「原油高継続」に成功している非西側
原油価格が高止まりしているとき、市場関係者と会話をしていると、しばしば衝撃的な言葉を耳にします。「あいつら(産油国)に(原油価格を)決められたくない」、「安い価格で買ってやってもいいと(産油国と)強気に交渉したらどうだ?」などです。
このような言葉を聞くたびに筆者は、自分が属する世界を強く愛している人が存在することや、原油相場が誰かと誰かの思惑が真っ向から衝突する舞台であることを、感じます。
図:WTI原油先物(日足 終値)単位:ドル/バレル

昨年夏ごろから、主に西側諸国(欧米中心)の中央銀行が金利を引き上げて、金利引き上げ→需要減少懸念という流れが強く意識されたり、欧米の銀行の連鎖不安が発生して需要減少懸念が浮上したりした際、原油相場は短期的な急落を演じました。
しかし、原油相場の下落は続かず、足元、高水準を維持しています。西側諸国の「原油価格が下がってほしい」という願いと、「原油価格が上がってほしい」という産油国側の願いがぶつかり合っているためです。平たく言えば、「利上げ」vs「減産」です。
西側がインフレ(物価高)退治のために講じている「利上げ」起因の下落圧力と、非西側(この場合は産油国)の原油価格上昇・維持のために講じている「減産(決めた量以上の生産を行わない行為)」起因の上昇圧力が、拮抗(きっこう)しているのです。
とはいえ、価格の水準が歴史的に見ても比較的「高い」、1バレルあたり80ドル近辺を維持していることを考えれば、どちらかといえば今の状態は「西側」にとって不利、「非西側」にとって有利だと言えるでしょう。
西側が講じている「利上げ」という手法に、いくつか難点があります。利上げは、需要をほどよく減少させて(観測含む)、物価高を沈静化させる効果があるとされていますが、足元の物価高が供給側起因の「コスト・プッシュ型」であるため、効果は限定的です。
また、利上げを行いすぎると景気悪化を招きかねず、同じ国が大規模に長期間、行うことができないという制約があります。昨年、利上げを主導した米国やEU(欧州連合)では現在、利上げの温度感は低下しています。それらに代わって利上げを主導しつつある英国もまた、いずれ利上げの温度感が低下する可能性があります。
悪く言えば、西側の「利上げ」は「筋違いの対症療法」です。一方、「非西側」の「減産」は、西側の消費国における供給懸念をあおり、思惑どおり「コスト・プッシュ型」の物価高を生み出しています。まさに非西側は、「原油高継続」に成功していると言えます。
しないはずの「置き去り」に非西側は失望
減産を実施しているOPECプラス(OPEC(石油輸出国機構)に加盟する13カ国と、ロシアなどの非加盟の10カ国、合計23カ国)に属する産油国の多くは非西側です。なぜ「非西側」の産油国は減産に躍起になるのでしょうか。
理由は三つあると、筆者は考えています。(一)自国の情勢安定、(二)西側への制裁(戦時対応)、(三)西側への制裁(長期視点)、です。
(一) 自国の情勢安定
IMF(国際通貨基金)によれば、非西側の主要産油国の財政収支が均衡するときの原油価格はおおむね「67ドル」です(サウジアラビア、イラク、オマーン、クウェート、UAEにおける2021年・2022年の平均)。
産油国にとって、財政収支が均衡するときの原油価格は、国内の情勢が良くなるか悪くなるかの節目と言えます。「国民へのバラマキ」で成り立っている産油国は特に、こうした価格(節目)を「割らせない」ことを最重要課題と認識しているようです。
このため、非西側の産油国は減産を実施し、原油価格を高値で維持し(あわよくば上昇させ)、国内情勢を安定化させようとしているのです。4月に見られた、70ドル割れ→追加減産決定、という動きは、こうした背景があると考えられます。
(二)西側への制裁(戦時対応)
「減産実施」は「非西側産油国による西側への制裁」という意味があります。
OPECプラスは、同組織が誕生した2016年12月から新型コロナがパンデミック化した2020年のはじめまで、OPEC(サウジ主導)のみの総会を先に行い、おおむねその翌日にOPECと非OPEC(ロシア含む)の閣僚会合を行っていました。このころはまだ、サウジの意向が反映されやすい時期でした。
しかし現在は、総会前にロシアを含んだ共同閣僚監視委員会(JMMC)を行い、そこで減産などの方針をほぼ決定しています。OPECプラスはロシアの影響を強く受ける組織に変貌したのです。そのロシアは、産油国共通の願いである「原油価格上昇」を旗印に、組織内で減産を主導していると、考えられます。
今、我々日本を含む西側諸国は、非西側の産油国(ロシア主導)が実施している減産による原油高のおかげで、高インフレにあえいでいます。これはまさに、「非西側産油国による制裁」だと言えるでしょう。
