もうすぐ入学式のシーズンです。
厳しい保活を乗り越えてきた共働き世帯やシングル世帯にとって、ホッと一安心するタイミングに思えます。
しかし小学校入学のタイミングを「小1の壁」とし、退職を余儀なくされる方も少なからずいます。
保育園等に預けて仕事を続けてきた母親が、なぜ小学校入学のタイミングでキャリアから離れてしまうのでしょうか。
今回は学童保育の現状や、その他のさまざまな背景を紐解いてみます。
■小1の壁とは?
小1の壁とは、子どもが小学校に入学するタイミングで、仕事と育児の両立が困難になる事象を総称したものです。
困難となる原因は様々ですが、その一つとして「保育園」と「学童保育」の違いがあります。
学童保育とは、親が就労していて家にいない児童のために、小学校の終了後等に余裕教室や児童館等を利用して預かり、その健全な育成を図るための施設のこと。
正式名称は「放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)」といいます。
厚生労働省の「令和2年(2020年) 放課後児童健全育成事業(放課後児童クラブ)の実施状況」によると、2020年7月1日現在で2万6625か所あり、131万1008人の児童が利用しています。

出所:厚生労働省「放課後児童健全育成事業について」
一方で、利用できなかった児童数は1万5995人。保育園と同じように、学童保育にも待機児童が存在するのです。
もし学童保育を利用できることとなっても、そこには保育園にはない困難さがあります。小学校入学のタイミングで退職することになったケースを2つ見てみましょう。
■【事例1】小1の壁で退職を決意した正社員のAさん
Aさんは年長・年少・0歳児の3人の子どもを育てています。責任感が強く、夫とも協力することで育休を毎回4カ月しかとらず、正社員として仕事をこなしていました。
しかし長女が小学校に入学するにあたり、地域の登校班から説明を受けたところ、思いも寄らぬことを聞かされました。
それが、月に1~2回回ってくる旗振り当番(旗当番)です。早朝に指定された横断歩道に立ち、児童の安全を見守る活動のことで、免除は認められません。
早速職場に相談したところ、これまでの仕事ぶりから信頼の厚いAさんは、月1~2回、1時間の遅刻(時間休)が認められました。
しかし実際に始めたところ、下の子ども達も連れて行かないといけないことに困難さを感じます。
2人の子どもを自転車の前後に乗せて連れ、月曜日には昼寝布団やおむつバケツも持参します。
見守りが終わった時点で、下の子ども達をそのまま保育園に送迎するしかありませんでした。
職場からの理解は得られたものの、PTAとしては「子連れ禁止」のルールがあったため、注意されてしまいます。
職場にも申し訳ない気持ちを抱え続けていたAさんは、結局正社員を諦めて仕事をセーブすることになったのです。
■【事例2】小1の壁で退職を決意したパート勤めのBさん
Bさんには年長と年中の2人の子どもがおり、出産後はパートとして働いていました。
子どもが手を離れる小学校入学のタイミングで、正社員を目指すつもりで職場とも話が進んでいました。
しかし年長の秋になり、学童保育の案内を見てその実情を初めて知ります。
まず、住んでいた地域では学童保育の待機児童が深刻で、各自の得点で審査されます。パートの場合は正社員よりも点数が低く、不利なことがわかりました。
しかし正社員としてフルタイムになれば、今度は学童の送迎に間に合いません。
そのためパート勤めのまま応募しようとしましたが、その料金の高さにも驚きました。翌年に下の子どもも入れようとすると、パート月給の半分以上が学童保育代で消えてしまいます。
扶養内パートをしながら学童を利用することに抵抗を感じ、退職して数年後に違うパートを探すことにしたのです。
■保育園と学童保育の明確な違い
保育園のときは仕事と育児が両立できても、このように小学校入学のタイミングで退職を選択するケースがあります。その一つの要因が、保育園と学童保育の違い。
学童保育には様々な運営主体があるため、運営元によってその実情は異なりますが、ここでは一般的な例についてまとめていきます。
■1. 預かり時間や期間の違い
保育園には早朝保育や延長保育がありますが、学童保育では利用時間が短いケースが見られます。
それまでは保護者の就業時間に合わせて保育園に預けていた方も、出社や退社の時間に間に合わず、退職せざるを得ないのです。
またパートなど短時間労働の方は、普段は学童を利用しなくても「夏休みだけ」「冬休みだけ」利用したいというニーズがあるでしょう。
しかし学童保育の中には、長期休暇中のみの利用が認められないことがあります。
これにより、子どもが1人で留守番できるようになるまでは、パート勤め自体を諦める方もいます。
■2. 学級閉鎖や学年閉鎖中は利用できない
保育園ではクラスでインフルエンザなどが流行しても、休園になることはありません。しかし学童保育の場合は、学級閉鎖や学年閉鎖になると、本人は元気でも学童保育を利用できないことがあります。(コロナの対応では両者に大きな違いはありません。)
子どもが休む時は仕事を休まないといけないため、両立に困難さを感じることもあります。
■3. 利用料の違い
保育料は「幼児教育・保育の無償化」により、一部の費用を除いて無料となりました。しかし学童保育では利用料がかかります。
地域や運営主体によって費用には差があり、無料のところもあればひと月数万円するところもあります。
夏休み期間はさらに料金が上乗せされるため、扶養内パートの方などは学童保育の利用に踏み切れない方も一定数います。
■4. 長期休みのお弁当
普段は給食があるものの、小学校の長期休暇中はお弁当を持参しなくてはなりません。一部の地域ではお弁当が出るところもありますが、まだまだ少数派のようです。
忙しい共働き世帯にとって、毎日のお弁当作りは負担になることも少なくありません。
■学童保育以外の「小1の壁」
学童保育を理由としない「小1の壁」もあります。
新たな生活習慣に慣れるまでは、宿題や持ち物のフォローが必須です。仕事帰りにこれらをこなすのは、正直骨が折れる家庭も多いでしょう。
加えて、小学校では平日の行事もたくさんあります。もしPTAの役員が当たれば、そちらの活動が平日に加わることも。
さらに、小学校によっては「旗振り当番」「登下校見守り」など、登校班を見守る活動が定期的に回ってきます。
子どもの安全を守る大切な活動とはいえ、その度に遅刻や早退の申請をすることに、心苦しく感じる方もいます。
■まとめにかえて
小1の壁について、その背景となる要因や実態についてまとめてきました。
働く子育て世帯を支える制度はどんどん充実している一方で、キャリアを諦める人が一定数いるのも事実です。
困難を抱える原因は、国の制度だけにとどまらず社会や地域、会社にも存在します。複雑に絡み合うため、すぐに解決するのは難しいでしょう。
しかし、制度を正しく知ることは重要です。母親だけでなく、もちろん父親の会社の時短制度や時間休、テレワークの制度なども確認しておきたいですね。
一方で、個人で解決するには限界があることも事実です。今後も子育てがしやすい社会になるように、もっと議論が進むべきであると考えられます。
■参考資料
- 厚生労働省「放課後児童健全育成事業について」( https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/kosodate/houkago/houkago.html )