日米通商交渉の「歴史的合意」報道で、市場に安ど感が広がり、日経平均が急騰しました。しかし、その裏には、日本にとって「吉」と出るか「凶」と出るか予測不能な80兆円もの対米投資の約束が潜んでいます。
トランプ関税、日本へ15%
トランプ大統領は22日(日本時間23日)、日米関税交渉で歴史的合意に達したと発表しました。石破茂首相も合意が成立したと発表しています。合意内容の詳細について両者でやや食い違いがありますが、大枠では合意が成立したと考えられます。概要は以下の通りです。
<日米通商交渉の合意内容>

日本への相互関税15%・自動車関税15%は、現時点で米国の貿易主要相手国の中で、一番低い税率です。その通りとなれば、日本にとって大きなメリットがあります。
自動車関税について、もし日本だけ15%に下げ、欧州連合(EU)や韓国の税率が下がらないとすると、米国市場において日本車がドイツ車や韓国車に対して相対有利になります。EUや韓国はそれでは困るので米国との関税交渉で合意を急ぐ必要が生じます。
対日関税15%は、このように日本にとってメリットが大きいものの、その見返りとして日本が約束したと発表された内容は、けっこう重いものです。対米投資5,500億ドル(約80兆円)を約束したことになっています。また、自動車、トラック、コメ、一部農産品で日本の市場開放をするとしています。
対米投資と市場開放について、大筋合意したものの、詳細は詰められていません。細かい内容について、双方に思い違いがないか、今後、検証されることになります。
米国のベッセント財務長官は23日、日本が市場開放について合意内容を履行しているか四半期ごとにチェックし、日本の対応にトランプ大統領が不満の場合は、日本への相互関税が25%に戻る可能性があると話しています。
対米投資80兆円、吉と出るか凶と出るか
対米投資5,500億ドル(約80兆円)は極めて重い内容です。日米合意がなくても、日本企業はこれまでもこれからも、成長市場である米国へ積極的に投資していくことは明らかです。80兆円くらいはやっていくと考えられます。
問題は、その中身です。トランプ大統領の発表では、「大統領の指示による投資」とされています。その通りならば、民間企業が「リスクが高過ぎる」としてちゅうちょする投資もトランプ大統領の指示により日本企業が実行しなければならないことになります。
ホワイトハウスのレビット報道官の発表によると、日本による投資をトランプ大統領は「エネルギーや半導体、重要鉱物、医薬品、造船などに振り向ける」としています。うまくいけば、日本企業が米国で大きな成長を手にする可能性がある半面、失敗すれば巨額の損失を被るリスクもあります。
当然、日本企業に技術力がある分野で、投資の要請が来るはずです。その要請に日本企業がそのまま応じられるか分かりません。
それでうまくいく場合と、そうでない場合があります。
トランプ大統領が投資を要請する案件には、以下三つのカテゴリーが考えられます。
<トランプ大統領が要請する可能性がある対米投資:三つのカテゴリー>

