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著者の土信田 雅之が解説しています。

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「 盛り上がりを見せる香港株市場のテック相場~「素晴らしい10銘柄」はその地位を獲得できるか?~ 」


 今週の日本株市場は、日経平均株価が3万9,000円台を維持する動きから、20日(木)の取引では下落に転じました。昨年10月からのレンジ相場は維持しているものの、さえない展開となっています。一方で、海外株市場に目を向けると、同じく20日(木)に下落してはいますが、最近の香港株市場の上昇が特に目立っています。


 そこで、今回のレポートでは、足元で盛り上がりを見せている香港株の動きとその背景、今後のポイントなどについて、簡単に整理していきたいと思います。


逆「DeepSeek(ディープシーク)」ショックで上昇が際立つ香港株

 まずは、国内外の主要株価指数の動きからチェックしていきます。


<図1>主要株価指数のパフォーマンス比較(2024年末を100)(2025年2月20日時点)
逆DeepSeekショックで上昇する香港株市場~「素晴らしい10銘柄」はその地位を獲得できるか?~(土信田雅之)
※米国株と欧州株は2025年2月19日時点
​出所:MARKETSPEEDIIおよびBloombergデータを基に作成

 上の図1は2024年末を100とした、国内外の主要株価指数のパフォーマンスを比較したグラフですが、冒頭でも述べたように、香港ハンセン指数の上昇が他の株価指数と比べても際立っていることが分かります。


 また、この香港株の上昇については、いわゆる「DeepSeekショック」が訪れた1月27日あたりがターニングポイントになっていることも読み取れます。


 低コストかつ短期間で開発され、性能も既存の米国AIモデルに引けを取らないとされる中国発の「DeepSeek R1」の登場とインパクトは、米国株や日本株市場にとっては株価下落の材料となりましたが、香港株市場では、中華AIへの関心を高めることにつながり、上昇のきっかけとなりました。


 また、中国株市場は春節絡みで連休のタイミングでもあったため、香港ハンセン指数が本格的に上昇したのは、連休明けの2月4日からとなっています。


 なお、上海総合指数も連休明けから上昇基調をたどっていますが、同じ中国株であっても、香港ハンセン指数と比べると、その値動きはやや地味です。香港株市場には、テンセント(騰訊控股)やBYD(比亜迪)、アリババグループ(阿里巴巴集団控股)といった、中国の大手テック銘柄が上場しており、それらの銘柄が積極的に買われたことが指数を押し上げた格好です。


米国の「壮大な7銘柄(M7)」と、香港の「素晴らしい10銘柄(T10)」

 こうした直近の香港市場銘柄の動きについて、もう少し細かく見ていきます。


<図2>香港ハンセン指数銘柄の上昇率上位15銘柄(2025年1月27日から2月20日) 順位 ティッカー 銘柄名 1月27日
株価
(HKドル) 2月20日
株価
(HKドル) 騰落率(%) 1 00241 アリババヘルスインフォメーションテクノロジー(阿里健康信息技術) 3.46 5.76 66.47 2 09988 アリババグループ・ホールディング(阿里巴巴集団控股) 87.25 120.90 38.57 3 01211 BYD(比亜迪) 274.80 375.00 36.46 4 00285 BYDエレクトロニック(比亜迪電子国際) 42.25 56.25 33.14 5 01810 シャオミ(小米集団) 37.10 49.15 32.48 6 00981 SMIC(中芯国際集成電路製造) 38.15 50.25 31.72 7 00762 チャイナ・ユニコム・ホンコン(中国聯通香港) 7.10 9.35 31.69 8 02269 ウーシー・バイオロジクス(薬明生物技術) 18.46 24.30 31.64 9 01024 クアイショウ・テクノロジー(快手科技) 42.10 54.40 29.22 10 02382 サニーオプティカル・テクノロジー(舜宇光学科技集団) 70.15 90.30 28.72 11 00992 レノボ・グループ(聯想集団) 9.49 11.78 24.13 12 00700 テンセント(騰訊控股) 395.60 486.80 23.05 13 00175 ジーリー・オートモービル(吉利汽車) 14.46 17.36 20.06 14 02359 ウーシー・アプテック(無錫薬明康徳新薬開発) 56.00 66.15 18.13 15 01929 チョウタイフックジュエリーグループ(周大福珠宝集団) 6.78 7.83 15.49 出所:Bloombergデータを基に作成

 上の図2は、香港ハンセン指数採用銘柄を対象に、DeepSeekショックのあった1月27日から2月20日までの騰落率上位15銘柄をまとめたものです。


 先ほども触れた、アリババグループは2位の38.57%高、BYDは3位で36.46%、テンセントが12位で23.05%高と、わずかな期間で大きく上昇していたことが分かります。


 また、こうした香港株市場の盛り上がりを受けてか、米国の「M7(マグニフィセントセブン:壮大な7銘柄)」に準える格好で、「T10(テリフィックテン:素晴らしい10銘柄)」という言葉も登場しています。


