昨今、投資家の皆さんの間で、金(ゴールド)投資が人気です。金に興味を持った理由を尋ねると、高い確率で「有事」という回答が返ってきます。

果たして「有事」だけで、金投資を進めて良いのでしょうか。資産形成が長期のプロジェクトである以上、長期視点の「材料」を見据える必要があります。その長期視点の材料となり得るのが、「中央銀行」なのです。


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※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資 」


中央銀行は金(ゴールド)を重用

 中央銀行は「銀行の銀行」と呼ばれています。通貨を発行したり、物価と雇用を安定させるために金融政策を検討・決定したり、外貨準備高を保有したりする公的な機関です。例えば、日本では日本銀行が、米国では連邦準備制度理事会(FRB)が、それにあたります。


図:中央銀行が保有する外貨準備高の通貨別内訳(世界合計 推計値) 単位:兆ドル
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:IMF(国際通貨基金)、WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者推計

 中央銀行が外貨準備高を積み上げたり、内訳を調整したりするときの動機は、毎年行われている「中央銀行調査」(後に詳細を述べます)の回答結果で、おおむね確認することができます。


 2025年6月17日に結果が公表された2025年度の調査における「外貨準備高の管理に影響を与える要因」を尋ねる質問では、多くの中央銀行が、金利水準(93%)、インフレ懸念(81%)、地政学的リスク(77%)、貿易・関税問題(59%)、予期せぬショックへの懸念(49%)などを選択しました。


 上記のグラフのとおり、各国の中央銀行の多くは外貨準備高の一部を金(ゴールド)で保有しています。中央銀行は全体として、2010年以降、金の保有量を増やし続けています。

中央銀行にとって金(ゴールド)は、ユーロを追い越し、米ドルに次ぐ重要な存在です。


図:中央銀行による金(ゴールド)買い越し量の推移 単位:トン
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 近年は特に、金(ゴールド)の保有量の増加が目立ちます。上記のグラフのとおり、買い越し(購入-売却)量は、2022年に過去最大となり、それ以降はそれと同等の水準を維持しています。2024年は、中央銀行の買い越し量が金(ゴールド)の総需要のおよそ23%に達しました。


金(ゴールド)市場の二種類の「クジラ」

 株式市場では、年金基金などの莫大(ばくだい)な資金を動かす存在を「クジラ」と呼ぶことがあります。それにならえば、全需要の2割を超える購入を続ける近年の中央銀行は、金(ゴールド)市場のクジラだと言えるでしょう。


 大まかに言うと、クジラの特徴は、(1)大規模な資金を動かし、市場に大きな影響を与える、(2)短期ではなく、長期の時間軸で動く、(3)社会情勢に対し、深遠な展望を持っている、と言えます。まさに、巨体が悠然と大海原を回遊するイメージです。


図:金(ゴールド)市場における、二種類の「クジラ」
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:筆者作成

 そのクジラですが、大きく二種類に分けることができると、筆者は考えています。「先進国型」と「新興国型」です。


 金(ゴールド)に対する認識について、先進国型は、歴史的に信用できる資産、無価値にならない資産、最後の拠り所であると、新興国型は、危機時のダメージ緩衝材、世界分断深化時に効果があるもの、国内のリスクを軽減する存在であると、考えている節があります。


 歴史的な時間軸で認識する先進国型のクジラも、リスクが発生することが常態化した国際社会で生き抜くすべとして認識する新興国型のクジラも、金(ゴールド)を、長期視点で見ていると言えるでしょう。


図:金(ゴールド)の国際相場に関わる七つのテーマ(2025年6月時点)
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:筆者作成

 上記のとおり、筆者が提唱する金(ゴールド)市場に関わる七つのテーマにおいて、「中央銀行」は中長期視点のテーマです。

そして、「中央銀行」は、それよりも時間軸が長い超長期視点のテーマである「世界分断」と、深く関わっています。


「ドル離れ・金(ゴールド)寄り」の傾向

 以下は、中央銀行が保有する外貨準備高の通貨別の比率(世界合計)です。2019年以降、米ドルは大きく低下(54%→43%)、ユーロはやや低下(17%→15%)、金(ゴールド)は大きく上昇(13%→19%)、人民元は横ばい(2%→2%)、その他の通貨は大きく上昇(14%→21%)しました。


図:中央銀行全体の外貨準備高の構成(2019~2024年)
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 中央銀行が金(ゴールド)の保有量を増減する動機については、毎年の「中央銀行調査」の回答結果に示されています。


 世界的な金(ゴールド)の調査機関であるワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)は、2018年から「中央銀行調査」を実施しています。調査項目をWGCが作成し、YouGov(ユーガブ。英国に拠点を置く世界規模の調査機関。米大統領選挙など国を挙げた選挙などの際に世論調査を手掛けることもある)の協力のもとで実施しています。


 英語版の調査フォームをアラビア語、フランス語、スペイン語に翻訳し、世界中の中央銀行が回答できるようにしています。2025年の調査は2月25日から5月20日に行われ、73カ国の中央銀行から回答が得られました(回答率は49%。制裁下にある国へは回答を呼び掛けなかった)。


 また、全ての質問において、回答は任意でした。回答結果は、全体、先進国、新興国に分けて示されており、先進国、新興国の分類は国際通貨基金(IMF)の定義に基づいています。