(三)西側への制裁(長期視点)
SDGs(持続可能な開発目標)は、「誰も置き去りにしない(No one will be left behind)」ことをうたっています。2015年9月の国連総会で採択されました。OPECプラスが誕生する前年のことでした。
採択後、時がたつにつれ、「化石燃料は悪」「それを生産する国との付き合いを減らすべき」というような風潮が出てきました。それと同時に、化石燃料を否定することによってビジネスが活発化していきました(ESG(環境、社会、企業統治)を考慮した投資活動、電気自動車などの製造・販売・使用など)。
SDGsは「誰も置き去りにしない」はずでしたが、非西側の産油国は、「置き去り」にされてしまいました。収益の柱である化石燃料を否定され、収益を失えば失うほど、西側の収益は増えていく構図が目立ち始めました。
しないはずの「置き去り」が起きたことで、長期視点では、非西側の産油国は西側に対し、少なからず、失望や怒りに似た感情を持っている可能性があります。それが今、「減産実施」という行為に表れていると、筆者は考えています。近年、産油国が中国と急接近しているのも減産実施と同様、こうした背景(西側への失望)があると考えられます。
上記のように考えれば、「減産(≒原油価格高止まり)」には、複数の意味あることがわかります。非西側産油国は減産を実施することで、これらをまとめて実現していると言えるでしょう。非西側産油国にとっての減産実施は、単なる価格つり上げ策ではないのです。
「向こう」を見ないSDGsの功罪
日本国内に「自治会」などの地域コミュニティーは30万あるといわれていますが(総務省の資料より)、今年度、筆者は自宅が属する自治会の班長になったため、先日初めて総会に参加しました。配布された資料に目を通している最中、ある箇所でしばらく考え込みました。「自治会活動とSDGs」です。
誰もが住みやすい、住み続けたいと思える都市を目指し、住民相互の連絡・連携、環境の美化、親睦交流活動、生活安全、福祉活動を充実させることが、当該自治会におけるSDGs、だと書かれていました。
「持続」することに偏っている感が否めない、自治会に加盟していない(会費を納入していない)地域住民にこのメッセージが届いておらず「置き去り」を黙認している、自治会の及ぶ範囲が関わっている人や地域だけ(それ以外は対象外)など、SDGsとは言い難い内容ではないか、と感じました。
もし当該自治会が述べるSDGsが、自治会に加盟していない人や、自治会以外の人・地域のことを考慮せず、自分たちだけが「持続」できればよい、と考えているのであれば、非常に身勝手なSDGsです(そもそもそれはSDGsとは言えない)。
世の中にはこうした「自分たちだけ型」のSDGsのほか、「部分だけ型」のSDGsもあります。「当社はSDGsのこの目標とこの目標を守れるように頑張っています」、のようなケースです。「できることをやる」は、裏を返せば「できないことはやらない」になってしまう危険をはらんでいます。
「自分たちだけ型」「部分だけ型」の共通点は、全体を網羅できていないことです。鳥の目で物事を見る「俯瞰(ふかん)」が足りていないのです。非西側を置き去りにしてきた西側のSDGsと同じです。「自分以外を含めた全体」を認識することで初めて、「誰も置き去りにしない(No one will be left behind)」を実現できるのです。
「置き去りにされた失望や怒りに似た感情」が膨れ上がるとどうなるでしょうか。こうした感情がいったん膨れ上がると、話し合いで解決することは困難です。
SDGs順守をうたうのであれば、「俯瞰」は必須です。「置き去り」を発生させて別の問題を噴出させることがないためにも、この考え方は欠かせません。
ウクライナ危機は「後戻り防止装置」
以前のレポートで述べてきたとおり、過去から続く「西側」と「非西側」の間にある「分断」は、ウクライナ危機の遠因だったと筆者は考えています。本レポートで述べたSDGs(2015年採択)を合わせて考えると、SDGsで「置き去り」発生→西側と非西側の「分断」深化→ウクライナ危機勃発(2022年)、となります。
そしてこのウクライナ危機が今、「分断」を固定化する役割を担っていると考えられます。さながら、分断を固定化する前の状態に戻さない「後戻り防止装置」です(ここまでの覚悟をもって、ロシアは軍事侵攻を始めた可能性がある)。
危機があることで、西側も非西側も制裁の応酬(利上げvs減産など)を繰り返し、「分断」を解消する糸口が見えません(西側もまた、「分断」深化に加担している)。
図:WTI原油先物(日足 終値)単位:ドル/バレル

