2023年11月、大阪府茨木市にホールや図書館、子育て支援、市民活動センター、プラネタリウムなど、多くの機能をもつ文化・子育て複合施設がオープンしました。施設名称は「おにクル」。
足掛け7年、社会実験も取り入れて実現した“豊かな”公共空間
館内に足を踏み入れるとまず目が向くのが、子どもたちであふれかえる屋内こども広場「まちなかの森もっくる」。伐採木でつくられたジャングルジムや滑り台、クライミングウォールなどの遊具が、起伏のあるフカフカの床の上に設置された森の中の遊び場のような空間です。子どもたちが自ら考え遊び方を発明していく場が、おにクルが掲げるキーコンセプト、「育てる広場」を象徴しているように感じられます。

1日3クール入れ替え制で、事前予約で利用できる、もっくる。1歳から小学生まで、一人300円、保護者100円の料金設定で1歳未満は無料(写真/筆者)

起伏のある床にカーペットが敷かれ、オリジナルの遊具がいくつも用意されている(写真提供/おにクル)
「“育てる広場”という言葉には、みんなで育てていく、常に成長過程にある場所として定義することで、なにか失敗しても次は改善していけばいいという、挑戦を後押しする想いが込められています」
そう話すのは茨木市市民文化部副理事で、共創推進課長の向田明弘(むこた・あきひろ)さん。2016年からおにクルの建設・運営に至るまでの事業全体を統括する役割を担ってきました。当初から市民と議論を重ね、より良い施設にするべく長い時間をかけて検討していくことをミッションとしていたといいます。

建物前の“大屋根広場”でダンスの練習に励む子どもたち。日常に根付いた施設として親しまれている様子が感じられる(写真/筆者)
「おにクルがここまで市民のみなさんに使ってもらえるようになったのは、市長の言葉が大きく影響しています。当初からゼロベースで検討を行う長期計画とすることを決められ、まちづくりの一環で駅前のにぎわいをつくろうという動きとも連携していきました。市民のみなさんの想いをワークショップを通じて集約し、新しい施設の全体像が概ね固まってきたころ、市長に説明を行った場で言われた言葉が転換点となりました」
福岡洋一(ふくおか・よういち)市長からの問いかけは、「どんな機能を集約したいのかはわかったけど、それで本当に皆が豊かになるのか?」というものでした。
「その一言で職員はフリーズしてしまって、一旦会議はお開きになりました。“育てる広場”というコンセプトが出てきたのは、その後のことでしたね」

オープンスペースでくつろぐ人々。中高生から高齢者まで、さまざまな年代の利用者が思い思いに過ごしていた(写真/筆者)

吹き抜けの空間が心地よい図書館、ぶっくぱーく。閲覧スペースでは勉強に取り組む学生や、調べものをする社会人の姿が(写真/筆者)
市民ホールと会議室に加え、市民からは子どもたちの遊び場がほしいという要望があがっていました。それであれば単に遊べる場所だけではなく、市の子育て支援課も併設させようというのが市の考えでした。図書館や創作活動のためのスタジオなど、新しい施設に集約する機能面については方針が固まっていたといいます。
「市長の言葉がなければそれぞれの機能ごとに閉ざされた施設になっていただろうと思います。それでは目的をもって訪れる人にしか使ってもらえないですよね。広場というコンセプトによって、図書館を訪れた人が遊び場に立ち寄ったり、イベントを目的に来た人がコンサートの告知を目にしたりといった想定外の出会いにつながる建物になりました」

1,201名を収容できる大ホール、ゴウダホールのホワイエ(写真提供/おにクル)

来館300万人突破の記念パネル(写真提供/おにクル)
オープンから約1年半で来館者数300万人を達成し、イベント利用などによる1階の稼働率は100%と、まさに市民に使い倒されているおにクル。ギャラリーを用いた展示や屋内外を使用した音楽イベント、マルシェ、フロアをまたいだスタンプラリーなど多種多様な使われ方をしています。
「コンセプトが決まり、プロポーザルによって伊東豊雄(いとう・とよお)さんに設計をお願いすることが決まり、皆の想いをかたちにしていただきました。伊東事務所にもワークショップをしていただき、具体的な使い方やどんな場所があるとよいかなど、市民の方々を巻き込んで検討を重ねていきました」
館内を巡ると、必要な時だけ仕切れるようになっているホールや、複数階にまたがる図書の陳列棚と読書スペース、特定の用途をもたないオープンスペースと、機能ごとに分断せず相互に干渉し合うつくりが徹底されていることに気づきます。

世界的建築家によって、何も目的がなくても訪れたくなる気持ちの良い空間が生まれている(写真/筆者)

子どもの本コーナーに設けられた家具(写真/筆者)

広い空間が見渡せるぶっくぱーくのつくりは、遠くの本棚の様子がうかがえて読書欲が刺激される(写真/筆者)

