※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の土信田 雅之が解説しています。

以下のリンクよりご視聴ください。
「 米国の歳出削減に大鉈を振るう「DOGE(政府効率化省)」~減税政策に向けた本気度の表れか?~ 」


 今週の日本株式市場は、 こちらのレポート でも触れたように、「日米の企業決算」「トランプ関税の動向」「米国の経済指標」の三つをポイントに推移する展開となっています。


 そのうち、米国の経済指標については、12日(水)に米1月CPI(消費者物価指数)が発表され、その結果は足元でインフレが加速しつつあることをにおわせる結果となりました。


<図1>米CPI(消費者物価指数)の推移
マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)、歳出削減に大鉈を振るう~トランプ減税への本気度~(土信田雅之)
出所:米国労働省およびBloombergデータを元に作成

 上の図1は、米CPIの総合とコアの推移をそれぞれ、前年比と前月比で表したものです。


 一般的に、前年比は中期的な傾向、前月比は瞬間風速といったイメージで見ていくのですが、図の線の傾きを見ても分かるように、両者とも足元で上向きになっています。さらに、今回の結果が市場予想も上回っているため、FRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ見通しを後退させるものとなりました。


米国市場の下落が限定的だった理由

 米CPIを受けた米国市場は、米10年債利回りが上昇し、米株市場では、NYダウ(ダウ工業株30種平均)とS&P500種指数が下落する一方で、ナスダック総合指数は反発するという初期反応となりましたが、いずれも値動きはさほど大きくはなりませんでした。


<図2>2025年2月12日の米NYダウの1分足
マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)、歳出削減に大鉈を振るう~トランプ減税への本気度~(土信田雅之)
出所:MARKETSPEED

 実際に上の図2で、この日のNYダウの値動きを確認すると、確かに、米CPIの結果を受けて取引が始まった直後は大きく下落したものの、その後は下げ幅を拡大することなく、持ち直している様子がうかがえます。


 このように、米国市場の反応が限定的だったのは、まだ、米1月PPI(生産者物価指数)や米1月小売売上高の公表待ちであることや、今週10日(月)に台湾の半導体受託製造大手のTSMCが発表した1月の売上高が好調だったことで、一部のテック株への買いが続いていたことなどが理由として挙げられます。


 それ以外にも、トランプ関税を巡る動きの様子見も影響していると思われます。


 足元では、「鉄鋼・アルミ製品への25%関税」と「相互関税の内容」が焦点となっていますが、前者については、関税の実施が表明されたものの、関税が発動される3月12日までに時間があり、米国と相手国との交渉次第では状況が変化するかもしれないこと、後者についても、13日(木)の夕方時点で詳細は明らかになっていませんが、自動車や薬品などで例外措置を検討しているとも報じられており、関税を材料に積極的に下値をトライできる状況ではないと考えられます。


 いずれにしても、足元の株式市場の堅調さは、先行き不透明感によって、「売りにも買いにも傾けられない」という相場地合いが反映されている面が強いと思われるため、目先の材料に反応して株価は上げ下げするものの、方向感は出ない展開がしばらく続くかもしれません。


ニュースで話題、イーロン・マスク率いる「政府効率化省(DOGE)」

 そんな中、トランプ政権2.0がスタートしてまもなく1カ月が経過しようとしていますが、起業家のイーロン・マスク氏率いる「政府効率化省(DOGE)」の動向がニュースの話題に上ることが増えています。


「DOGEの職員が財務省の決済システムにアクセスした」とか、「DOGEのアクセス権について訴訟を起こされた」だけでなく、「教育省の機密データをAIで分析した」「米国の海外開発援助を担うUSAID(米国際開発局)が事実上の停止状態になっている」など、報じられているニュースのヘッドラインからは、派手に振る舞っている印象があります。


 その一方で、「やりたい放題で、国家が混乱や危機に陥る」という意見も一部で出ています。


 ここではDOGEの是非について問いませんが、そもそもDOGEとは何なのかについて整理し、そこから見えてくるものなどについて考えていきたいと思います。


DOGEの目的と役割とは?

