米半導体大手エヌビディアの創業者であるジェンスン・ファンCEOが7月中旬、今年3回目の訪中を行いました。中国滞在中、ファン氏は中国語であいさつをしたり、中国の服を着たりと、中国市場に寄り添う言動を展開しました。
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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 エヌビディアCEOが今年3回目の訪中、米中対立のはざまでどう生きる? 」
ファンCEOが今年3回目の訪中
米半導体大手エヌビディアの創業者、ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)が7月中旬、中国を訪問しました。今年に入って3回目の訪中となります。7月16日に開幕した「中国国際サプライチェーン博覧会」に出席することが一つの目的だったようです。
ファン氏が同博覧会に出席するのは初めてのこと。1963年生まれ(今年62歳)のファン氏は台湾出身で、5歳の時に家族とともにタイへ移住。その後、9歳で親元を離れ米ワシントン州に移り、その後は米国で生活しました。1984年にオレゴン州立大学で電気工学の学士号を、1992年にスタンフォード大学で電気工学の修士号を取得しています。それから間もなく、30歳の誕生日に当たる1993年2月17日、エヌビディアを共同設立し、現在に至るまでCEO兼社長を務めています。
ファン氏によれば、エヌビディアが中国でビジネスを始めて20年以上の月日を経て、同社は北京、上海、深セン、香港に研究開発、セールス、技術メンテナンスなど複数の分野に跨る形で、約4,000人のスタッフを抱えているとのこと。毎年中国にやってきて、中国の春節(旧正月)を中国の同僚たちと共に祝うのを楽しみにしている、とCCTV(中国中央電視台)の著名キャスター董倩氏との英語によるインタビューの中で語っています。
後述するように、台湾出身で、その生い立ちや風貌から「中国」とゆかりのあるファン氏は、その点をエヌビディアの中国市場戦略に存分に活用しようとしているように見受けられます。
博覧会での演説では、冒頭と最後に中国語であいさつをし、かつ、普段着用している黒皮のジャケットではなく、唐の時代の漢服を身にまとって登壇していました。明らかに、自らがスポットライトを浴びるのが必至だと分かり切っている状況下で、中国の聴衆に対して、自らが中国の市場や社会を尊重し、中国の人々に寄り添おうとしているスタンスをアピールしていたとみるべきでしょう。そんなファン氏の心境、あるいはエヌビディアの戦略を、随所で感じさせられました。
シャオミとの協力。ファーウェイへの称賛。中国に寄り添った?
前述した中国の国営テレビCCTVとのインタビュー番組(番組名『面対面』、約40分)において、ファン氏は、サプライチェーンがいかに世界各国の企業をつなげているかということ、サプライチェーンを通じた相互依存関係というのは切っても切れないものであること、そして、中国がグローバルサプライチェーンの中で極めて重要な存在であり、役割を果たしていること、などを随所で強調していました。
ファン氏がサプライチェーンエクスポに出席することを主目的に訪中しているという背景、そしてより重要なポイントとして、米国のトランプ大統領が中国を含めた主要国に対して追加関税を発動している昨今の状況下において、グローバルサプライチェーンを破壊しているのは超大国である米国であり、中国は主要経済国と連携して、場合によっては先頭に立って、必死にそれを阻止している存在なのだという点を、CCTVはファン氏へのインタビューを活用する形で、国内外にアピールしたいということなのでしょう。
CCTVは中国共産党の意向や立場を忠誠的に体現する官製メディアです。その報道ぶりから、中国共産党とエヌビディアは、その思惑と戦略という点において、ある意味、一心同体の関係にあるとすらいえるのかもしれません。
