TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
6月1日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、ユニークな本を企画して作っている編集者・ライター作家の岡部敬史(おかべ・たかし)さんをお迎えしました。
本屋の中をぶらぶら歩いていると、ときどき「おやっ?」と思う本に出くわすことがあります。岡部さんが作っているのはまさにそんな本です。天日干しされたタコの写真を大きく載せた表紙に「私が『引っ張りだこ』です。」という帯。ゾウの鼻に大人が巻き付いている写真を載せた表紙と「今度は『長いもの』に巻かれてきました!」という帯。なんだ、ことわざや慣用句をパロディにした写真集か…と思ったら、なんとこれが“実物”だったんです。「試金石」「几帳面」「羽目を外す」「ぶっきらぼう」。これもみんな“実物”があるって知ってました?!
原点は「別冊宝島」岡部さんは1972年、京都府生まれ。1995年に早稲田大学を卒業して宝島社に入社し、『別冊宝島』の編集担当になりました。別冊宝島は1975年に創刊され現在もシリーズが続いているムック本。哲学・宗教・自然科学・現代思想といったものからスポーツ・プロレス・アニメ・マンガ・風俗・鉄道・競馬など、担当編集者が思い思いにやりたいことを形にしていました。「このミステリーがすごい」も元々は別冊宝島が始まりなんです。別冊宝島が大きくブレイクした90年代に担当となった岡部さんは、パチンコ、麻雀、歴史、街ガイドなど、幅広いジャンルを手がけ、数々のヒット作を生み出しました。
「ひとり一冊担当。ひとりでテーマを決めて、著者を探して、ひとりでずっと作業する。若手にドーンと任せる感じ。あの編集部にいたことは大きいですね」(岡部さん)
「別冊宝島みたいな本を作っていると、本に関する考え方ってユニークになってきますか?」(久米さん)
「そうですね。ぼくが信条にしているのは、企画書がどう変わるのかというのが本の面白さと思うんですよ。例えば企画書を上司に見せて、その通りにできちゃったら失敗なんですよ。その過程でいろんな人に会って、最初はこうだと思っていたものがこう見えるんだねというふうに、作る過程で変わっていかないと本って成功しないっていうか」(岡部さん)
「岡部さんは、企画書なんて書かないほうがいいって」(久米さん)
「そうです、そうです。それに縛られちゃったりとか、せっかくこっちのほうが面白いというのが見えたのに上司がこれで決裁したんだからやっぱりこの通りに…とか。現場に行ってというのが面白いと思いますね」(岡部さん)
岡部さんは2000年に宝島社を退職し、「“売れる本”ではなく、“今までになかった本”“本当に面白い本”を作りたい」ということで、独特な視点で企画した本を次々に作っています。その代表が『目でみることば』シリーズです。
「試金石」ってどんな石?きっかけはサッカーワールドカップ予選のテレビ中継でした。
「アナウンサーが『この試合はワールドカップへの試金石です』って言ったんです。よく言いますよね、試金石って。でも、どんな石なんだろうってふと思ったんです。それで広辞苑を調べたら、ちゃんと試金石について書いてあるんです。金(きん)をこすりつけて14金とか18金というのを鑑定するための石なんですよ。それで、これ買えるのかなあと思ってネットで調べたら、普通に買えるんですよ、7,000円ぐらいで(笑)。これがぼくが想像していたイメージと全然違って、真っ黒の石なんですよ。それで、いつも何気なく使っている言葉でも実際の姿は全然知らないものだなあと思ったのが始まりです」(岡部さん)。
辞書には言葉についての説明は書いてありますが、それが実際にどんな姿かたちなのかは分かりません。たまにイラストが載っているぐらいです。それなら全部、実物の写真を集めたら面白いんじゃないか―。岡部さんが友だちのカメラマン・山出高士さんに声をかけると「やろう、やろう」と盛り上がり、企画書も書かずにとにかく作っちゃおう! と始めたそうです。
「『羽目を外す』とか『折り紙付き』とか、コツコツ集めていって本になるまで5年かかりました。『灯台下(もと)暗し』を撮ったときに、これはいける! と思いましたね(笑)」(岡部さん)
