これまでのあらすじ
信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始め、毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。

「iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)の出口戦略って何?」
「iDeCoに加入している期間が終了して、実際にiDeCoで形成した資産を受け取る場合のことだよ」
そう言って信一郎は一口、お茶を飲み下した。けっこう面倒な話になるのだが、理香はついてこられるだろうか?
「60歳になったらiDeCoも企業型DCも、受給できるんだけど、別に60歳で必ず受け取り始める必要はないんだって」
「あ、それは知ってる。受給開始時期は自分で選べるんだってね」
iDeCoの受け取り方も、全額を一気に受け取る「一括型」、複数回に分けて、年金のような受け取り方をする「分割型」が選べるのだ、という説明に、理香はうなずいた。
「一部を一括、一部を分割で受け取るっていう、[併用型]もできるって書いてあったよ」
と信一郎が続ける。
「でも、それ、どう違うの? どっちがトクなの?」
「それなんだよ。そもそもiDeCoは、受け取るときも税金が控除される、ナイスでおトクな制度なんだけど、分割して受け取った場合、公的年金と合計して、一定額をオーバーしちゃうと、[雑所得]として、課税されちゃう可能性があるんだって」
「むーん…」
理香はうなり、信一郎を見返した。
「節税の強い味方、なんじゃなかったの?!」
「そうなんだ。最後の最後でしっかり計算しないと、変に税金が、かかっちゃうらしいんだよ」

例えば退職金をもらうタイミングで、iDeCoを一時受け取りで全額受け取ってしまうと、退職金所得してカウントされてしまうため、課税所得が増えてしまい、ガッツリ税金で持っていかれてしまうのだ、と信一郎は真剣な顔で言う。
信一郎が勤める企業は、現時点では、定年時に約1,000万円程度の退職金が出る予定だ。
これを、一括で「退職一時金」として受け取ると、「退職所得」となって税制上の優遇がある。しかし、退職金を年金のように分割してもらう場合、「退職所得」ではなく「雑所得」として計上されるため、公的年金やiDeCoなどの収入との「合計所得」が増えてしまい、課税収入が高くなってしまうのだ。
ふんふんと説明を聞いていた理香は、小さくうなって腕組みをした。眉間にしわが寄っている。
「つまり、退職金とiDeCoと年金は、受け取り時期や受取金額を、うまくバラして受け取らないと、収入が増えるみたいな扱いになって、払わなくてもいいはずの税金がかかっちゃうのね」
「そういうこと」
慌てふためくことなく、案外しっかり理解してついてきている様子に、信一郎はほっとする。以前の理香なら「そんなバカな!」と怒り出すか、無駄に取り乱していたかもしれない。日々の出費からお互いの投資成績まで、包み隠さずお金の話をしてきただけあり、リスクやデメリットへの耐性がついたのも、毎週金曜のマネー会議の大きな成果と言えるだろう。
▼iDeCoの受け取り方、メリット&デメリット 受け取り方 メリット デメリット 一時金として受け取る ・受け取り手数料が1回ですむ
・控除額が大きい「退職所得控除」が使える ・定年退職金と時期が被ると税金が高くなる場合がある
・一括で受け取ると気が大きくなって使ってしまう危険性あり 年金型で分割して受け取る ・毎月の定期収入になる
・受け取らず預けている残資産は運用が続けられる
・受取回数を設定できることで一気に大きなお金を受け取らないので、無駄遣いが減らせる ・口座維持手数料がかかる
・受け取るたびに手数料がかかる
・公的年金などと合算して雑所得の控除税を超えると、税金や社会保険料がかかる 各種資料により、トウシル編集部が作成。[一時金+年金として受け取る]場合は、受け取りタイミング、回数、金額などをよく考慮して、不必要な税金がかかりすぎないように計算する必要がある
「退職所得控除」には「5年ルール」というものがある。つまり、退職金を受け取ってから5年以上、間をあけて、再び退職所得控除扱いに当たる条件で、相当額を受け取った場合、「退職所得控除」が再度、適用されるのだ。
先にiDeCoを一時金として一括で受け取り、5年以上空けて定年退職金を受け取れば、両方とも退職所得控除の対象となり、節税メリットを2度、享受することができる。たとえば、60歳でiDeCoを受け取り、65歳で定年退職金を受け取ると、どちらも退職所得控除を受けられる。
「課税を承知で、一括で受け取ってしまって、その分を運用に回してリターンを狙うっていう手もある、って工藤さんは言ってた」
「ふーん。なるほど」
理香はうなずく。
「何歳まで投資を続けるのか、っていう話にもつながるわね」
「そうだね。投資の積み立ては余裕がある間は続けてもいいけど、現役時代より、金額は減らしてもいいだろうね」
いよいよ、人生のクロージングに関わる話になってきた。何歳まで生きるかは選べないが、何歳まで働き続けるか、何歳まで、いくら投資を続けるかは、自分たちで決めることができる。より具体的な自分たちの人生の終焉(しゅうえん)を想像し、夫婦はごくりと唾を飲み込んだ。
「まだ時間はあるし、体力や生活環境も徐々に変わる可能性もある。例えば美咲が私立に全部落ちちゃって、教育費が案外浮く、とかも可能性はあるだろ」
「嫌なこと言わないでよ」
と理香は顔をしかめる。が、確かに可能性はゼロではない。
「逆に健が突然、覚醒しちゃって、海外留学したいとか、医学部に行きたいとか言い出す可能性もあるんだよ」
「…そうね」
サッカー三昧の健を見ていると、非常に確率は低いが、これも可能性はゼロではない。いや、ゼロではないと信じたい。
出口戦略をしっかり考えながらも、「想定外」や「万が一」に対応できるよう、折々に今後の人生をしっかり話し合っていこう。
夫婦はしっかりと目を合わせ、うなずきあった。
人生の「ダウンサイジング」を考える<8-3>夫婦、人生を考える
(中桐 啓貴)