日銀は6月の金融政策決定会合で、予想通り政策金利の据え置きと、来年4月以降の国債買い入れの減額幅を現在の四半期4,000億円から同2,000億円に縮小することを決めました。市場の次なる関心は次回利上げのタイミング。

カギを握る米国経済はトランプ関税でもスタグフレーションにならない可能性も。そうなら年内利上げも見えてきます。


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「 日銀、国債買入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~ 」


日銀は予想通り国債買い入れの減額幅を四半期4,000億円から同2,000億円に

 日本銀行は6月16~17日に開催した金融政策決定会合(MPM)で、予想通り政策金利の据え置きと、四半期4,000億円程度としている来年3月までの国債買い入れの減額計画を変更しないこと、そして来年4月以降は国債買い入れの減額幅を四半期2,000億円程度に縮小することを決定しました(図表1)。


図表1 6月金融政策決定会合で決まった国債買い入れの減額計画
日銀、国債買い入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 この2026年4月以降の国債買い入れの減額計画が実行されると、2027年3月には日銀の国債買い入れ額が月額2.1兆円となり、日銀の長期国債保有残高は、498.2兆円まで縮小することになります(図表2)。


図表2 日銀の国債買い入れと長期国債保有残高
日銀、国債買い入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 国債買い入れの減額幅を2,000億円に縮小したことについて植田和男総裁は、「減額ペースが速すぎると市場の安定に不測の影響を及ぼす」「国債市場の安定に配慮した」「債券市場参加者の意見を参考にしつつ、キリの良い2,000億円にした」と述べるなど、金融政策運営とは切り離して、かなり柔軟に決定したことを強調しました。


次回利上げはいつ?~カギを握る米国経済にはスタグフレーション回避の兆候~

 今回の日銀の決定を受け、市場の関心は次の利上げ時期に移っています。日銀は、「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」との基本方針を変えていません。市場では10月にも利上げするとの見方も出ています。


 植田総裁は記者会見で、「(米国経済の先行きに関して)今年後半にかけてデータが悪くなっていくと予想している人が多いが、そういう動きがどれくらいになっていくか、それとの比較で見通しが実現しそうかどうか」「(利上げは)見通しの確度次第」と述べ、トランプ関税の影響を見極めたいとの姿勢に変わりがないことを示しました。


 その利上げ再開のカギを握る米国経済ですが、2025年1-3月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率マイナス0.2%と、トランプ関税前の駆け込み輸入を背景に3年振りのマイナス成長となりました。


 しかし、4-6月期はその反動が出るためプラス成長を回復する見通しです。

米アトランタ連邦準備銀行のGDPナウも、4-6月期実質GDPの見通しは前期比年率3.5%(6月17日現在)となっています。


 従って焦点は、植田総裁も指摘した通り、7-9月期以降の米国経済がどうなるかになるわけですが、最大のポイントは消費です。トランプ関税の影響によって物価上昇に拍車がかかれば、消費が崩れかねません。そうなればインフレと景気悪化が同時に発生するスタグフレーションが現実味を帯びることになります。


 しかし、5月までの物価指標を見る限り、生産者物価も消費者物価も前年比はほぼ横ばいで推移しており、まだトランプ関税の影響は出ていません(図表3)。というより、それほど影響は出ないかもしれません。物価指標を細かく見れば、その兆候がうかがえます。


図表3 米国の物価指標
日銀、国債買い入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~(愛宕伸康)
出所:米労働統計局(BLS)、楽天証券経済研究所作成

 輸入物価を輸入元別に見ると、カナダ、中南米、日本、中国といった輸入ウエートの大きい国からの輸入価格が前月比で下落しており、それらの国の企業が輸出価格の段階で米国の関税引き上げ分を負担している可能性を示唆しています。 5月21日のレポート で紹介した日本の乗用車の北米向け輸出価格も、5月はさらに急落しています(図表4)。


図表4 日本の乗用車の北米向け輸出価格
日銀、国債買い入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~(愛宕伸康)
出所:日本銀行、楽天証券経済研究所作成

 このように、水際の段階で海外企業がトランプ関税の影響を吸収する、あるいは米国内においてもPPIの「貿易サービス」低下に見られるように、米企業がマージン圧縮で関税引き上げ分を吸収する傾向が思いのほか強ければ、トランプ関税がインフレ率を押し上げることによって消費が下振れるというルートで景気が悪化する可能性は低くなります。


 あるとすれば、企業収益の下振れに伴う設備投資の減少や雇用の悪化というルートになりますが、そうなったとしてもインフレが大きく上振れないのであれば、米連邦準備制度理事会(FRB)は迅速かつ大胆に利下げすることが可能であり、米景気の回復は早いかもしれません。マーケットはそれを事前に織り込むため、株価などの回復はさらに早いことが予想されます。


 いずれにせよ、米国景気が今年の後半にかけて悪化するなら、マーケットは一時的に荒れる可能性が高く、その間は日銀の利上げ再開は困難となりますが、米国景気の回復やマーケットの落ち着きが思いのほか早ければ、日銀の年内利上げの可能性も出てきます。米国がスタグフレーションに陥る可能性が低くなればなるほど、日銀の次回利上げタイミングは早まるとみています。


日本の長期金利(10年物)は2%に向けて上昇していく

 仮に、日銀が今年10月のMPM(10月29~30日)で0.75%への利上げを実施した場合、日本の長期金利(10年物)はどうなるでしょうか。今年の3月26日に配信したレポート( 「株価は長期金利が上昇しても下がらない~10年金利の居所とそれに向けた心構え~」 )で紹介した長期金利の推計をアップデートしました(図表5)。


図表5 日本の政策金利と10年金利の見通し
日銀、国債買い入れの減額幅縮小を決定~次回利上げのカギを握る米国はスタグフレーション回避の兆候~(愛宕伸康)
出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

 改めて推計式を整理しておくと、被説明変数は10年金利(1990年1月~2024年12月)で、それを政策金利であるコールレート・オーバーナイト物、景気動向指数(先行CI)、消費者物価指数、日銀の国債買い入れ額、日銀の長期国債保有残高を説明変数として推計し、2025年1月以降を説明変数の実績値や先行きの想定値を使って外挿推計しています。


 結果は3月26日のレポートとほぼ変わりません。日銀が10月に0.75%への利上げを実施すれば、10年金利は1.9%近辺まで上昇していくことになります。ちなみに、利上げのタイミングが後ずれすれば、10年金利が1.9%になるタイミングも後ずれすることとなり、政策金利が1%になれば、10年金利は2%に乗ることになります。


 このように、「最低1%」とみられる中立金利まで利上げを行っていくという日銀の利上げスタンスが崩れない限り、いつかは日本の10年金利は2%に到達するとみています。


 ただし、3月26日のレポートの結びを繰り返すことになりますが、10年金利が2%に向けて上昇していったとしても、ファンダメンタルズが良好である限り、株価は崩れないということを付言しておきたいと思います。


(愛宕 伸康)

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