また、危機勃発を機に生じた西側の混乱に乗じ、ここぞとばかりに影響力を示し始めた非西側の国が複数あります。西側に対して食料、エネルギーなどの重要品目や資金を出し渋ることで、高インフレをもたらして西側をさらに混乱させたり、西側の銀行を連鎖破綻に追い込む一因をつくったりしています。
非西側にとって、危機継続は一定のメリットがあるのです(もちろん相当の代償をはらうことになるのだが)。このため、危機継続→分断深化続く→減産終わらない→原油高継続→西側の高インフレ続く、という構図が続く可能性があります。
起点がSDGs起因の「置き去り」であったり、固定化された「分断」であったりする今のインフレは、非常に根が深いと言わざるを得ません。
相手への理解が原油高を終わらせるカギ
SDGsを上手に進めていくことで、こうした状況を打開できると、筆者は考えています。SDGsを進めていく上で重要なことは、本レポートで述べたとおり「俯瞰的であること(誰一人、何一つ置き去りにせず、17の目標を抜け漏れなく対応すること)」です。
加えて、SDGsをビジネス利用しないことも重要だと考えます(ビジネスで利用すると、必ずどこかで置き去りや金銭的な衝突が発生してしまう)。
とはいえ、まず先にやらなければならないのは、「向こう側」にいる相手を知り、配慮を見せることです(2015年から現在に至るまで、西側は非西側(特に産油国)への配慮を欠いた上で、SDGsをビジネス利用してしまった)。
世界には無数の「正義」が存在します。先進国だから、民主国家だから、自由経済を採用しているから、正しいなどということは一切ありません。自分の正義の向こう側に、その正義を正義と思っていない人がいると考えることが、俯瞰の一歩になります。
ロシアが西側に置き去りにされて意固地になり、その成れの果てにウクライナ危機を勃発させた、そして今、そのロシアに産油国や多数の非西側国家が追随している。などという話が本当なのであれば、西側はどうすればよいのでしょうか。
豊かな生活を放棄し、産油国に依存しないようにする(産油国から剥(は)がされそうになる恐怖からも解放される)のも一計かもしれませんが、一度豊かな生活を覚えた人間がそれを放棄することなどできないでしょう。
かといって、化石燃料を湯水のように使っていた数十年前の生活に戻ることもできません。ましてや、環境問題をここまで大規模にした手前、いまさら二酸化炭素を出しても大丈夫などとは言えません。
また、技術革新で化石燃料を使わない世界を創るという話がありますが、高インフレや分断は極まっており、もはや待つ時間はありません。
では、どうするか。対話で前進する以外に方法はないでしょう。対話の糸口を見つけるにも、やはり「俯瞰」が有効です。
以下は、4月23日付けの国内大手新聞の主要面の見出し(10個)です。明確に「西側」と「非西側」に分類することができます。紙面では、これらの関わりがある旨の記載はありませんでしたが、このように分類だけで、我々日本人にも「非西側」の世界がぼんやりと見えてくるはずです。
そこに人々の生活があって、そこでモノや情報やお金が動いているのです。我々と同じなのです(このような想像を働かせると、「あいつら(産油国)に(原油価格を)決められたくない」、「安い価格で買ってやってもいいと(産油国と)強気に交渉したらどうだ?」などとは言えなくなるでしょう)。
図:国内大手新聞の主要面(4月23日付)

お互いを理解すること、理解した上で対話すること、対話した上で解決策を導き出すこと、解決策を導き出した上で実行すること、実行した上で検証すること。西側と非西側が、ここまでできる日は来るのでしょうか。
おそらくその日が来るころには、ウクライナ危機は終わっているかもしれません。そして原油価格はいまよりも、安い水準で推移しているかもしれません。西側(消費国)も非西側(産油国など)も、納得できるSDGsが実現していることでしょう。
そのような日が来るまで、ウクライナ危機や、それが一因で固定化されている西側と非西側の分断、そして高インフレ、原油高は、続く。筆者はそう考えています。
[参考]エネルギー関連の投資商品例
国内株式
INPEX
出光興産
国内ETF・ETN
NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア
外国株式
エクソン・モービル
シェブロン
オクシデンタル・ペトロリアム
海外ETF
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
グローバルX MLP
グローバルX URANIUM
グローバルX 自動運転&EV ETF
ヴァンエック・ウラン+原子力エネルギーETF
投資信託
UBS原油先物ファンド
米国エネルギー・ハイインカム・ファンド
シェール関連株オープン
海外先物
WTI原油(ミニあり)
CFD
WTI原油
ブレント原油
天然ガス
(吉田 哲)