習近平政権で対米関税交渉を担うキーマン、何立峰副首相が、大阪で開催中の万博にやってきます。日本側はパンダの貸与を要請するようですが、このタイミングで中国の重要人物が日本を訪れる意図はどこにあるのか。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 中国「関税交渉のキーマン」万博で来日へ。パンダ外交の裏で探る日中関係 」
中国「対米関税交渉のキーマン」が大阪万博「中国館日」に合わせ訪日
私はいま、出張先の大阪の一角で本稿を執筆しています。
この地では現在、大阪・関西万博が開催されています。外国人観光客を含め、「万博特需」で大阪周辺は一定程度の盛り上がりを見せており、それなりの景気促進効果もあるように見受けられます。万博参観を機に、ホテルの値段が急騰、大阪中心地のレストランに行列といった光景も散見されます。
また、中国と取引がある現地企業からは「中国語の使い手が万博関連に全部持っていかれて、通訳の業者に頼み込んでも人がいない。中国との打ち合わせなど通常の業務にも支障をきたしている」と嘆いていました。いずれにせよ、1970年(昭和45年)以来、55年ぶりに大阪で開催されている万国博覧会は、この地の経済や人々の生活に影響を与えているように感じられました。
そんな大阪・関西万博に、隣国・中国の要人がまもなくやってきます。
何氏は中国共産党のトップ24人である政治局委員も兼任していて、習近平政権でマクロ経済や産業、金融政策などを統括しています。台湾の対岸にある福建省で約25年勤務していた期間(1984~2009年)、同じく福建省で約17年勤務していた(1985~2002年)習近平総書記とも親しい関係を築き、右腕として仕えました。
副首相まで上り詰めた今、私の見方によれば、何氏の存在感と役割は、習近平政権下の政治局においても際立っています。国内における経済政策もそうですが、トランプ第2次政権が発足して以降、米国との関税交渉を担う統括官も務めているのです。
本連載でも適宜検証してきましたが、5月にジュネーブ、6月にロンドンで行われた米中関税協議においても、中国政府を代表して臨み、米国側のカウンターパートであるベッセント財務長官と向き合っていました。私が把握する限り、習近平国家主席は何立峰副首相に相当程度の権限を与え、「米国との交渉を思いっきりやってこい」と送り出していました。
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日本を含めた国際社会が「トランプ関税」への対応を迫られる中、ある意味「時の人」となっている中国の何立峰氏がこのタイミングで来日することの意味を、私たち日本人は深い次元で理解し、最大限に活用する必要があると考えています。
日本側の要請は「パンダ」だけで良いのか?積み上げられた日中間の課題
日本メディアでもここ数日、何立峰副首相の訪日に関する記事が出てきているようです。以下、いくつかタイトルを拾ってみることにしましょう。
「中国副首相、大阪万博視察で近く訪日へ 日本側はパンダ貸与を要請」、日本経済新聞7/7
「中国副首相、万博で来日へ 自民幹事長、パンダ貸与要請」、時事通信7/7
「中国の副首相、万博で来日へ…自民・森山幹事長がパンダの貸与要請」、読売新聞7/6
「中国の何副首相、万博で来日へ 自民森山氏、パンダ貸与要請」、共同通信7/6
「中国副首相、万博で訪日し森山氏と会談へ 牛肉の対中輸出再開が焦点」、朝日新聞7/7
これらはあくまで一部であり、続報なども散見されますが、昨今の世論として、何立峰副首相が大阪・関西万博に際して来日すること、その際に、日中友好議員連盟の会長も務める森山裕自民党幹事長との会談を調整していること、そして日本側から中国側に対し、ジャイアントパンダの新たな貸与を改めて要請することあたりが何訪日の焦点であるとうかがえます。
中国のパンダに関しては、和歌山県白浜町にいた4頭が今年6月に中国へ返還されました。
しかし、本当にそれで良いのでしょうか?
