4回目の米中協議がスペインのマドリードで行われました。米事業の売却期限が迫るTikTok問題を巡ってピンポイントの議論がなされたもようです。
米中がマドリードで4回目の協議。TikTok問題で合意?
第2次トランプ政権発足後、注目を集め、時に物議を醸してきた「トランプ関税」と中国を巡って、動きがありました。
9月14~15日、米中両国政府の代表が、スペインのマドリードに集結し、5月のジュネーブ、6月のロンドン、7月のストックホルムに続く、4回目の協議に臨みました。中国側からは、何立峰(フォーリーフォン)副首相、米国側からはベッセント財務長官、グリア米通商代表らが参加しました。
以前も本連載で指摘した点ですが、これまでの4回全ての協議が、欧州の都市で行われているというファクトは非常に興味深いです。単に地理的に米中の中間地点付近に位置するという次元を超えて、地政学的に見ても、欧州が米中ハイレベル協議の「拠点」と化しているというリアリティーに、日本人も目を向けるべきだと思います。
「場の提供者」であるこれらの欧州国家、都市からすれば、安全面の保障やロジスティックスなどのコストを払っているわけですが、米中双方から当然感謝されるでしょうし、米中の要人が来たついでに何らかのミーティングを組めるかもしれない。
そこにはプライスレスな戦略的価値があるのでしょう。長期的競争が予想される米中二大国が今後、第三国、第三の地をどう活用しながら二カ国間関係を構築していくのか、日本も決して「蚊帳の外」という認識ではいられないでしょう。
今回のマドリード協議がこのタイミングで行われた一つの背景に、日本国民の間でも有名なTikTokが米国内でどうサービスを提供するかという問題を解決しなければならない期限を迎えていたことがあります。
トランプ政権は、TikTokが中国資本下でのサービス提供を禁じる法律の執行を一時停止し、9月17日までに米事業の売却先を決めるよう求めてきました。その期限を迎える前に、米中政府間で協議をし、何とか事態をソフトランディングすべく試みられたということでしょう。
協議の結果ですが、「枠組み合意」に達したというのが両国政府の発表です。「枠組み合意」というのはなかなか聞きなれない言葉ですが、私の解釈では、詳細や具体的な部分までしっかり詰めて、双方間の認識にいかなる齟齬もない完全な合意ではないが、「道筋や方向性は共有した」という意味での合意を指します。
その意味で、今回は、データ委託運営やアルゴリズムを巡る知的財産のライセンス供与を通じて解決するといった道筋が示されました。TikTokを中国の字節跳動(ByteDance)から切り離し、TikTokを米国の管理下に置くべきだという米国側の認識に対して、中国側もそこに理解を示すというギリギリのラインで引き続き交渉が行われる見込みです。
アルゴリズムを含めた技術のどこまでを移転・分離するかが最大の難所になると同時に、議会による承認プロセスや規制当局による審査も残りますから、まだまだ予断を許さない状況が続くでしょう。ベッセント財務長官は期限を90日間延長できるとも述べており、時間をかけて取り組んでいく可能性もあります。
一つ言えるのは、米中は、このTikTok問題が原因で米中間の協議や関係にヒビが入らないように尽力するという点で、基本的スタンスを共有しているということです。
好調な中国株と低迷する景気?
中国政府は2025年の中国経済にとっての最大の外部リスクをトランプ関税に見いだしています。その意味で、中国の景気動向と米中間の関税協議がどう相互に関連しながら推移しているのかを整理することは大事な作業だと思います。
直近の中国の景気動向を見てみましょう。
9月15日、中国国家統計局が、最新の主要経済統計結果を発表しました。
8月 7月 1~6月 工業生産 5.2% 5.7% 6.4% 小売売上 3.4% 3.7% 5.0% 固定資産投資 0.5%
(1~8月) 1.6%
(1~7月) 2.8% 不動産開発投資 ▲12.9%
(1~8月) ▲12.0%
(1~7月) ▲9.9% 固定資産投資(不動産除く) 4.2%
(1~8月) 5.3%
(1~7月) 5.3% 貿易(輸出/輸入) 3.5%
(4.8%/1.7%) 5.9%
(7.2%/4.1%) 2.9%
(7.2%/▲2.7%) 失業率(調査ベース、農村部除く) 5.3% 5.2% 5.2% 消費者物価指数(CPI) ▲0.4% 0% ▲0.1% 生産者物価指数(PPI) ▲2.9% ▲3.6% ▲2.8% 出所:中国国家統計局の発表を基に筆者作成。▲はマイナス。数字は前年同月(期)比
工業生産、小売売上高、固定資産投資を含め、軒並み低迷している現状が見て取れます。不動産開発投資、消費者物価指数(CPI)、生産者物価指数(PPI)の数字にも反映されているように、この期間中国経済を苦しめてきた不動産不況、デフレスパイラルも改善されていないどころか、深刻化しています。
中国の実体経済はなかなか芳しくなく、中国政府としても危機感を持ち、対策は打とうとしているものの、統計上も実態としても、景気回復に向けては道半ばという評価が現状ではないかと思われます。
一方、中国株に目を向けると、なかなかの好調ぶりが見て取れます。例として、上海総合指数を見てみると、私が本稿を執筆している9月17日午前時点で3,858ポイントと、期待される4,000ポイントには達していないものの、2015年8月以来、約10年ぶりの高値で推移しています。
好調の理由についてですが、複合的要因だと見ています。例えば以下のようなものです。
- 米中協議が、少なくとも道筋や枠組みは共有し、交渉を破綻させないように、米中関係を悪化させないという方向性で推移していること
- 10月には中国共産党の重要会議である4中全会が予定されており、今後5年間に向けた経済政策が審議される見込みで、市場の期待感が高まっていること
- 不動産不況が改善されない中、一部マネーの行き先が株式市場へ向かっていること
- 7月末に開催された中央政治局会議で「株式市場を活性化させる」とうたっていること
中国政府としては、2015年の「上海ショック」の経験がありますから、株式市場が過熱し過ぎる局面は警戒するでしょう。景気刺激策を打ち出すことにも、前のめりにはならないと思います。
いずれにせよ、低迷する実体経済と好調を維持する株式市場、このコントラストがどこまで続くのか、その中で、中国政府はマクロコントロールや対米協議をどうマネージしていくのか、広い視点で見ていく必要があると思っています。
中国経済と米中協議。今後の見どころは?
最後に、今後の見通しについて、3点述べさせていただきます。
一つ目に、今週金曜日に、トランプ大統領と習近平国家主席が電話会談するという情報が出てきています。米中トップ間が電話とはいえ本当に会談するのかどうか、その中で何が語られるのかといったことが世界経済に与えるインパクトは甚大ですから、要注目でしょう。
二つ目が、米中協議の行方です。この協議は、決して関税率をどこに設定するかという技術的なプロセスにとどまりません。
TikTok問題、中国政府から独禁法違反と指摘されている米半導体大手エヌビディア、レアアース、半導体などを巡る輸出管理、先端技術を巡る競争など、米中間のあらゆる問題をいかに解決し、競争が対立へと向かわないようにどう管理するかを巡る協議です。長期戦が予想されます。
三つ目が、中国にとって、米国との協議や関係が、国内の景気動向にどう影響してくるかです。中国が米国との関係を穏便に管理し、貿易戦争の再燃を防ぎ、対立よりも対話を前面に押し出す姿勢を貫いたほうが、マーケット側から見ると歓迎できるのは論を待ちません。
その意味で、対米協議と中国経済という両輪がどう連動していくのかという点も、今年下半期の注目ポイントだと思います。
(加藤 嘉一)