ファン氏がインタビューの中で、新興の中国企業や起業家について具体的に提起していたのも興味深かったです。そこには、ファーウェイ、シャオミ、アリババ、百度、DeepSeek、美団(Mei Tuan)、テンセント、BYDなどが含まれていました。
今回の訪中で、ファン氏はシャオミの創業者雷軍氏とも会っています。それに関して、ファン氏は「われわれはシャオミが創業した当初からの長年の付き合いだ。一緒にスマートフォンを作ったこともある。昨今では、AIを共同開発し、その中には自動運転車も含まれる」と紹介しています。
そして、ファン氏が「競争相手」とするファーウェイに関しては、「エヌビディアよりもはるかに規模の大きい企業だ」とした上で、スマートフォン、AI、自動運転車、チップといった分野で、秀でた人材や技術を有していると褒めちぎっていました。また、エヌビディアがいようといまいと、来ようと来まいと、中国の技術や市場は成長していくと、同業者たちの競争力や中国市場のポテンシャルを持ち上げていたのが印象的でした。
それでも米中対立に巻き込まれ続けるエヌビディア
今回の訪中や滞在期間中における各イベントにおいて、ファン氏が中国の市場や世論に対して具体的な言動をもって寄り添おうとした一つの背景には、ファン氏自身が訪中に際してCCTVを含めた中国メディアに自ら語ったように、エヌビディアが中国向けに開発した、性能を落としたAI半導体チップ「H20」の中国への輸出再開の許可が、米商務省から下った経緯が挙げられるでしょう。
これから「H20」が再び中国市場へ輸出される流れを見込んで、ファン氏は訪中期間中、中国市場を重視するさまざまなメッセージを送り続けました。それは単に企業や市場向けではなく、中国政府も関与していました。
7月17日、中国商務部の王文涛部長がファン氏と会談し、「中国が外資を誘致する政策は変わらない。
中国政府として、エヌビディア、そしてファン氏を味方につけることで、中国のAI半導体分野を盛り上げると同時に、各国に対して関税などで経済的圧力をかけているトランプ政権を牽制し、中国こそが市場開放を通じてグローバルサプライチェーンを守ろうとしているのだというナラティブ(物語)をつくろうとしているのでしょう。
そんな中、米議員らがエヌビディアを含めた先進AI半導体チップメーカーに対し、位置情報追跡機能の搭載などを義務付けようとしているのを受けて、7月31日、中国サイバースペース管理局(CAC)が、エヌビディアを呼びつけ、「中国に販売されたH20チップの脆弱(ぜいじゃく)性とバックドアのセキュリティーリスクについて説明し、関連する裏付け資料を提出するように」求めました。
上記一連の流れを見ながら、私は三つの点を示唆としてくみ取りました。
一つ目が、訪中期間中「ハイパフォーマンス」を見せたファン氏からすれば、意表を突かれた形になったということ。CACとの面談を受けて、エヌビディアは7月31日、「当社の半導体チップには、誰かがリモートでアクセスしたり制御したりできる『バックドア』はない」と声明を出しましたが、今後の展開は不透明だということ。
二つ目が、ファン氏訪中に際して、中国に寄り添う姿勢を鮮明に打ち出すファン氏を取り込むべく動いた中国政府や公的機関も、物事を一筋縄に進めるつもりはないということ。エヌビディアを漠然と信用するのではなく、特に米国政府との連動において、同社の動向を密に注視しながら、中国国内で同社をどう扱うかを慎重に見極めていくでしょう。
三つ目が、エヌビディアは引き続き米中対立に巻き込まれる運命にあるということ。関税協議が紆余(うよ)曲折を経ながらも進む中、エヌビディアは米中それぞれの当局に対して、引き続き独自の「ロビイング」を仕掛けながら、自らの権益を確保すべく動いていくでしょう。米中がどこまで健全な対話をし、安定的に関係をマネージするかは、エヌビディアという、「中国」に一種のゆかりを持つ米国企業の命運を左右し得るということです。
エヌビディアという先進的なAI半導体企業に関心を持ち、投資する市場関係者は、「米中対立のはざまで、エヌビディアはどこまで生き残れるか」という視点を持ちながら、ポートフォリオを組み立てるとよろしいかと思います。
(加藤 嘉一)