日本の10年金利が約16年半振りとなる1.58%まで上昇しています。しかし、日銀が利上げを続ける下で長期金利はもっと上昇するでしょう。
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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 株価は長期金利が上昇しても下がらない~10年金利の居所とそれに向けた心構え~ 」
日本の長期金利(10年物)は2%に向けて上昇していく過程にある
23日の日本経済新聞に、IMF(国際通貨基金)の元チーフエコノミストで米ハーバード大学教授のケネス・ロゴフ氏のインタビュー記事が掲載されていました。氏いわく、「あまり指摘する人はいないが、私が心配しているのは日本の金利上昇リスクだ。インフレが想定外に進み金利が急上昇したら年金や銀行、保険会社に大きな損失が生じうる」と。
確かに、市場関係者の長期金利の先行きに対する見方は概して低いかもしれません。インフレに対する見方が過去に引きずられて慎重であったり、財政や金融機関収益に与える影響を意識したり。しかし、このレポートでもしばしば述べていますが、筆者は今の10年金利の水準(3/25の引け値1.58%)は、2%に向けた単なる通過点に過ぎないとみています。
図表1は、10年金利(1990年1月~2024年12月)を、政策金利であるコールレート・オーバーナイト物、先行CI(景気動向指数)、CPI(消費者物価指数)、日本銀行の国債買い入れ額、日銀の長期国債保有残高を説明変数として推計したものです。
日銀が「最低1%」とみている中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)まで利上げするとすれば、日本の10年金利は2%程度まで上昇する結果となります。
図表1 日本の10年金利の先行き

長期金利の決まり方~概念的な整理と現在地~
長期金利は「経済の鏡」といわれ、「実質金利」「期待インフレ率」「リスクプレミアム」の三つの要素で決まると考えられます。実質金利は期待実質成長率に等しく、その国の経済がどのようなトレンドで成長していくと市場がみているかを反映します。従って、経済の実力である潜在成長率に左右されるほか、景気動向を通じてグローバルに連動します。
期待インフレ率は、その国のインフレ率がどのようなトレンドで推移すると市場がみているかを反映します。名目国債利回りから物価連動国債の利回りを差し引いたBEI(ブレークイーブンインフレ率)が、市場の抱くインフレ期待を示していると考えられます。ただし、BEIは市場流動性が薄いためバイアスがあることや、データの蓄積が乏しいという問題があります。
リスクプレミアムとは、長期国債の満期までの不確実性に対する補償であり、その不確実性は財政リスクや流動性リスクなどを内包します。
記憶に新しい事例では、2022年9月に英国のトラス首相(当時)が打ち出した大規模減税を含む財政政策を受け、同国の長期金利が跳ね上がりましたが(「トラス・ショック」)、これは政権の財政運営に対する信認失墜が財政リスクプレミアムを拡大させたことが背景です。
以上のような概念整理をベースに、日本の長期金利(10年物)がどのようにイメージできるか考えてみましょう。図表2の左図は、1990年度から1993年度までの潜在成長率と消費者物価上昇率を積み上げ棒グラフで、10年金利を折れ線グラフで示したものになります。
図表2 1990年代前半と現在の長期金利の比較

本来であれば、債券市場のインフレ期待であるブレークイーブンインフレ率を使いたいところですが、1990年代は物価連動国債が存在せずデータがないため、消費者物価指数(生鮮食品除く、コアCPI)の前年比で代用しています。
これを見ると、潜在成長率とコアCPI前年比を足した数字と10年金利がかなり近いことが確認できます。
2024年度は、10年金利の3月25日の引け値である1.58%と比較すると、かなり近づいているように見えますが、潜在成長率とBEIの合計値である2%まではまだ上昇余地があると考えられます。というより、BEIが足元1%台後半に上振れていることを踏まえると、長期金利の上昇余地はもっと大きいかもしれません。
長期金利が上昇すると株価が下がるという見方は間違い
ただ、ここで確認しておきたいことは、長期金利が上昇すると株価が下がるという見方は、必ずしも正しくないということです。上で見た通り、ファンダメンタルズが良好で、景気拡大やインフレ率の高まりに応じて長期金利が上昇する場合(これをよく「良い金利上昇」と呼んだりします)、株価インデックスも上昇しているのが普通です(図表3)。
図表3 日経平均株価と長期金利(10年物)

図表3は、2000年以降の日経平均株価と長期金利(10年物)の散布図です。青いドットが2000年から異次元緩和が始まる直前の2013年3月まで、赤のドットが異次元緩和の始まった2013年4月からコロナショックの前まで、緑のドットがコロナショック以降現在までを示しています。
異次元緩和では国債買い入れやイールドカーブコントロールによって長期金利を抑え込んでいたため、赤いドットの期間は10年金利と日経平均株価が逆相関(長期金利が上がれば株価が下がる)の関係だったことが分かります。しかし、それを除く期間(青と緑のドットの期間)は順相関、すなわち長期金利が上がると同時に株価も上がっているのが分かります。
英国の「トラス・ショック」のように、財政プレミアムといった異例の動きが悪さしない限り、良好なファンダメンタルズが維持されれば、日銀が利上げして長期金利が上昇しても株価が(少なくともトレンドとして)下がることはないと考えられます。むしろ、インフレが抑制された方が経済成長の持続性は高まるでしょう。
重要な点は、(1)日銀は「最低1%」とみている中立金利まで淡々と利上げを行うとみられること(次の利上げは早ければ5月1日)、(2)そのもとで長期金利は(10年金利であれば2%に向けて)上昇していく過程にあること、(3)それでもファンダメンタルズが良好である限り株価は崩れないこと、(4)そうした認識の下で、ロゴフ教授が指摘する銀行などの投資家は対応を進めること、ではないでしょうか。
(愛宕 伸康)