日本の石破茂首相が辞任を表明しました。市場や世論の焦点は「ポスト石破」に移っています。
石破首相の辞任表明を速報で伝えた中国
石破茂首相が9月7日夕刻、辞任を表明しました。米国との関税交渉に一つの区切りがついたことにより、「しかるべきタイミングであると考え、後進に道を譲る決断をした」と述べました。
「まだやり遂げなければならないことがあるという思いもある中、身をひくという苦渋の決断をした。このまま臨時総裁選挙要求の意思確認に進んでは党内に決定的な分断を生みかねないと考えたからであり、それは決して私の本意でない」とも説明しました。その上で、総裁選挙には立候補しない考えも示しました。
これを受けて、市場や世論の焦点は「ポスト石破」に完全にシフトしていると言えます。次の自民党総裁選挙については、9月22日告示、国会議員の投票は10月4日に行う方向で調整が進められているようです。現時点で、小泉進次郎農水相、高市早苗前経済安保相、林芳正官房長官、小林鷹之元経済安保相、茂木敏充前幹事長らの名前が候補者として挙がっています。
石破首相の辞任表明を受けて、中国政府は「日本の内政であり、コメントする立場にない」としています。しかし、石破氏が辞任を表明した理由と背景、「ポスト石破」の顔ぶれやシナリオ、自民党の現在地、日本政治の行き先など、さまざまな切り口から評論が出され、議論が行われているようです。
例えば、官製メディアの「中国青年報」は9月10日、「石破茂が暗然と辞任。乱局の日本政治は出口を見つけることが難しい」というタイトルで論考を掲載しています。
中国は石破政権と「ポスト石破」をどう見ているか
政府、企業、民間、メディアを含め、昨今の日本の政局を最も緊密にウオッチし、自国への影響を考えているのが中国でしょう。
その理由としては、(1)習近平政権指導部として、石破政権下における日本との関係を戦略レベルで重視してきたこと、(2)企業や民間が、そんな「お上」のスタンスや政策を見ながら、日本のカウンターパートとどう付き合うかというバランスと距離感を調整していくこと、の2点が挙げられると思います。
- そもそも、習近平指導部はなぜ石破政権との関係を重視してきたのか?
幾つかの側面が作用していると思われますが、まずはやはり石破首相、森山裕幹事長、岩屋毅外相というラインが、地政学的リスクや経済安全保障上の問題を含め、両国間には課題や不確実性はいろいろあるけれども、中国との関係を重視し、前向きに推し進めようとしていると中国側が判断してきたからだと思います。
加えて、石破政権が、中国が戦略的競争相手と認定する米国との関係においても、「主張するべきは主張する」「対等な日米同盟」「なめられてたまるか」といった主張をしてきた経緯も、中国側からすれば都合がよかったということでしょう。
中国にとって、「日米離間」は常に戦略目標であり、日本を取り込んで、米国へのけん制とするのは、それがオーソドックスな攻め方であるためです。
実際、昨年10月に石破政権が発足して以降、中国側は日本側に対し、関係改善を促そうとする発信し、具体的行動にも打ってでてきました。
例えば、日本人の中国短期渡航・滞在ビザの免除措置再開、日本産水産物の対中輸出解禁、東シナ海における一部ブイの撤去、日本産牛肉の中国輸出再開など、日本との外交関係を改善し、民間交流を促進する政策を石破政権の期間中に実施しました。「日米離間」という戦略目標があるからです。
中国にとって、石破首相の辞任表明は、端的に、「残念」の一言に尽きるでしょう。中国からすれば、石破政権には「それなりに投資してきた。故に、一日でも長く続いてほしかった」というのが本音でしょう。ただ、それは日本の内政ですから、どうすることもできません。さすがの中国も、石破首相の辞任を食い止めるほどの影響力工作はできません。
- 「ポスト石破」を中国側はどう見ているか?
現時点では立候補者も正式に決まっていませんから、何とも言えません。
一方で、中国に対してファイティングポーズを取り、あらゆる問題で中国を批判し、強硬的なスタンスで臨んでくる首相であれば、中国側も日本に対して、あらゆる報復措置を含めた強硬姿勢に転じる可能性は十分にあります。
ここでは深入りしませんが、前述した5名の有力候補者の中で言えば、中国側から見て最も望ましいのは林氏、最も望ましくないのは高市氏といったところでしょうか。
「ポスト石破」が日中関係に及ぼす三つの影響
さて、「次の首相はだれになるか」といった具体的な予測はここでは行いませんが、前述した有力立候補者の顔ぶれや下馬評などから判断した場合、「ポスト石破」政権下において、(1)日中関係悪化→(2)日本企業への圧力が強まる→(3)邦人拘束リスクが高まる、というリスクを、「現実的に起こり得るシナリオ」として、今のうちから頭の片隅に入れておく必要があると思います。
(1)日中関係の悪化
次期首相が誰になり、次期政権がどうなるにしても、中国側の対日スタンスはいまよりも強硬的になる可能性が高いと思っています。日本政府や公人への制裁措置、尖閣諸島周辺における軍事活動、歴史問題での圧力など、中国との外交関係だけではなく、国民感情の悪化が日中間のヒト、モノ、カネの往来に与える影響を警戒すべきでしょう。
(2)日本企業への圧力強化
中国政府の対日圧力を巡る常とう手段として、日本政府に対する不満を日本の財界、企業にぶつけることで、政府の政策を変えさせようというものがあります。それで言うと、やはり懸念されるのはレアアースです。
中国がすでに国家戦略の観点から、レアアースの対外輸出審査を厳格化している中、日本経済、産業界にとって不可欠なレアアース(磁石)の対日輸出を許可しない、あるいは説明もなく許可が下りない、遅延が起きるといった事態は、日中関係の悪化に伴って容易に想像がつくシナリオです。
(3)邦人拘束リスク上昇
日本が中国とビジネスをする上で、最も重要で、故に守らなければならないのが、国民の生命と安全である点は論をまたないでしょう。その意味で、2014年の「反スパイ法」施行以降、判明しているだけでも計11人の邦人が中国で拘束されてきた経緯は軽視すべきではありません。
日中関係の悪化と中国の対日スタンスの強硬化は、「日本人が中国で狙われやすい状況」が醸成されやすくなります。
中国で事業を行う日本企業は、従業員や帯同家族への注意喚起を促すべきですし、中国に渡航する日本人は、自らの言動や振る舞いに細心の注意を払うべきでしょう。
(加藤 嘉一)