上の表で、カテゴリー1に該当する投資が要請されれば、日本企業にとって大きなチャンスです。良い投資案件があっても、米国政府の許認可を得るのが難しい場合があります。米国政府からの要請で投資するならば、スムーズに投資が進められる利点があります。
カテゴリー2に該当する案件も、日本政府が思い切って保証をつけることで投資が進めば、良い結果がもたらされることもあります。
問題は、カテゴリー3です。このカテゴリーでは投資を強行できません。こういう投資要請が次々と来る場合は、なぜ投資できないか日本政府は合理的に説明する必要があります。その説明にトランプ大統領が納得するか、分かりません。
対米投資のリスクについて筆者の印象
日本による対米投資を振り向けたいとトランプ大統領が関心を持っている分野は「エネルギーや半導体、重要鉱物、医薬品、造船など」です。高関税をかけても米国内で代替生産ができるかどうか分からない分野に関心を持っていると考えられます。
【1】エネルギー
アラスカでの原油・ガス開発への巨額投資を要請してくることが、ほぼ間違いありません。トランプ大統領は、原油・ガスについてこれまでの環境規制を緩和し「掘って掘って掘りまくれ」とハッパをかけています。
ところが、思うように開発投資は増えていません。原油価格が下がってしまったこともありますが、それだけではありません。開発リスクが低く、容易に増産が可能な地区(パーミヤンなど)が、米国内で少なくなってきていることも影響しています。リスクの高い新規開発をやらないと大幅な増産は望みにくくなってきています。
そこで、ややリスクの高いアラスカでの新規開発を、日本や韓国の投資によって実現しようとしているわけです。
アラスカで巨額の資金を投じて開発をすべきか、事前のフィールド調査によって決まります。その結果、有望な地区が見つかれば良いが、そうでない場合は開発を断念すべきと判断が出ることもあります。そういう場合にどう対応するか、慎重な検討が必要です。
【2】半導体
日本は半導体材料や半導体製造装置で、世界的に高い競争力を有しています。
【3】重要鉱物
レアアースやレアメタル(リチウムなど)、銅、カリウムなど重要鉱物の米国内生産を増やすことを、トランプ大統領は急いでいます。重要鉱物を海外からの輸入に頼っていることが、関税交渉上の弱点となっているからです。そこに日本からの投資を期待していると思われます。
トランプ大統領は、ハイテク製品の製造に不可欠なレアアースの供給を中国に頼っていることが、米国の重大な弱点であることを思い知らされました。米国優位で進んできた米中関税交渉で、中国がレアアース7種の禁輸を持ち出してから一気に形勢逆転したからです。
レアアースの世界生産の約7割、製錬ベースでは9割超を中国が握っています。中国が禁輸を持ち出すと、電気自動車(EV)ほか世界のハイテク製品の生産が止まってしまう問題があります。米国は近年、レアアース開発・生産を急いでいますが、まだ世界生産で約14%のシェアにとどまります。米国で生産したレアアースでも、環境負荷の大きい製錬については、中国に一部依存しています。
トランプ大統領は、日本と共同でレアアースの開発を進めることを要請してくると思われます。レアアースの開発には、長い年月とコストが必要でリスクの高い投資となります。
ただし、日本自身も、中国にレアアースを依存している問題の解決策として、中国以外からの供給ルートを増やすことを必死に考えているところです。その意味で、米国と共同でレアアース開発を進める意味はあります。開発リスクについては、慎重な検討が必要です。
銅の開発では、日本の総合商社や非鉄大手に、目利き力があると思われます。中南米での開発で巨額の減損を出したものの、その成果として中南米での開発・生産立ち上げに成功したからです。十分なノウハウがあるので、米国内での銅鉱山開発の成否を検討する価値があると思います。
開発メリットがあると判断できる地域で、優先的に開発権が付与されるならば、メリットがあります。
その他、さまざまな重要鉱物について、開発を持ちかけられる場合、投資リスクについて慎重な検討が必要です。
【4】医薬品
米国はドイツから大量に医薬品を輸入しています。トランプ大統領は、そこに高関税をかけてブロックした上で、米国内で製造することをもくろんでいます。
ただし、日本企業に何が求められるのか現時点で分かりません。特許で守られている医薬品は、勝手に第三者が製造することはできません。
トランプ大統領は、米国内での医薬品価格の大幅引き下げを目指しており、医薬品製造で米国に参入するメリットがあるか、慎重な検討が必要です。
【5】造船
日本はかつて造船業で世界トップでしたが、今は中国と韓国に抜かれて世界3位です。トランプ大統領は、世界の海運業で使われている船舶の多くが中国製であることを、安全保障上の脅威と捉え、米国での製造を目指しています。そこで、日本に期待がかけられています。
日本は、LNGタンカー、LPGタンカー、自動車輸送船など高い技術と品質が必要とされる船舶では、高い競争力があります。ただし、造船業が廃れて長い年月を経た米国での生産にシフトできるか、分かりません。
また、大型タンカーやコンテナ船、ばら積み船では、中国が圧倒的なコスト競争力を有しており、それに対抗できるか分かりません。
以上は、日本に求められる投資がどういうものか分からないまま、私が雑ぱくな感想を述べただけです。今後、さらに詳細な内容が分かりましたら、もっと詳しく分析します。
日経平均、年末4万4,000円の予想維持
日米関税交渉合意のニュースを受けて日経平均株価は急騰しましたが、関税交渉のニュースだけで日経平均が上昇したとは考えていません。
5月以降、世界景気ソフトランディングの見通しが増える中、外国人投資家は、財務内容との比較で割安な日本株で、自社株買いが急増していることを評価して、グローバルポートフォリオの中で、日本株の組み入れを増やす動きを続けてきました。
関税ショックが一定範囲でとどめられる見通しが出たことを受けて、外国人の買いが加速したと考えられます。
まだ、関税ショックが終わったわけではなく、予断を許しませんが、それでも中長期的に日本株が見直される流れは続くと予想しています。以下、昨年末に私が作成した2025年の日経平均予想と、これまでの実際の動きを比較したチャートをご覧ください。
<2025年の日経平均予想(2024年末作成)と、実際の動き>

昨年末、私は2025年の日経平均は、「年初、トランプ関税ショックで3万7,000円まで下がるが、年末には世界景気ソフトランディングを受けて4万4,000円へ上昇する」と予想しました。大きな流れとしては、私の想定通りに進んでいると考えています。
年末、日経平均が4万4,000円へ上昇する予想を維持します。
(窪田 真之)