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著者の愛宕 伸康が解説しています。
「 長期金利が映し出す「円高余地」と、米国例外主義後退に伴う「欧州株ひとり勝ち」 」
このところ長期金利がかなりのスピードで上昇しています。長期金利の指標となる新発10年物国債の利回りは10日に1.57%を超え、2008年10月以来16年5カ月ぶりの水準に達しました。背景には物価上振れリスクの高まりや日本銀行の利上げに対する思惑があります。ただ、それだけでなく、もし「米国例外主義」後退に伴うマネーの変動があるとすれば…。
今週は、最近の長期金利上昇の背景を探り、今後どういう展開が予想されるのか考えてみます。キーワードは「円高余地」「欧州株ひとり勝ち」です。その前に、3月の金融政策について見ておきましょう。
3月は日銀、FRBとも現状維持となる見込み
3月は18~19日に日本銀行のMPM(金融政策決定会合)とFRB(米連邦準備制度理事会)のFOMC(米連邦公開市場委員会)が開催されます。時差により、MPMの結果が出た後、FOMCの結果が判明しますが、いずれも現状維持となる公算です。
FRBは、トランプ政権による関税引き上げや政府職員の解雇といった政策が景気や物価に及ぼす影響の不確実性、日銀は1月のMPMで実施した利上げの影響見極めなどがその背景ですが、最近の高官発言も現状維持になることを示唆しています。
まず、3月6日から7日にかけて相次いだFRB高官の発言から見ておきますと(図表1)、パウエル議長をはじめ、かなり強めに3月FOMCでは動かないことを示唆しているのが分かります。
<図表1 FRBの高官発言>

日本銀行でも内田真一副総裁が重要な発言をしています。
これは市場のというか、一般的に言われていることも含めて、この文脈であれば、多少の違いがあっても同じことが言えると思いますので、市場の見通しのことを言っているわけでもないし、例えば日本銀行が考えている見通しのことを言っているわけでもなくて、いずれにしてもその範囲内であれば、毎回利上げしていくようなペースではないわけですから、経済とか物価の反応をみて、その反応をみながら、もう1回やるのかどうかを考えていけばよいという意味です。
(出所)日本銀行、楽天証券経済研究所作成
当然のことですが、講演資料にあらかじめ記者が食いつきそうな「想定される程度のペースの利上げ」という文言を挿入した上で、それに関する質問を意図的に促していたわけですから、その受け答えこそが内田副総裁の言いたかったメッセージと読むのが自然です。
すなわち、「毎回利上げしていくようなペースではない」がそれで、前回の1月MPMに続いて2回連続で利上げすることはないというのが、内田副総裁が今回の講演で発したかったメッセージということになります。
長期金利は2%程度に向けて上昇していく過程にある
このように、3月は日米とも政策金利は変更されないとして、今のところ、FRBは6月(17~18日)に利下げ、日銀は早ければ5月(4月30日から5月1日)に利上げを行うとみています。が、それにしても日本の長期金利の上昇ペースが速過ぎる印象があります(図表2)。
<図表2 日米10年金利の推移>

2月26日のレポート でも紹介した筆者の推計値と比較すると、1σ(標準偏差)の上限(図表3のシャドーの上限)には収まっており、想定の範囲内と言えばそうなのですが、重要な点は、日銀が利上げを続けるもとで、今の長期金利は2.0%程度に向け上昇していく過程にあるということです。
<図表3 日本の10年金利の推計結果>

長期金利上昇の背景は物価上振れリスクの高まりと欧州の長期金利上昇
もっとも、気になるのは、最近の長期金利を押し上げている物価上振れリスクが予想以上に強く、図表3で筆者が推計に織り込んでいる物価見通しが弱いかもしれないという点。さらには、欧州における長期金利上昇の影響です。
債券市場のインフレ期待を示すブレークイーブンインフレ率を見ると(図表4)、米国がトランプ政権による関税引き上げがあるにもかかわらず、おおむね横ばいを維持しているのに対し、日本は足もとにかけて急上昇となっています(米国については後述)。
<図表4 日本のブレークイーブンインフレ率>

まだ1.6%台とはいえ、2003年10月以来の水準にまで上昇しており、日本では市場のインフレ期待が相当上振れていることは明らかです。そして、もう一つが欧州の長期金利上昇です(図表5)。
<図表5 欧州の10年金利>

