7月20日に行われた第27回参議院選挙で自公連立与党が過半数を割り込む敗北を喫しました。結果として、野党が求める減税などを織り込みながら財政拡張路線が一段と進む可能性が高まっています。
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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 日本政治の四分五裂、無節操な財政拡張が債券自警団を呼び覚ますか 」
2025年参議院選挙、与党大敗で過半数割れ
7月20日に投開票が行われた第27回参議院選挙で、予想通り、自民・公明の連立与党が過半数を割り込む大敗を喫しました(図表1)。自民党を中心とする政権与党が衆参両院で過半数を割り込むのは、1955年の結党以来初めてです。
<図表1 2025年参議院選挙の結果>

予想通りとはいえ、これで日本の政治が四分五裂(ばらばらに分裂し、統一性を失って混乱状態になること)するリスクが高まり、財政拡張路線が一段と進む可能性があります(図表2)。金融市場にはどのような影響が出るのでしょうか。以下では特に悪影響が懸念される長期金利に焦点を絞り、考えてみます。
<図表2 各党が掲げた選挙公約>

長期金利の決まり方
最初に、長期金利の変動要因を、簡単に整理します。長期金利の決まり方については、さまざまな説明の仕方がありますが、最もシンプルでオーソドックスな、短期金利とタームプレミアムに分けて説明します(図表3)。
短期金利は、無担保コールレート(オーバーナイト物)が代表的な指標であり、日本銀行がそれに誘導目標を定めて、金融調節を行うことによってコントロールしています。厳密には、長期金利に影響を及ぼすのは短期金利ではなく、将来の短期金利に対する期待値ですが、ここでは単に短期金利としています。
図表3 長期金利の決まり方

タームプレミアムとは、将来の不確実性に対する補償のことで、例えば図表3に示した景気やインフレの先行きに対する見通しや、財政政策に対する信認の度合いなどが大きく影響します。
一方、放漫財政によって国の信認が低下しても長期金利は高まりますが、そうした信認低下による長期金利の上昇を「悪い金利上昇」と言います。良い金利上昇ではファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が良好なので株価指数も上昇しますが、悪い金利上昇では国の信認が毀損(きそん)しているわけですから、通貨が売られ株価指数も下落します。
記憶に新しい出来事で言うと、2022年9月にイギリスで発生したトラス・ショックがあります。リズ・トラス首相が唐突に発表した約450億ポンド(当時の為替レートで換算して約7兆円超、財源の裏付けなし)の大型減税を受けて、長期金利(10年物)が3週間の間に1%以上急騰し、ポンドは対ドルで2週間の間に約10%急落しました。
株価(FTSE100)は、ポンド安による輸出企業への恩恵や多国籍企業が多い株価指数の構造的特徴から、深刻な急落とはなりませんでしたが、セクター別には株価の反応に大きな差が生じ、特に金融・不動産関連株は急落症状となりました。トラス首相は責任を取って在任わずか49日で辞任しました。
最近の長期金利の動向とその評価
日本の債券市場でも、今回の参院選で与党が敗退し財政拡大圧力が強まるとの見方から、特に海外投資家の保有ウエートの高い超長期の金利で上昇圧力が高まっていました。図表4は、日本の10年金利、20年金利、30年金利の2000年以降の推移です。
<図表4 日本の長期金利>

図表4の10年金利を見ると、直近値(7月17日)は1.568%で、日本銀行が今と同じ政策金利0.5%を維持し、景気拡大局面だった2007年2月から2008年8月(リーマンショック前)までの平均値1.59%とほぼ同じ水準に上昇しています。その当時と今の変動要因(図表3の(1)、(2)、(3))を比較したものが図表5になります。
<図表5 長期金利の変動要因、2007~2008年との比較>

