「安全資産」…。投資家にとってこれ以上、甘美な響きはないでしょう。
インフレ対策としての金(ゴールド)とその実態
なぜインフレ(物価高)が叫ばれると、金(ゴールド)に関心が集まるのでしょうか。いくつか理由があります。1970年代の二度のオイルショック(石油危機)時の出来事が想起されるため、物価高は相対的な通貨(国民が使用する法定通貨)安であり、その法定通貨安が相対的に無国籍通貨である金(ゴールド)の保有妙味を向上させるため、などです。
図:米CPI(前年同月比)と金(ゴールド)現物価格の推移

上の図は、インフレの指標として多くの市場関係者が注目している「米国の消費者物価指数(CPI)の前年同月比」と、インフレ対策として目される「金(ゴールド)」の価格の推移です。この場合の金(ゴールド)は、世界の金(ゴールド)価格の指標になり得るドル建てです。参照するCPIが米国のものであるため、という理由もあります。
金(ゴールド)がインフレ対策になるのであれば、米国のCPIが上昇した時に、金(ゴールド)価格が上昇したケースが多いはずです。このことを確かめるため、時期を1965年7月から2025年6月までの60年間を四つ(15年間ずつ)に分け、二つの数値の相関係数を算出しました。
図:米CPI(前年同月比)と金(ゴールド)現物価格の相関係数

相関係数は、マイナス1から+1の間で決定します。マイナス1に接近すればするほど、二つの数値の動きは逆の傾向がある(逆相関)、+1に接近すればするほど、同じ方向に動く傾向がある(順相関)、中間の0(ゼロ)に接近すればするほど、関わりがない(無相関)と評価します。
上の表に記した通り、(1)の1965年7月から1980年6月は非常に高い順相関が確認されました。
しかし、(3)と(4)は、インフレ対策として有用だったと評価することはできませんでした(+0.36の相関係数は、順相関をほとんど示唆しない)。なぜ2010年ごろ以降、金(ゴールド)はインフレ対策だ、という思惑通りの結果にならなくなったのでしょうか。金(ゴールド)の神話は崩壊したのでしょうか。
なぜインフレ急伸で金(ゴールド)が下がったのか
先ほどの図「米CPI(前年同月比)と金(ゴールド)現物価格の推移」の右下に記した円の中にある、近年で最もインフレが急伸したタイミングの、米CPIと金(ゴールド)現物価格の推移を確認します。
図:米CPI(前年同月比)と金(ゴールド)現物価格の推移

米CPIは、+1.4%(2021年1月)から+9.0%(2022年6月)まで、急伸しました。急激にインフレが進んだタイミングです。この時の金(ゴールド)現物価格は1866.98ドルから1836.57ドルに「下落」しました。金(ゴールド)は、インフレが急伸する中、下落したのです。
金(ゴールド)はインフレ対策、という思惑と異なる事象が発生した背景を説明する上で、特殊な考え方は一切必要ありません。筆者が提唱している七つのテーマの短中期に分類する「有事ムード」「代替資産(株の代わり)」「代替通貨(ドルの代わり)」がもたらす上昇あるいは下落の圧力(同時発生もあり得る)を相殺するだけです。
2021年1月から2022年6月における最大の下落圧力は、インフレ退治のために行われた利上げによって発生した、ドル急伸(+15.3%)・米10年債利回り急騰(+181.7%)という「代替通貨」起因の下落圧力でした。
図:2021年1月から2022年6月の金(ゴールド)相場変動の背景

2022年2月のウクライナ戦争勃発以降は「有事ムード」のほか、同戦争勃発による株価不安定化を意識した「代替資産」起因の上昇圧力が生じました。また、参照期間を通じて、インフレ時の相対的な通貨安への思惑を意識した「代替通貨」起因の上昇圧力(金(ゴールド)がインフレ対策になると期待する動き)もあったと考えられます。
また、参考数値として記した「円建て金(ゴールド)」は大きく上昇しました。世界の指標であるドル建て金(ゴールド)が下落している中で起きた上昇ですが、これは、米国で利上げが行われて発生したドル急伸や米10年債利回り急騰がきっかけで起きた「急激な円安」が原因でした。
当時の日本のCPIはマイナス圏からようやくプラス圏に差し掛かったタイミングで、米国のような目立ったインフレが発生していなかったこと、そもそも金(ゴールド)の世界の指標はドル建てであることなどを考えれば、当時の円建て金(ゴールド)は「円安で上昇した(インフレによる上昇ではない)」と説明することになるでしょう。
金(ゴールド)は安全と過信して見落とすリスク
米国でCPIが+1.4%から+9.0%に急伸し、インフレが大いに目立ったタイミングで金(ゴールド)が下がったことを説明するためには「七つのテーマ」が有用であると述べました。その七つのテーマの考え方が生まれたタイミングと背景を確認します。
図:インフレを含んだ有事の影響が分離した過程(イメージ)