 このテリフィック10に該当するのは、Eコマースを手掛けているアリババグループやJDドットコムをはじめ、自動車(EVを含む)製造のBYDとジーリー・オートモービル(吉利汽車)、スマホ製造とEVにも進出したシャオミ(小米集団)、ネットサービスのテンセントとバイドゥ(百度)、ネットイース(網易)、食品デリバリーのメイトゥアン(美団)、半導体製造のSMIC(中芯国際集成電路製造)の10銘柄です。


<香港株市場の「T10(テリフィックテン)」銘柄>

「Eコマース関連」: アリババグループ 、 JDドットコム
「自動車製造」: BYD(比亜迪) 、 ジーリー・オートモービル(吉利汽車)
「スマホ、自動車製造」: シャオミ(小米集団)
「ネットサービス」: テンセント(騰訊控股) 、 バイドゥ(百度) 、 ネットイース(網易)
「食品デリバリー」: メイトゥアン(美団)
「半導体製造」: SMIC(中芯国際集成電路製造)


 ちなみに、テリフィック10銘柄の中には、シャオミやSMIC、ジーリー・オートモービルなど、図2にもランクインしているものがある一方、メイトゥアン(4.81%高)やバイドゥ(0.88%高)のように、やや出遅れているもの、ネットイース(0.13%安)やJDドットコム(2.29%安)のように下落している銘柄もあります。


今週北京で開催されたシンポジウム(座談会)の政治的なメッセージ

 このように、足元の香港株が盛り上がっているのは確かですが、もちろん「一時的なものになってしまうのではないか?」という見方もあります。


 ただし、香港株の上昇基調は意外と長く続く可能性があります。


 その背景にあるのは、今週の17日(月)に、あるシンポジウム(座談会)が北京で開催されたことです。そのシンポジウムは、中国の習近平主席が主宰し、大手民間企業の幹部を人民大会堂に招いて行われました。


 元々、習近平主席が自ら民間企業のキーマンと意見交換する場を設けるということ自体が珍しいのですが、それだけでなく、アリババグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏もシンポジウムに招待されたことが注目されています。


 同氏は2020年の10月に、金融監督当局に対して、「技術革新を阻んでいる」という批判を行ったことで中国政府の怒りを買ったとされ、同年11月に予定されていた金融子会社のアント・グループのIPO(新規上場)が直前になって取り消されただけでなく、独占禁止法違反の疑いがあるとして、アリババグループに調査が入って多額の罰金を課され、結局、馬雲自身も表舞台から姿を消すことになりました。


 そして、この出来事をきっかけに、「力を持った民間企業が政権への抵抗勢力になる」ことを危惧した中国政府は、他の民間企業に対しても、規制強化などの締め付けを行い、こうした動きは2022年3月に当時の劉鶴副首相が「資本市場にとって好ましい政策措置を打ち出す」と表明するまで続きました。


 今週開催されたシンポジウムは、事の発端となった馬雲氏が参加したことによって、政府の民間企業に対する政策スタンスが「支援する方向へと明確に変わった」ことを意味する、政治的なメッセージの強いイベントとなった可能性が高く、当面の間、香港株市場の上昇を後押しするのではという見方を強めています。


香港株市場の上昇は続く?今後の注目ポイントは

 従って、足元の香港株市場の上昇は、「DeepSeekの登場をきっかけとした中華AI・テック企業への関心の高まり」と、「民間企業を支援する方向にかじを切ったことを匂わせる中国政府の経済政策への思惑」の二つが材料になっている構図と言えます。


 とりわけ、中国株においては後者の政策への思惑で相場を作ることが珍しくなく、昨年9月下旬に大規模な金融緩和策を打ち出した際に、上海総合指数と香港ハンセン指数がそろって急上昇したのは記憶に新しいです。


 また、先ほど紹介した2月17日開催の北京のシンポジウムについても、ニュース映像に百度(バイドゥ)幹部の出席が確認できなかったとして、これまで上昇基調を描いていた同社の株価がこの日を境に下落に転じたほか、その反対に、出席が確認された中国飛鶴(チャイナ・フェイフー)の株価が急に上昇する動きを見せています。


 ちなみに、中国飛鶴は、乳製品の製造・販売、栄養補助食品の販売を行う事業を手掛けていて、AI関連でもテック関連でもないのですが、それだけ中国株が政治的なメッセージに敏感に反応しやすいことを物語っていると言えます。


 さらに、来月(3月)には、全人代(全国人民代表大会)も開催されるため、今後も政治的な思惑で相場が動くことが想定されます。


 ただし、米エヌビディアが、これまで市場の期待を上回る業績と見通しを示し続けたことで、米国のAI・テック相場が長く続いたように、香港株市場でも、足元で株価が上昇してきたそれぞれの企業が、それに見合うだけの業績と見通しを示す必要があり、政治的なメッセージ以外の「裏付け」も今後求められることになります。


 そのため、まだ登場して間もない「T10(テリフィックテン)」という言葉が市場に定着できるかどうかは、これから試されることになりそうです。


(土信田 雅之)

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