最も大きな違いがあるのは一番右の消費者物価指数の前年比です。これが当時は平均0.7%程度だったにもかかわらず10年金利は約1.6%程度だったわけですから、当時とほぼ同水準の今の10年金利は、インフレ期待の強さを十分に織り込めていない可能性があります。
一方で、インフレや財政リスクへの意識が相対的に強いと思われる海外投資家の売買比率が高い20年金利と30年金利では、前者は直近値(2.579%<2025年7月17日>)が約0.4%、後者は直近値(3.094%<2025年7月17日>)が約0.7%、2007年2月から2008年8月までの平均値を上回っています。
こうした上振れ幅の中には、図表5で見た10年金利に完全には織り込まれていないインフレ期待のほか、すでに市場が警戒している財政リスクプレミアムが含まれていると考えられますので、そこから類推するに、10年金利にはそれだけ上振れリスクが潜在しているとみることが可能です。
日本の10年金利の見通し
こうした状況の下、筆者の推計を前提にすれば、仮に日本銀行が年内利上げを行わなくても、日本の10年金利は今年の年末にかけて1.7~1.8%に上昇して行く可能性が高いとみられます(図表6)。
図表6は、以前にも紹介したことがありますが、日本の10年金利を、無担保コールレート・オーバーナイト物、景気動向指数(先行CI)、消費者物価指数(生鮮食品およびエネルギー除く)、日銀の国債買入額、日銀の長期国債保有残高などで推計した結果です。
<図表6 日本の10年金利の推計>

これを基に、日銀が年内利上げをしないとの前提で先行きを外挿すると、今年の年末にかけて日本の10年金利は1.7~1.8%に上昇するという結果になります。さらに来年1月に政策金利が0.75%に引き上げられると、1.9~2.0%に上振れる見通しです。
長期金利急騰のテールリスク
しかし、参院選での与党大敗によって、今後の財政政策運営が予想以上に積極的なものとなり、市場が財政の長期的な持続性に疑念を抱くようなことになれば、長期金利が跳ね上がるリスクを警戒する必要があります。
ムーディーズ・レーティングス日本国債担当のクリスチャン・ド・グズマン氏は、週刊エコノミストのインタビューに答えて、以下のように発言しています。
- 日本の状況を一言で言えば、巨額の政府債務というリスクを抱えているが、国債の多くが国内市場で自国通貨建てで保有され、かつ比較的低金利である点などにより債務負担能力(借り換えのしやすさ)が高く、バランスをとっている。このバランスが顕著に崩れれば、格付けの再検討に入ることになるだろう。
- 我々が着目するのは、財政の長期的な持続性に対するコミットメントが維持されるかどうかだ。
- 経済成長の鈍化による税収の低迷、大幅な減税などによって、日本の投資家が国債に対する信認を失う事態になれば状況は変わってくる。金利上昇が現在の超長期国債だけでなく中期や短期の国債金利にも及んでくれば、政府の債務返済負担が大きくなるため、我々は国債格付けを再考することになるだろう。
(出所)週刊エコノミスト(2025年7月15日号)
繰り返しになりますが、今後の金融市場を占う上での最大のポイントは、長期金利の動向だとみています。もっと言うと、長期金利の無秩序な変動を引き起こさないための国債に対する信認の維持であり、その信認を維持するための政府による財政の持続性に対する確固たるコミットメントです。
今のところ、日本の名目国内総生産(GDP)成長率は長期金利の水準を大幅に上回って推移しています(図表7)。これは、「経済成長率が金利よりも高ければ財政は発散しない」という、財政の安定性を評価する際の基準である「ドーマー条件」を満たしていることを意味します。
<図表7 日本の長期金利と名目GDP成長率>

しかしながら、無節操な財政政策が国債の信認低下につながり、あるいはつながらなくても国債市場の需給バランスが一時的に崩れ、長期金利が一瞬跳ね上がることによって売りが売りを呼ぶ状況が現出するようなことになれば、長期金利の無秩序な上昇が発生するリスクがあります。
もちろん、図表7の状況を踏まえれば、今のところ「テールリスク」(起きる可能性は低いが、起きると影響の大きいリスク)と見ていますが、グズマン氏が指摘するように、財政の長期的な持続性に対するコミットメントが軽視され、投資家の国債への信認が揺らぐ事態となれば状況は変わってきます。
そうなれば、長期金利が急騰することによって財政リスクの高まりに警鐘を鳴らす、いわゆる債券自警団を呼び覚ますことになるかもしれません。
(愛宕 伸康)