2024年9月に石破政権が発足し、11月にペルーで日中首脳会談が行われて以来、日本と中国の外交関係には改善の兆しがみられました。日本人の中国短期渡航・滞在ビザ免除措置の再開、中国が東シナ海に設置していたブイの一部撤去、日本製水産物の対中禁輸措置の一部緩和などが含まれるでしょう。
一方で、米中関税協議でもクリティカルマターとして議題に上がっている中国産レアアース(磁石)の輸出規制に関して、中国は昨年来、輸出規制措置を厳格化し、輸出業者に許可申請を求め、担当当局である商務部が承認しなければ輸出できない仕組みを取り入れています。そんな中、電気自動車(EV)へのシフトが進む自動車産業など、多くの日本企業が中国からレアアース磁石を正常に調達できず、生産がストップしてしまっている状況も散見されます。
また、東シナ海の日中中間線の中国側の海域で、中国側が新たな構造物を設置したり、中国軍機による領空侵犯、海警局の船による領海侵入も見られます。さらに、中国における邦人の拘束リスクは、日本企業の対中ビジネス(駐在員だけでなく、帯同家族も)にも心理的、実質的影響を与えています。
これらの状況を総合的に判断した上で、中国とどう付き合うべきなのかということを、政府、民間含めて、真剣に考えていかなければならないのだと思います。
習近平政権の戦略的意図を読み解く
中国は、なぜこのタイミングで何立峰という重要人物を日本に送り込んでくるのか。習近平政権の戦略的意図はどこにあるのか。このテーマに向き合う上で、私が現段階で考えることは次の3点です。
1.中国国内の景気刺激
中国政府は、日本との経済・ビジネス関係を促進することで、中国国内の景気を「外側」から刺激したいと考えています。先週、先々週のレポートで扱ったように、中国国内ではデフレや不動産不況が続き、「内巻式競争」がまん延しています。
今年3月には、何氏と同階級の王毅政治局委員兼外相が訪日し、日中ハイレベル経済対話を開催しています。中国側として、日本との外交関係の改善を通じて、国内経済を何とかしたいというスタンスは、何氏の訪日を直前に控えた現在に至るまで変わっていません。日本側としては、中国側のこういう「国内事情」も十分に加味した上で、ボールを投げ込んでいく必要があるでしょう。
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2.日本の参院選の動向注視
今月末に日本で開催される参議院選挙の動向を注視しています。日本で連日報道、議論されているように、今回の参院選で自公与党が苦戦を強いられ、過半数割れする可能性も大いにある現状は周知の事実です。
しかも、今回何氏を迎え入れる日本側の「カウンターパート」はそんな自民党における司令塔の一人・森山幹事長。何氏は今回の訪日を通じて、自らが日本滞在中に会談する相手、および現政権が、参院選を経て退陣を迫られ、今後の交渉の相手や対日外交の前提や枠組みが変わってしまうシナリオも想定しつつ、慎重に慎重を重ねて言葉を選び、行動していくに違いありません。日本の官民は中国側のそういう思惑も鑑みながら、情勢を注視していくことが求められます。
3.米国との関係における日本の位置づけ
米国との関税交渉を進める中で、日本という米国の同盟国をどう位置付け、利用していくかを考えています。周知のとおり、石破政権で対米関税交渉を担当する赤沢亮正経済再生担当大臣は7回訪米しましたが、現状、トランプ政権は8月1日から対日相互関税を現状の24%から25%に引き上げるとしています。日本側も、「自動車合意なければ全体合意なし」という、米国に対して安易な妥協をしないスタンスを貫いています。
そんな中、自身も米国との関税、およびびその他の協議を密に続ける中国としては、日米間の関税交渉がなかなかうまく進行していない現状を横目に、経済・通商、状況次第では安全保障の分野でも「日米離間」を図るべく、強かに動いていくことでしょう。
今回の何立峰訪日の裏には、中国側のこうした戦略的意図が作用していると私は考えています。
パンダはかわいらしいですが、それだけに目を奪われてはいけません。裏にある中国の意図を冷静に見極めつつ、分析、対応していくことが大切だと思います。
(加藤 嘉一)