岡部さんの『目でみることば』『目でみることば 2』『目でみることば 有頂天』に載っているのは、普段あまりにも何気なく使っていてその語源なんて考えたことがないような言葉たち。でも、その語源となった“実物”がちゃんとあるんです。その写真からは、“実物”ならではの説得力を感じます。それはときに辞書の説明を上回ります。
【おけらになる】どうしてオケラという虫が「無一文」のことなの? そんなふうに子供に聞かれたら答えられますか? それはこの写真のようにオケラを指でつまんだときの姿が「お手上げ」のように見えるからなんですって。ちなみにオケラの撮影は苦労したそうです。というのは、オケラが簡単に見つかりそうで意外と見つからないから。言葉の語源が分かってもその実物が撮影できなければ本になりません。岡部さんが困っていると、カメラマンの山出さんのお兄さん(三重県で畑をやっているそうです)が「オケラ見つけたけど、いる?」と送ってくれたそうです。
【虻蜂取らず】「二兎追うものは一兎も得ず」と同じように人間がアブとハチを追いかける様子を表しているのかと思ったら、これはクモのことなんですって。この写真は岡部さんがアブとハチを捕まえてクモの巣につけて撮影したのではなく、本当にこの状況になるまでクモの巣のそばでひたすら待ち続けたそうです。
人を教え導くことを「指導する」とか「指南する」と言います。指導のほうは分かりますが、指南はどうして「南」なんでしょう? 考えたことがありませんでしたが、実はこれ、古代中国で使われたと伝えられる「指南車(しなんしゃ)」が語源だそうです。どんなに動かしても常に南を指し示す人形を載せた車が指南車。ある皇帝が大霧の中での戦いのときにこれを使って迷わずに敵を倒したという伝説があるそうです。指南という言葉が武芸や芸事について使われる理由はここにあるんですね。指南車は方位磁石で南の方角を感知しているのではなく、歯車を何枚も使ったカラクリ人形。岡部さんは指南車を復元している大野勇太郎さんという方を探して、撮影に協力してもらったそうです。
【しっぺ返し】「しっぺ」とは禅寺の修行で使われる「竹篦(しっぺい=竹のへら)」という道具のこと。岡部さんが『目でみることば 2』の中でいちばん撮影に苦労したのがこの「しっぺ」。記憶にないくらいあちこちのお寺に聞いても見つからなかったそうで、「それならありますよ」と言われたときの感動は忘れられないそうです。
ほかにも「いたちごっこ」(イタチを追いかけるんじゃありません)、「へそくり」(おへそとは関係ないんです)、「ぐれる」(ハマグリが語源。どうして?)、「胡麻をする」(ゴマをする手つきが揉み手に似ているから…ではない)、「ひょんなこと」(音を表している言葉)などなど、岡部さんの本は読み出したら止まりません。
本が売れなくなってきたと言われるようになってずいぶん経ちます。インターネットのほうが断然面白いという人も多いでしょう。それでも本にはまだまだ魅力があると岡部さんは言います。
「いまはひとつ売れた本が出ると、みんなその類書、似たような本を作ろうとします。でも本ってもっと自由に作っていいと思うんですよね。データ重視、売れ筋重視ばかりじゃなくて、すでにあるものをたくさん作るんじゃなくて、まだ世の中にないものを作る。それが本じゃないかなと思います。本って面白いなあ、本屋さんって面白いなあと思ってもらえるような本を作っていきたいと思ってます」(岡部さん)
はじめにご紹介した「引っ張りだこ」「長いものには巻かれろ」の写真は一見、冗談のようですが、あれが本当に“実物”です。「ホントなの?!」と思った方は、ぜひ岡部さんの本を読んでみて下さい。関東と関西の違いが写真で一目瞭然の『くらべる東西』など「くらべる」シリーズも面白いですよ。
「この本はネットで買えますが、できれば町の本屋さんで注文して買ってほしいです。Kidle(キンドル。
ということで、ぜひ書店へ!
岡部敬史さんのご感想久米さんがぼくの本を読んでくださって、それがパラパラと目を通すレベルじゃないですよね。精読されていて、全部の本に付箋が貼ってあって。そこがとても嬉しかったですね。
語源の話っていつでも共通の話題になって、1冊見ながらみんなで盛り上がれるじゃないですか。ぼくが目指していることですけど、本から話題が広がるとか、本の力というか魅力が伝わったんじゃないかなと思って、そこも嬉しかったです。ありがとうございました。
◆6月1日放送分より 番組名:「久米宏 ラジオなんですけど」
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