 そもそも、DOGEには、「省」という名称がついていますが、米国の財務省や国防省といった省庁とは異なるもので、トランプ政権発足直後の1月20日に署名された大統領令によって、政権内に設けられた機関です。


 その目的は、名前が示す通り、行政を見直して財政再建に寄与することで、具体的には以下のようにまとめられます。


1)    支出と収入を精査して無駄な歳出を削減
2)    複雑なルールや既得権益を排除
3)    業務の統廃合および業務プロセスの効率化
4)    デジタル化などを推進し生産性向上


 DOGEのトップにマスク氏が就任したのも、これまでビジネス界で手掛けてきた経営手腕と実績が評価されたものと考えられます。マスク氏自身も就任に当たり、「1兆ドルの歳出を削減する」という目標を述べています。


 早速、トランプ政権は初日から、省庁に対して新規採用を停止とテレワークを禁止すると表明し、早期退職を募るメールが職員に一斉に送信されました。


 DOGEがこうした動きに直接関わったのかどうかは不明ですが、その送信されたメールの題名(「分岐点」)は、2022年にマスク氏が旧ツイッター(現X)を買収した際に従業員へ送ったメールと同じ題名だったこともあり、少なくとも何らかの格好で関与していると思われます。


 ちなみに、マスク氏が旧ツイッターを買収した際には約80%の従業員を削減していますが、この経験にのっとるのであれば、今後も歳出削減に向けて各省庁に大鉈を振るうことが予想されます。


 さらに、1月20日に署名された別の大統領令では、DOGEに非機密扱いの政府記録やソフトウエア、システムへのアクセスを保証したほか、今週の2月11日には、「各省庁は歳出削減についてDOGEと協力するように求める」大統領令も発せられており、DOGEはこうした大統領令を後ろ盾に積極的に動いている格好です。


 ただ、こうしたDOGEの動きの割に、職員の数や属性などの情報開示が少なく、DOGEそのものの実態はイマイチ分かりません。こうした不透明さに加え、マスク氏の経営する企業との利益相反の指摘などが、「好き勝手にやっている」という批判につながっていると思われます。


 もっとも、DOGEには期限が設定されていて、2026年7月4日までに解散される方針です。

組織として長期的に存在できないことによって、既得権益を生んだり、しがらみを残さないように配慮されているからこそ、短期間で大胆に改革を進めるために強力な権限を与えられているとも言えます。


トランプ政権が歳出削減にまい進する理由

 このように、トランプ政権は歳出削減に「かなり本気を出している」ことがうかがえます。


<図3>米連邦政府の財政収支の対GDP比率
マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)、歳出削減に大鉈を振るう~トランプ減税への本気度~(土信田雅之)
出所:FRED(セントルイス連邦準備銀行の経済データベース)

 上の図3は、米連邦政府の財政収支の対GDP(国内総生産)比の推移を示したものですが、2024年は対GDP比でマイナス6.28%の財政赤字となっていて、マイナス5%を下回っています。


 図3を過去にさかのぼって、財政赤字の対GDP比がマイナス5%だった時期をチェックすると、いずれも戦争や経済ショックなどの歴史的イベントがあった時が該当します。足元は、コロナショックの余波が残っている面があるものの、平常時での財政赤字としては、かなりの大きさになっていると言えます。


<図4>米連邦政府の利払い額の推移(2024年第4四半期時点)
マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)、歳出削減に大鉈を振るう~トランプ減税への本気度~(土信田雅之)
出所:FRED(セントルイス連銀の経済データベース)

 また、上の図4を見ても分かるように、連邦政府の債務利払い額がコロナ・ショック以降に急増し、2024年10-12月期で1兆ドルを超えるところまで増加しています。支出に占める利払いの割合が増加していることも財政面でかなりネガティブです。


 一般的に、継続的な財政赤字の許容範囲はマイナス3%程度までと言われています。 こちらのレポート でも指摘しましたが、トランプ政権の財務大臣に任命されたスコット・ベッセント氏が掲げる「3・3・3政策」でも、「財政赤字の対GDP比をマイナス3%まで縮小」を目標のひとつとしています。


 また、トランプ大統領は目玉政策として減税を掲げていますが、減税は財政赤字を悪化させてしまいますので、歳出削減を進めることによって、財政負担を少しでも軽減することができます。


 さらに、来月3月14日には「つなぎ予算」の期限が迫っていることや、来年財政年度の予算案を議会とまとめる必要があることを踏まえると、トランプ政権にとって、財政の改善は思っている以上に急務であると言え、足元で活発なDOGEの動向も納得できる面もありそうです。


(土信田 雅之)

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