米国と中国が、8月12日に期限を迎えた24%の関税適用の停止措置をさらに90日間延長する旨で合意しました。対話を続ける米中ですが、日本や欧州連合(EU)などとは異なり、関税協議全体を巡る合意には至っていません。
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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米中貿易戦争は「休戦」継続、合意なき対話の行方は? 」
米中が関税適用の停止措置延長を発表。両国指導部の「距離感」に注目
世界経済の行方に切実な影響を与える米国と中国の関係に「動き」がありました。両国政府は8月12日(北京時間)、同日に期限を迎えていた24%の関税適用の停止措置を、さらに90日間延長する点で合意しました。また、両国は、同じタイミングで同じ内容の声明文を発表しています。
5月のジュネーブ合意、6月のロンドン協議を経て、7月下旬にはストックホルムで3回目となる交渉が行われ、中国側からは何立峰(ホー・リーフォン)副首相と李成鋼(リー・チョンガン)商務部次官、米国側からはベッセント財務長官とグリア通商代表部(USTR)代表が出席しました。
協議終了後、中国側は、90日間の「休戦」をさらに延長することで合意したと主張しました。米国側も同様の内容を表明しましたが、トランプ大統領が最終判断を行うと説明していました。
昨今の米中関係を観察・理解する上で、両国政府指導部の意思決定プロセスに横たわるこの微妙な温度差は重要です。この「温度差」は、最高指導者と交渉統括官、すなわち中国における習近平国家主席と何立峰副首相、米国でおけるトランプ大統領とベッセント財務長官との間の「距離感」に起因していると私は考えています。
中国の何立峰副首相は、米国のベッセント財務長官と比べて、交渉において自分で物事を決められているように見受けられます。つまり、習近平国家主席から全権を委ねられているということです。
中国の動向を観察しているウオッチャーの多くは「習近平は絶対的な権力者で、権力を自身に一極集中させている。全ては習近平が一人で決めており、誰も逆らえない」という具合に昨今の中国共産党の指導・統治体制を理解しているでしょう。
その理解自体は間違いではないと思います。
大事なポイントは、習近平氏に権力が一極集中していて、チャイナ・セブンと呼ばれる政治局常務委員や、その他の委員、および閣僚や次官ら指導部を構成する人員たちが、習氏、というよりは党指導部の立場や意思を着実に実行している(しなければならない)からこそ、実質的に習近平氏の「特使」として派遣される人員に全権が付与されるという構造にこそ見いだせるのです。
逆に言えば、習氏は自らが信頼していない人間を、海外に送り込み、しかも米国という最も重要な相手国との交渉に臨ませたりしません。米国側との協議に当たり、習近平氏は何立峰氏に、方針と原則を明確に伝え、細かいことは任せていたとみるべきでしょう。
翻って、ベッセント財務長官は、交渉相手の何氏以上に自国のトランプ大統領に気を遣いながら、慎重に物事を運ばざるを得なかったということです。ディールメイカーとしての気質に起因するのか、性格に由来するのかはともかく、トランプ氏の発言や行動は状況や場面次第でコロコロ変わります。
さる状況下、ベッセント氏としては、自らが米国政府を代表してきているとしても、自分では決められず、トランプ氏がゴーサインを出すまではイエスとは言えない、ということでしょう。今回も、トランプ氏が最終的に大統領令に署名をして、両国政府は正式に声明を発表するという段取りを取っています。
意思決定プロセス、統治機構の安定性(透明性ではなく)という意味では、中国側の方が一貫していて、強固であるといえます。
一方、米国側は米国側で、相手との駆け引きを通じて交渉の主導権を握ろうとするトランプ氏の手腕が際立っており、百戦錬磨のようにも映ります。両国間に横たわるこれらの温度差や距離感を巡る構造が、今後の米中関係や関税協議にどう影響していくのか、注視していく価値があると思っています。
戦略的競争関係にある米中の交渉は一筋縄ではいかない
今年1月20日に第2次トランプ政権が発足し、それから間もなく「トランプ関税」が発動され、日本を含め、対米黒字国を中心に、米国との相互関税などの交渉に翻弄(ほんろう)されるようになりました。
中でもマーケットから注目され、警戒もされていたのが中国との関税交渉です。
「トランプ関税」発動後、中国側も徹底抗戦の姿勢で臨み、一時は相互に課した追加関税率が3桁まで上がりました。そこから、おそらく大方の予想に反して、米中それぞれの代表者が5月にジュネーブに集まりました。追加関税率をそれぞれ115%引き下げることで合意し、90日間の休戦が決定しました。
電撃的ともいえる交渉でしたし、トランプ関税への対応で「中国が一番進んでいる」という印象すら与えました。
その後、6月にもロンドンで協議を行い、関税協議だけでなく、中国から米国に輸出されるレアアース、米国から中国に輸出される半導体などを巡っても、双方間で一定の妥協と歩み寄りがみられました。そして、90日という期限を迎える8月12日に向けて、ストックホルムで3回目の協議が行われたという流れです。
結果は前述した通り、90日間の期限再延長でした。
この結果をどう読み解くかですが、米中双方が対話を重ねてきた中で、貿易戦争が再燃するのではなく、引き続き休戦という体裁を取ったのは一つの成果だと思います。世界経済やマーケットにとっても「悪くないニュース」だといえます。
一方、日本や英国を含め、期限前にトランプ政権と合意した国とは異なり、米中は依然として、今後の相互関税をどうするか、具体的には、24%の関税適用をどうするのかを巡って、合意に至っていないわけです。
対話は続けているが、合意には至らない。
私から見れば、まさに米国と中国が戦略的競争、よりシンプルに言えば、覇権争いを繰り広げているのを如実に反映しているのが、この「合意なき対話」という現状です。
米中は、経済、軍事、先端技術、教育、地政学、人権、発展モデル、政治体制など、我々が想像できるほぼ全ての分野で競争関係にあり、関税交渉一つをとっても、一筋縄ではいかないのです。さまざまな要素を考慮しつつ、関税率という数字をそろばんではじき出さなければならないからです。
米中関係の本質は覇権争いであり、双方の間には戦略的不信という構造が横たわっている、故に、合意に至るプロセスは容易ではない、という前提で、両国間の関税協議を見守っていく必要があると考える今日この頃です。
次の期限は11月10日。トランプ・習近平会談との連動に要注目
最後に今後の見通しです。
8月12日に米中両国政府によって発表された声明に基づき、24%の関税適用の停止措置は11月10日まで延長されることになりました。
私の理解によれば、米中両国政府は、2025年下半期に、首脳間の対面での会談を行うべく準備を進めてきています。どちらかがどちらかの国を訪問するか、第三国で会うか、選択肢はこの二つです。
関税協議と首脳会談は当然相互に影響し合っています。基本的な考え方としては、関税協議が前進した結果として、首脳会談が実現するのか、あるいは、首脳会談の開催を通じて、関税協議が前進するのか。
トランプ大統領としては、関税を含めた米中間の懸案事項を解決させ、「自分が習近平国家主席と会って話した結果、両国関係が大きく改善、前進した」と世界中にアピールしたいでしょう。
場合によっては、アジア太平洋地域で最大の地政学的リスクである台湾問題の「平和的解決」に一役買ったという理由でノーベル平和賞を受賞したいと、トランプ氏は考えるかもしれません。習近平氏は、当然そんなトランプ氏の性格や意向を十二分に考慮しながら、直球や変化球を放り込んでいくでしょう。
そうした中国側のアクションに対してトランプ氏はどう出るのか。
これから年末にかけて、米中関係からますます目が離せなくなるでしょう。
(加藤 嘉一)