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5月28日(日)放送後記
1981年、香川県生まれ。高校卒業後に俳優を目指して上京し、2001年に『仮面ライダーアギト』の氷川誠 / 仮面ライダーG3役でデビュー。
出水:子どものころはどんなお子さんだったんですか?
要:自然児ですね(^^)何もないんですよ、香川県は。山と海と田んぼで遊んでいた・・・そういう意味では恵まれてましたよね、四国は海に囲まれて、山もありますし。基本的に自然の中でずっと遊んでましたね。
JK:高校までいたんですよね。その時は陸上部?
要:はい。400mハードルという一番キツいといわれる種目をやってました。
JK:でも足が長いから簡単でしょ(笑) オリンピック目指してたんでしょ?
要:高校生の時は、どうせやるならオリンピック、と思って。でも突然辞めちゃいまして・・・なんでしょうね? きっかけをいつも聞かれるんですけど、東京に出たいっていうのが一番大きかったですね。
JK:東京のハードルは大きいわね(^^)
要:俳優はいっぱいやりたい中のひとつだったんですけど、生活しなきゃいけないと思ってアルバイトしてると、ミュージシャンの卵とか俳優の卵とかいっぱいいるじゃないですか。そういう人たちと出会って友達になる中で、「俳優ってわりと近いところにあるのかもしれない」と思って。自分の身体を資本にした仕事をしたいなと。
JK:身長も高いし、ただもんじゃないものね!
要:当時はただもんでしたけど(^^;)バスケとかも誘われましたけど、チーム競技があんまり得意じゃない。
JK:だから今、俳優が得意なのね。でもサービス精神旺盛ですよね?
要:そうですか? 今は仮面をかぶっています(笑)
出水:仮面と言えば! 2001年に「仮面ライダー アギト」でデビューするんですよね。
要:遊園地とか行ったときはすごかったですね~!仮面ライダーって1年間やるんですよ。ド新人で、東映撮影所という厳しい環境の中に1年間放り込まれて、「俳優とは」というところからスタッフの方々に教えていただいて。すべてのスタートなので、僕にとってはかけがえのない経験です。
JK:きっかけは何だったんですか?
要:オーディションです。上京して1年半ぐらいだったので、「オーディションというものに慣れなさい」と事務所に言われて、2つ目のオーディションだったんですけど、4次審査ぐらいまであって、4000人ぐらいいた。それがどんどん減って、最後は5人ぐらいになっていって・・・「ふだんどういうTVを見ますか」とか「どういう雑誌を読みますか」とかたわいもない話を焼き肉屋でして。焼肉食べさせてもらってよかったな、なんて思ってたら「受かりましたよ」って。
JK:普段の気楽な姿を見たかったんじゃないですかね。オーディションの時ってみんな気取ってるから。
要:最初は僕も緊張して・・・でも子どもの時ってちょうど仮面ライダーが空いてたんですよね。だから「仮面ライダー見たことありますか」って訊かれたので、素直に「1回もありません」と言ったんですけど、隣の人は黒い革ジャン革パンに赤いマフラーで、完全になりきってるんですよ。しかも手紙を読みだして、「僕は仮面ライダーになるために俳優になります」・・・すごーい! 絶対落ちたと思ってたんですけど、ぽんぽんぽんと受かっちゃったんですよね。
JK:そういうもんですよ、自然体がよかったんですよ。

出水:朝の連続テレビ小説の「らんまん」はジュンコさんも楽しみに見ていて、要さんが出てくるのを今か今かと待ってるんですよ! 高知県出身の植物学者、牧野富太郎さんがモデルですが、要さんは東京大学植物学教授の田邊彰久役ですが、役作りとしてはどんなことをしたんですか?
要:植物学という学問を初めて持ってきた矢田部良吉教授がモデルなんですが、半分ぐらいセリフが英語なんです。なので英語を一生懸命勉強したりとか、植物の専門用語がほとんどなので、まったく僕は学がないものですから勉強したりとか。
出水:朝ドラには「まんてん」「まんぷく」に続いて3作目ですが、NHKの朝ドラは心構えも他のドラマとは違うんですか?
要:やっぱり見てる方が多いですからね。
JK:それも日本だけじゃなく、ブラジルからウズベキスタンから。「カーネーション」の時もたまたまブラジルに行ったら、皆さんが毎日見てくださって評論家みたいでしたよ。
要:僕も「まんてん」の時にシンガポールに行って、ふらっと時計屋さんか何かに入ったら店員さんから「サインくれ」って言われて。なんで?と思ったら「『まんてん』見てるから」って。
JK:アジアの人はみんな見てるかもしれないわね。
要:僕は小中高と陸上をやっていたんですけど、高校生最後の年に四国大会の決勝戦まで進んだんですよ。全国大会を目指していたので「通過点」という風に見てたんですが、400mハードル種目には「魔の8台目」というのがあって、最後のコーナーにあるんです。そこからどれだけ頑張るかでだいたい順位が決まるんです。決勝戦の同じ組には香川県1位の子がいたんですけど、なんとなく接戦で。でも外側からノーマークの2年生の選手がきて、あっ!と思ってスピードをひゅっと上げたんです。ハードルとハードルの間って歩数が決まっててだいたい15歩で跳ぶんですが、スピードを上げちゃってたのでハードルが手前にきちゃって。ハードルを蹴り上げて・・・そこから記憶がないんです。
JK:あら~!
要:気づいたらあおむけにコースにいて、ゴールの方を見たら1位の奴がジャンプして喜んでるのが見えて。「ああ、レースが終わったんだ」と思って、ふと電光掲示板を見ると、1位から7位まで名前が並んでて、8位に僕の名前があって「DNG=Did Not Goal」・・・これで終わったんだって。
JK:運命ね・・・でもそれがなかったら俳優になってなかったものね。自己でしょうけど、過酷な試練というか、大きな切り替えのチャンスだったんですよ。そこから吹っ切れたんでしょ?
要:時間かかりましたけどね。

出水:要さんは今年独立されましたが、今後はどんなビジョンで活動するんでしょう?
要:こういう時代になりましたから、世界中の人に日本の作ったメディアをより見ていただける環境になってきているので、そういう作品にたくさん出たい。世界中の方が見てくれて、「日本には要潤っていう俳優がいるんだ」って知ってもらえるような場所に行きたいなと思います。
JK:海外で活躍できますよ! 英語も乗馬もできるし。
要:身体もでかいし(笑) ハリウッドでもいいし、韓国も勢いありますし・・・頑張ります!
出水:言語は得意なんですか?
要:セリフを覚えるのと変わらないですね。1人舞台の時も120ページを全部覚えたりしたので。苦じゃないんですよ、英語も同じ感覚なんです。
出水:お休みの日は何をしているんですか?
要:僕は山にこもります。基本は1人で・・・何をやってるんですかね? 自然のほうが落ち着くんですよ。都会でいるよりは自然にいるほうが気持ちがリフレッシュされますね。
OA楽曲
M1. 愛の花 / あいみょん