各フロアをつなぐ“縦の道”。開放感のある大きな穴を通じて、上下階の活動につながりが生まれることを意図している(写真/筆者)
ただ、市民にとって理想的な建物が完成するだけでは、豊かな場所として使っていくために、足りないことがあると考えていたそう。
「建物ができてから使い始めるのでは遅いという考えから、実際にどんなことができるのか、社会実験としてトライする暫定広場をつくりました。建物を使う人を育てていくうえで、欠かせないプロセスだったと思います」
ワークショップではさまざまな要望があがります。なかにはその要望を達成するためにクリアしなければならない障壁があるものや、要望に応じて場を用意したけれど結局使われない、というような事態も起こり得ます。そのような状況を避けるために、「実際にやってみる」場所を市が用意し、ワークショップで要望をあげた人に実験してもらう機会を提供したのです。
「いろんな要望が集まったからといって、実際に使われるとは限りません。より良い場所にしていくために自ら考えて動ける人たちに使ってもらうことで、それを見た人たちが自分もやってみよう、と後に続いていく循環が生まれます。暫定広場でイベントを開催していただいた方々の多くは、おにクルがオープンしてからも継続的に使っていただいています」

暫定広場での社会実験の様子(写真提供/おにクル)

暫定広場で行われた盆踊り×音楽DJのイベント(写真提供/おにクル)
子育ての困りごとをワンストップで受ける仕組みで、子育てしやすいまちへ
特に行政の子育て支援課が図書館やホールといった文化施設と併設されている状況は、全国的にも新しい取り組みだといいます。
そのうえ、単に同一建物内にあるというだけでなく、壁のないオープンな空間のなかに共存している様子は、市民みんなで地域の子どもたちを見守っていこうという意志を示しているかのようです。
一般的には子育ての時期や相談内容によって窓口が異なる育児の相談を、おにクルでは産前・産後のケアから保育支援まで、ワンストップで行える「こども支援センター」が設けられています。
「もともと合同庁舎にあった3つのグループがおにクルに移転しました。子育てサービスを行う育成グループ、乳幼児健康診査や予防接種に加え母子手帳の交付などの手続きに対応するこども保健グループ、子育てに関する全般的な相談や児童虐待相談の対応などを行うこども相談グループの3つになります」
お話を伺ったのは、こども育成部子育て支援課参事兼育成グループ長(取材当時)の竹内健(たけうち・けん)さんと、育成グループの中村知恵(なかむら・ちえ)さん。おにクルにこども支援センターができたことで、利用者にとっては格段に利便性があがったという声もいただいているそうです。

こども支援センター窓口の様子。3グループが並列し、窓口と一体となったフラットなつくり(写真/筆者)
「以前からグループ間の連携は行っていたのですが、フロアが異なっており、市民の皆さんには別の窓口にご案内したりとご面倒をおかけしていました。いまはワンストップで対応できているので、そうしたご不便はかなり軽減されたと思います」(竹内さん)
困りごとを家庭内で抱え込まず、まずは来てもらえる関係性をつくることが、必要なサポートを必要な人に提供するための第一歩だといいます。こども支援センターには保健師、栄養士、保育士などさまざまな専門性をもった職員が常駐しており、あらゆる困りごとに対応できるように体制を整えています。また「子育て情報コーディネーター」というさまざまなサービスのなかから相談者に必要なサービスをコーディネートしてくれるポジションも置いているのだそう。
また育児の困りごとを1箇所で相談できるだけでなく、窓口に立ち寄ったついでに図書館で絵本を借りたり、親子で参加できるイベントに参加したりといった機会に恵まれている点が、おにクルならではの特徴です。
「子育て支援課のフロアには乳幼児健診スペースもあり、お子さんを健診に連れてきてくれた方には、もっくるの無料チケットをお渡ししています。また親子向けのフリースペース、“わっくる”では、さまざまなイベントを行い、楽しく交流しながら日ごろの育児についてお話を聞かせてもらったりしています。そうした会話のなかから、離乳食についての相談や産休・育休明けの方へのサポート、市内で子どもを遊ばせることができる公園のご案内などにつながっていくことも多くあります」(竹内さん)

