引き受けた理事長職だったけれど、A君やYさんに協力してもらえたのは私が理事長だったから。理事長として、団地の、誰が、どんな得意分野を持っているのか、それを知ることができたからです。「理事長やって良かったな」……そう思える今の私だからこそ、言えることがあります。
団地の一人暮らしは決して孤独ではありません。