欧州では4日、連立政権発足を目指す第1党CDU(キリスト教民主同盟)、姉妹政党であるCSU(キリスト教社会同盟)、現与党であるSPD(ドイツ社会民主党)の間で、GDP(国内総生産)比1%を超える国防費について、厳格に守ってきた債務抑制策「債務ブレーキ」の対象から外すことで合意しました。
あわせて今後10年間のインフラ投資のための5,000億ユーロ(約80兆円)に上る特別基金も創設する予定です。
上の措置にはドイツ連邦議会での憲法改正が必要であり、それには与党第2党である「緑の党」の同意が前提となりますので、まだ紆余(うよ)曲折が予想されますが、ドイツが財政拡大にかじを切ったことは明らかで、EU(欧州連合)のフォンデアライエン欧州委員長も約8,000億ユーロ(約130兆円)の「再軍備計画」を発表するなど、今後、欧州前提で財政支出の拡大が予想されます。
こうした財政拡大への転換に伴う欧州長期金利の上昇が、日本の長期金利にどのような影響を及ぼすのか、注目する必要があります。
欧州株のひとり勝ち~「米国例外主義」の終焉が始まったのか~
欧州の財政拡張への転換は、言うまでもなく、「米国第一主義」を唱えるトランプ政権の世界安全保障に対する関与縮小が背景にあります。
トランプ政権の政策運営をざっくり整理すると、関税を交渉ツールとする貿易収支の改善、ドル高の是正、規制緩和によるイノベーション促進、エネルギー政策によるインフレ抑制、小さな政府(財政縮小)の推進、ウクライナとガザの停戦調停です。
一つ一つの施策を細かく論評することは避けますが、関税を安易に利用した保護主義的な通商政策は世界の貿易量を減少させ、小さな政府を志向する政府職員の解雇や財政支出削減は雇用情勢の悪化や米景気の下押しを招くと予想されます。
一方で、世界の安全保障に対する関与縮小は、他国の防衛費拡大を促すことを通じてその国の景気やインフレを高めることとなりますので、最近、市場で「米国例外主義『American Exceptionalism』」(米国経済の例外的な強さ)の終焉(しゅうえん)が始まったとの論調が少なくないのも理解できます。
図表5で欧州の長期金利が上昇していることを見ましたが、それにもかかわらず株価は米国を大幅にアウトパフォームしています。図表6は、ユーロストックス50と日経平均株価の米S&P500種指数に対するパフォーマンスを、米大統領選挙が行われた昨年11月5日を基準に見たものですが、ユーロストックス50のひとり勝ちが見て取れます。
<図表6 米国株価に対してアウトパフォームする欧州株価>

これを見る限り、米国から欧州へのマネーのリバランスが生じている可能性があり、「米国例外主義」が後退している表れかもしれません。そうであれば、当然、為替についてもユーロ高が進むと考えられます。
日米金利差が示唆する円高余地
「米国例外主義」の後退は、米景気に対する先行き不安にもつながっています。7日に発表された2月の雇用統計では(図表7)、非農業部門雇用者数は15.1万人増え、相変わらず米国の雇用環境が堅調であることを示しました。しかし、市場の反応はさっぱりでした。
<図表7 米国の雇用統計>

フルタイムの仕事を希望しているのにパートタイムで働かざるを得ない人を含むU-6失業率が1月の7.5%から8.0%に跳ね上がったことが注目されたほか、トランプ政権による政府職員解雇の影響が3月の雇用統計から出るはずだとの声が多く聞かれました。
10日の米株式市場では、ダウ工業株30種平均が一時1,100ドルを超える下げとなりましたが、それも関税引き上げや政府支出の大幅削減に伴う景気下振れ懸念が背景です。関税引き上げで景気が下振れるという見方が強ければ、図表4で見たブレークイーブンインフレ率も上振れることはありません。
参考までに、2018年3月に第1次トランプ政権が鉄鋼・アルミニウムに対する関税を引き上げたときは、輸入物価は一時的に上昇しましたが、2019年にかけて下落しています(図表8)。
<図表8 米国の輸入物価、生産者物価指数、消費者物価指数「財」>

トランプ政権による関税引き上げが輸入物価の持続的な上昇につながらず、加えて小さな政府の推進は長期金利を低下させる一方で、日本の長期金利は2%へ向けて着実に上昇していくとなれば、円高が進行するというのが自然に出てくる結論です。
現在、日本の長期金利の上昇ペースが速過ぎて、日米金利差の縮小に円高が追い付いていない状況ですが(図表9)、日米長期金利の方向性の違いや、トランプ政権のドル高是正スタンスを踏まえれば、円高方向に振れる余地は小さくないとみています。
<図表9 日米金利差(10年物)とドル/円相場>

(愛宕 伸康)