健診スペースと、その手前の“わっくる”(写真/筆者)
「わっくるのイベントは、保育士や保健師、栄養士といった専門資格をもった職員が関わるようにしています。
「そのほか、ファミリー・サポート・センターという活動も行っています。地域の方々でお互いに子育てについて助け合うための制度です。援助会員を募り、子どもの送迎など援助を求めている方とのマッチングを行っています」(竹内さん)
館内ではベビーカーに乗せられた乳幼児や、もっくるで活発に遊ぶ子どもたち、自習に励む中高生と、さまざまな年代の子どもたちの姿が見受けられました。時間があればまずはおにクルへ来てみる、それからどう過ごすか決める、そのような場所として使われているのではないでしょうか。
生まれ育った家の文化資本が子どもの学力や進路選択に影響を与え、教育格差の固定につながっているとする「文化的再生産論」という理論がありますが、市民全体で資産を共有する公共施設はそうした格差を是正するために用意されているものです。ここおにクルでは、その理念が有効に機能しているように感じられました。
市長が求めた「豊かな場所」という意識の裏には、世代や立場を超えてさまざまなバックボーンをもった人たちが使ってくれる場所を提供したいという思いがあったのではないでしょうか。
市民から集めた税金を投じて施設を整備するからには、より良く使ってもらうための工夫を惜しまなかった自治体と、それに応えた市民との関係は、これからの公共事業において学ぶべきところが多々あるように思います。

館内には各所にベビーカー置き場が用意されている(写真/筆者)

2階テラスにある“おはなしのいえ”は、大型絵本や紙芝居が揃う、子どもたちと絵本の出会いの場(写真/筆者)

子ども向けの絵本が並ぶ、えほんひろば(写真/筆者)
おにクルの柔軟な運営を可能にしているのが、各機能ごとの担当組織間の連携をスムーズに行う体制づくりです。
館全体の管理を行っているのがおにクルの指定管理者である共同事業体「おにクルみらい」の代表企業、サントリーパブリシティサービス株式会社(以下、SPS)です。全国各地で施設運営を行ってきた同社が、その知見を活かして各施設・機能間の連携を図る役割を担っています。
お話を伺ったのはSPSのおにクル広報担当、塩部公介(しおべ・こうすけ)さんと運営管理マネージャー(取材当時)の山下祐樹(やました・ゆうき)さん。
「月に2回、各施設・機能の代表者が集まり情報共有や意見交換をする場を設けています。また広報や危機管理といった役割別に委員会を組織し、全館の意見を集約しながら活動を進めています。いろいろな施設が入っているからこそ、それぞれで動くだけでなくまとまった活動をどう進めていくのかが重要になります」(塩部さん)

館内全体をご案内していただいた塩部さん。赤いSPSのユニフォームが、館内ではよく目立つ(写真/筆者)
SPSではそうした組織間をつなぐ取り組みのほか、ホールでの催事や館内各所に位置するオープンスペースの管理も行っています。オープンスペースを利用したイベントの実施などを希望する利用者との調整を行う役割です。
「オープンスペースは一般の方も通られる空間ですので、利用者の希望を実現するだけでなく、他の方々と場をシェアしながらどちらも気持ちよく過ごせる空間づくりをするための打ち合わせなどを行っています。利用者がどんなことを実現したいのか、といったことをヒアリングしながら、一緒に使い方を考えていくサポートをしています」(山下さん)
まだまだ始まったばかりの施設でもあり、利用者が希望する内容によっては新たな対応を考えなければならないことも多いそう。施設管理面ではSPSが、活動のフォローを行うのは茨木市の市民活動センターの指定管理者(NPO法人いばらき市民活動推進ネット)が行うという、役割分担に加え、内容に応じて共創推進課も入って対応に当たっているといいます。
「音楽の演奏や展示のほか、マルシェのように金銭のやり取りが発生するようなものもあります。過剰に営利を追求するようなものは難しいですが、なるべくできないことがないようにしよう、というのが基本的な考えです。マルシェなどは店舗をもっている方というよりも、普段は趣味で創作を行っている方の成果発表の場としての意味合いが強いですね」(山下さん)
「ゆくゆくはおにクル館内だけでなく、まちとの連携を深めていきたい、というのが茨木市さんの意向で、例えば、最初はオープンスペースの一角で活動を始めた方が、活動を広げて地域全体を盛り上げていってほしいですね」(山下さん)
茨木市の成人式をおにクルで開催したり、地域のお祭りの会場として使用したりといった活用も進めているそうです。
多くの人が参加するイベントがおにクルで開催されると、それまで接点のなかった人がおにクルのことを知り足を運ぶきっかけになります。このような場所が自分の住むまちにあるのかと知ってもらうことで、日常的に訪れるようになったり、後々自分の活動のための場所を探す時に思い出してもらうといったかたちで使われる機会につながっていくことでしょう。

テラスから望む茨木市の街並み。駅前に続く大通りと直結する、都市計画上も重要な場所に位置している(写真/筆者)
わたしたちの暮らしをより良いものにしていくうえで、公共施設のあり方は重要な要素のひとつです。
よい公共施設をつくり、使うヒントが詰まったおにクルを、ぜひ訪れてみてください。
●取材協力
茨木市 市民文化部 共創推進課
茨木市 こども育成部 子育て支援課
サントリーパブリシティサービス株式会社
茨木市文化・子育て複合施設 おにクル