 中央銀行が金(ゴールド)の保有量を増減する動機を問う質問では、危機時のパフォーマンス、長期的な価値保全、インフレ・ヘッジ、効果的なポートフォリオの構築、地政学的リスクに対する分散策、デフォルト・リスクなし、歴史的ポジション、などが多く選択されました。


図:金(ゴールド)保有時の意思決定に関連するトピックは何ですか?(2025年)(複数回答可)
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 特に先進国の中央銀行は歴史的ポジション、新興国の中央銀行は危機時のパフォーマンスを選択する傾向が見られました。また、先進国の中央銀行はほとんど選択しなかったものの、新興国の中央銀行のいくつかは、国際通貨システムの変化の予期、制裁への懸念、金(ゴールド)に対する国民の意識、などを選択しました。


 ここで示した二つのグラフより、近年の中央銀行は全体として、外貨準備高を管理する上で、「ドル離れ・金(ゴールド)寄り」の姿勢を鮮明にしていると言えます。


緩和的な金融政策と各種リスクの拡大を意識

 中央銀行が全体として「ドル離れ・金(ゴールド)寄り」の姿勢を鮮明にしいている背景には、金利水準が低下する可能性があり、かつ一強体制が揺らぐ懸念が生じつつある米ドルを避けつつ、インフレや地政学的リスクなどがもたらすマイナス面の影響を軽減することが期待される金(ゴールド)を選択する、という思惑が強まっていることが挙げられます。


 同調査では毎年、5年後に中央銀行(全体)の各種通貨の保有比率が上昇するか、変わらないか、低下するかを尋ねる質問が行われています(年によって回答した中央銀行の内訳が異なる場合がある)。


 以下は米ドルの保有比率(現在43%)について、です。先進国、新興国を合わせた全体の73%が、低下(低下+大きく低下)すると回答しました。


 低下すると回答した割合の推移を振り返ると、2021年が50%で、2022年が42%でしたが、利下げ(金利引き下げ)の議論が始まった2023年が55%に上昇、利下げが始まった2024年が62%、そして2025年が73%となりました。この間は、米国の金融政策が「利下げ」に傾いたことが、「米ドル離れ」の一因になったと言えるでしょう。


図:5年後、中央銀行(全体)の米ドルの保有比率(現在43%)はどうなると思いますか?
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 一方、以下は金(ゴールド)の保有比率(現在19%)について、です。先進国、新興国を合わせた全体の76%が、上昇(上昇+大きく上昇)すると回答しました。


 上昇すると回答した割合の推移を振り返ると、2021年が38%、2022年が46%でしたが、ウクライナ戦争が勃発した翌年の2023年が62%に上昇、2024年が69%、そして中東での懸念が拡大した2025年が76%となりました。

この間は、世界各国でリスクが強まったことが、「金(ゴールド)寄り」の一因になったと言えるでしょう。


図:5年後、中央銀行(全体)の金(ゴールド)の保有比率(現在19%)はどうなると思いますか?
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

中央銀行の買いは長期視点で続くだろう

 筆者が提唱する、金相場分析を体系立てた「七つのテーマ」において、中央銀行は中長期視点で金相場の動向を左右し得る大変に重要なテーマです。


 今年の調査結果が示したとおり、多くの中央銀行は、金利水準が低下する可能性があり、かつ世界分断がきっかけで一強体制が揺らぎつつある米ドルを避けつつ、インフレや地政学的リスクなどがもたらすマイナス面の影響を軽減することが期待される金(ゴールド)を物色する傾向を強めていると考えられます。


図:2010年ごろ以降の世界分断と高インフレ(長期視点)の背景
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:筆者作成

 今後も中長期視点で、中央銀行は金(ゴールド)相場を支え続ける可能性があります。


 足元、投資家の皆さんの間で、金(ゴールド)投資が人気を博していますが、「有事」だけが、金(ゴールド)相場の動向を説明するテーマではありません。本レポートで述べた「中央銀行」は、大変に重要なテーマです。


 資産形成が長期のプロジェクトである以上、長期視点の「材料」を見据える必要があります。そのためにも、長期視点のテーマである「中央銀行」の動向に注目する必要があるのです。


 まずは、ご自身が「先進国型のクジラ」か「新興国型のクジラ」か、イメージをしてみると面白いでしょう。


図:海外金(ゴールド)現物価格と国内地金大手小売価格の推移(1975年1月~2025年6月)
「中央銀行」というクジラとともに金(ゴールド)長期投資
出所:LBMAおよび国内地金大手のデータをもとに筆者作成

[参考]積立ができる貴金属関連の投資商品例

純金積立

純金積立・スポット購入


投資信託

ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
三菱UFJ 純金ファンド
ゴールド・ファンド(為替ヘッジなし)


国内ETF(かぶツミを利用することで積立が可能)

SPDRゴールド・シェア(1326)
NF金価格連動型上場投資信託(1328)
純金上場信託(金の果実)(1540)
NN金先物ダブルブルETN(2036)


海外ETF(米株積立を利用することで積立が可能)

SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)
iシェアーズ ゴールド・トラスト(IAU)
ヴァンエック・金鉱株ETF(GDX)


(吉田 哲)

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