上の図は、インフレを含んだ有事の影響が分離した過程(イメージ)です。
もともとインフレは、金利上昇とともに、有事発生時に目立つ事象でした。1960から1970年代に発生した、中東戦争(第3次・第4次)、オイルショック(第1次・第2次)、在イラン米国大使館人質事件、イラン革命、旧ソ連のアフガニスタン侵攻など、複数の有事が発生した際、「有事ムードの高まり」と同時に、原油の供給減少懸念が増大して「インフレが目立ち」ました。
そして、金利が上昇して、国債として売られる強い有事が示されました。先述の相関係数の期間(1)で確認した通り、金(ゴールド)価格も、上昇しました。
しかし、2008年のリーマンショックを経て、大規模な金融緩和が断続的に行われるようになり、金融政策を検討・決定する「中央銀行」の影響力が増大しました。特に米国の中央銀行にあたる機関、連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を実施すれば景気が劇的に良くなる、という考え方が刷り込まれ始めました。2010年ごろです。
このことをきっかけとして、中央銀行が操作し得る「金利(上下)」と、それと関わりが深い「インフレ」が、有事の影響から切り離されたと筆者は考えています。そして切り離された要素と、その他さまざまな事象の影響を受ける「株価(上下)」が、「有事ムード」「代替資産」「代替通貨」の三つのテーマに集約されたと考えられます。
現在の七つのテーマは以下の通りです。「昔の有事」由来のテーマは、短中期のテーマの三つとして据え置かれています。中長期に置いている「中央銀行」は、金融政策を行う機関としてではなく、対外的に何かあった時に備えて蓄えておく外貨準備高を積み上げる存在として、記載しています。
中央銀行の影響が大きくなったことによって、有事の影響が変化したことを認識することは大変に重要です。このことによって、インフレが急伸しても金(ゴールド)相場が上昇しない場合があることを、認識できるようになります。
引いてはこれが、有事でも金(ゴールド)相場が上昇しない場合があること(ウクライナ戦争勃発から半年間、など)、株価と金(ゴールド)相場が同時に上昇する場合があること(2009年から2011年、2024年から2025年など)、という過去の常識で説明しにくい事象を説明できるようにしてくれます。
この認識がないまま、現代の金(ゴールド)相場と対峙(たいじ)することは、リスクを伴う行為であると、筆者は考えています。
図:金(ゴールド)の国際相場に関わる七つのテーマ(2025年7月時点)

インフレ対策としてのコモディティ指数とプラチナ
インフレは二種類あります。景気が過熱感を帯びる中で需要が増加して起きる「ディマンド・プル」インフレと、コモディティ(国際商品)価格が上昇し、それによりさまざまなコストが上昇して起きる「コスト・プッシュ」インフレです。米国のCPIがインフレ傾向を示す時、どちらかが根拠になっています。同時進行もあり得ます。
また、多くの市場関係者が注目する米国のCPIは、多くの場合、「前年同月比」です。文字通り、前の年の同じ月と比べてどうか、という数値です。
近年、統計データを収集・分析をする際、前年だけでなく、「前々年同月比」を確認する機会が増えているようです。より長期視点の傾向を把握する意図があると、考えられます。その意味では、資産形成という数十年単位に及ぶ場合があるプロジェクトにおいては、前年同月比(前々年同月比も含めて)ではなく、実数値を確認する必要があるかもしれません。
以下は、主要なコモディティ銘柄の実数値です。過去と比較した比ではなく、長期的な流れ(大局)を確認することができます。この実数値で見ると、エネルギー(左上)、農産物(右上)、穀物(左下)、貴金属(右下)、いずれも2010年以降、長期視点の「底上げ」が発生しています。
図:主要なコモディティの価格推移

インフレというと、前年同月比で測るもの、という認識がまだ一般的かもしれません。ですが、コスト・プッシュ型のインフレの根本原因であるコモディティ価格の推移は、実数値で確認する場合がほとんどです。
以前の「2025年以降のマーケットをコモディティ(国際商品)の観点から解説」で述べた通り、筆者は長期視点でこの底上げは続くと考えています。インフレ対策として「インフレそのものを利用する」「インフレをインフレで対策する」などのアイデアも一計かもしれません。
また、金(ゴールド)よりも割安な「プラチナ」の積み立ても、長期視点では有用であり、インフレ対策になり得ると、筆者は考えています。プラチナ積み立ての魅力については、「S&P500指数の取引のお供に金(ゴールド)とプラチナを」で述べています。ぜひ、ご覧ください。
2025年7月15日: 2025年以降のマーケットをコモディティ(国際商品)の観点から解説
2025年7月8日: S&P500指数の取引のお供に金(ゴールド)とプラチナを
[参考]コモディティ(全般)関連の具体的な投資商品例
投資信託
SMTAMコモディティ・オープン(NISA成長投資枠 対象)
ダイワ/「RICI(R)」コモディティ・ファンド
iシェアーズ コモディティインデックス・ファンド
eMAXISプラス コモディティインデックス
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Aコース(為替ヘッジあり)
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Bコース(為替ヘッジなし)
海外ETF
Direxion オースピス・ブロード・コモディティ戦略 ETF(COM)
iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)
ファーストトラスト グローバル タクティカル コモディティ戦略ファンド(FTGC)
(吉田 哲)