TBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』は月~金の11:00~13:00生放送。

毎週金曜日は、音楽ジャーナリスト高橋芳朗さんによる洋楽コラム。

1/18は…

星野源『Nothing』と一緒に聴きたいメロウなソウルミュージック特集」

【高橋芳朗】
本日はこんなテーマでお送りします! 「星野源さん『Nothing』と一緒に聴きたいメロウなソウルミュージック特集」。昨年12月19日にリリースされた星野源さんのニューアルバム『POP VIRUS』。発売から現在まで、オリコン週間アルバムランキングで4週連続1位を記録しています。これ、男性ソロアーティストとしては8年8ヶ月ぶりの快挙なんですって。

【ジェーン・スー】
ほう!

【高橋芳朗】
星野さんはこれまで「ソウルミュージックやR&Bといったブラックミュージックを日本人の生理で表現する」ことに取り組んできたんですけど、今回のこの『POP VIRUS』でも音楽面でのひとつのテーマとして「ソウルミュージックの部分をしっかりアルバム一枚に満たしていく」ことを挙げているんです。本日は『POP VIRUS』に収録されている「Nothing」という曲を通して、その一端を紹介できたらと思っています。

今日これからする話は、ざっくり言うとTR-808を使ったメロウなソウルミュージックの系譜について。TR-808とはなにかというと、ローランドが1980年に発売したリズムマシーン/ドラムマシーンですね。通称「ヤオヤ」。ポップミュージック、特にダンスミュージックに絶大な影響を及ぼした名機として知られています。今日は実機は用意できなかったんですけど、TR-808のプリセット音源を用意しました。

このTR-808は非常に独特な音色をもったリズムマシーンで、皆さんがなじみがあるものとしてはこのハンドクラップ。

それからカウベルになりますかね。堀井さん、このカウベル聴き覚えないですか?(と、カウベルを連打)

【堀井美香】
ええーっ?

【ジェーン・スー】
(カウベルに合わせて)「I have a pen, I have an apple♪」

【高橋芳朗】
そう、ピコ太郎の「PPAP」です。あのビートはTR-808の音源なんですよ。

【堀井美香】
へー!

【高橋芳朗】
星野さんの「Nothing」のビートは基本的にこのTR-808のサウンドで構成されています。これから実際に曲を聴いてもらいますが、比較的聴き取りやすいのはリムショット、ロータム。ハイタム、そしてクローズハット。あとこれはちょっと定かではないんですが、メインの軸になるビートはクラップとスネアを足して加工したような音色になっています。

この「Nothing」、いまの人肌恋しい季節にめちゃくちゃ染みる本当に素晴らしい曲なんですよ。なので「TR-808とかよくわかんないよ!」という方は普通に曲を聴いてうっとりしていただけたらと思います。

M1 Nothing / 星野源

【ジェーン・スー】
なるほど、これは楽しいね!(ひたすらTR-808の音源を連打)

【高橋芳朗】
星野さんはこの「Nothing」について「70年代末から80年代初頭のスイートなソウルミュージック」にインスパイアされていると。そして「TR-808の音に乗せて個人的な感覚を歌いたいと思った」とコメントしているんですけど、熱心なソウルミュージックのリスナーであれば「TR-808」と「80年代初頭のスイートなソウルミュージック」というキーワードでピンとくるんじゃないかと思います。ソウルミュージックには、TR-808のサウンドに乗せて甘いメロウなラブソングを歌うスタイルがあって。

【ジェーン・スー】
うん、あったあった!

【高橋芳朗】
そう。それは現在まで脈々と受け継がれているんですね。で、そのスタイルを確立したのが伝説的ソウルシンガー、マーヴィン・ゲイの1982年の大ヒット曲「Sexual Healing」。

【ジェーン・スー】
「Sexual Healing」というと……これ?(と、カウベルを鳴らす)

【高橋芳朗】
いや、「Sexual Healing」で特徴的なのはハンドクラップだね。ポップスでいち早くTR-808を取り入れたのはYELLOW MAGIC ORCHESTRAが1981年にリリースした「千のナイフ」とされているんだけど、TR-808の魅力と存在を爆発的に広めたということではマーヴィン・ゲイの「Sexual Healing」がエポックな曲と言っていいと思います。「Sexual Healing」のわかりやすいTR-808音源としては、さっきも言ったクラップ。あとはスネアやハットも使ってるけど、まあクラップでしょうね。

M2 Sexual Healing / Marvin Gaye

【高橋芳朗】
マーヴィン・ゲイの「Sexual Healing」の大ヒットを受けてソウルミュージックではTR-808を導入した曲がたくさんつくられるようになるんですけど、こうしたメロウなサウンドを打ち出したアーティストとしては、のちにジャネット・ジャクソンのプロデュースをすることになるジミー・ジャム&テリー・ルイスが手掛けた……。

【ジェーン・スー】
おおっ、ミネアポリス!

【高橋芳朗】
うん。ジミー・ジャム&テリー・ルイスが手掛けたS.O.S.バンドがその代表格ですね。そんなわけで3曲目に紹介するのはS.O.S.バンドの「Tell Me If You Still Care」。これは1983年の作品、たくさんのアーティストにカバーされている名曲です。

この曲で使われているTR-808のサウンドとしては、なんといってもクラップ。それから星野さんの「Nothing」でも紹介したいムショット。これを使ったイントロ部分に注目して聴いてみてください。

M3 Tell Me If You Still Care / The S.O.S. Band

【ジェーン・スー】
名曲、最高!

【高橋芳朗】
TR-808の音源、堀井さんも叩いてみますか?

【堀井美香】
じゃあ……(と、恐る恐るTR-808の音源を鳴らす)

【ジェーン・スー】
……なんか不整脈みたい。

【高橋芳朗】
フフフフフ、ありがとうございます。こういうTR-808を駆使したメロウなソウルミュージック/R&Bは80年代初頭に確立されて以降の世代に受け継がれてくことになるんですけど、実は去年、2018年にもこのTR-808を使った素晴らしいR&Bヒットが生まれています。イギリス人女性シンガー、エラ・メイの「Boo'd Up」。この曲は来月開催される第61回グラミー賞の最優秀楽曲賞にノミネートされています。

【ジェーン・スー】
すごいね!

【高橋芳朗】
この曲のTR-808サウンドとしては、ちょっと加工してあるのかもしれないけどまずはクラップ。あとはカウベルとハットでしょうか。

M4 Boo'd Up / Ella Mai

【ジェーン・スー】
エラ・メイ、好きだよ!

【高橋芳朗】
最高だよね! というわけで本日は星野源さんが「Nothing」で見事にJ-POPに落とし込んでみせたTR-808を使ったソウルミュージックのサウンドの系譜を紹介してきました。

オリコンで4週連続1位、CDも50万枚以上出荷されているアルバムに、こういうサウンドが打ち出されていることにはいちソウルミュージックファンとしては非常にわくわくするというか。

まさにこれがポップウィルスとして拡散、浸透していけばより楽しいことになるんじゃないかなと思います。

そして、こういうソウルミュージックやブラックミュージックに強い影響を受けている星野さんの音楽的側面、もうちょっと知られてもいいんじゃないかなって気もします。「SUN」も「恋」も「Family Song」も「ドラえもん」も、みんなベースにはブラックミュージックがあると思いますので。

◆1月18日放送分より 番組名:「ジェーン・スー 生活は踊る」
◆http://radiko.jp/share/?sid=TBS&t=20190118123114

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