日本最北の離島「礼文島」。重篤な病気や怪我をしてしまった場合、海は患者の搬送を阻みます。

そのような環境において患者の命を繋ぐためのリレーが行われています。

日本最北のドクターヘリ

 北方領土を除き日本最北に位置する礼文島と利尻島。ふたつの島には高度医療を提供できる総合病院はありません。そのため万一の際には北海道本島にある大規模病院の支援を仰ぐことになるのですが、その際に頼るのが旭川市の旭川赤十字病院を拠点にする道北ドクターヘリです。

「日本最北のドクターヘリ」との異名を持つ同機は、アメリカのマクダネル・ダグラス製MD902小型ヘリコプターを使い2009(平成21)年に運航を開始しています。

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旭川赤十字病院が運航する「道北ドクターヘリ」のMD902小型ヘリコプター(画像:日本赤十字社旭川赤十字病院)。

 筆者(斎藤大乗:元自衛官ライター/僧侶)が住む礼文島において、ドクターヘリの要請を行えるのは診療所の医師です。医師がドクターヘリの要請を決心すると、速やかに出動要請と受け入れ病院の調整が行われます。

 出動が決まるとMD902ヘリコプターは5分ほどで旭川赤十字病院を離陸。途中、稚内市の南隣、豊富町にある豊富へリポートで給油を行ったのち、礼文島の場外離着陸場を目指します。

その間、礼文島では消防所職員により場外離着陸場に指定されている場所の整備をはじめます。冬季なら圧雪、それ以外の季節ならば砂埃を防止するための散水を実施します。

そして到着したドクターヘリに患者を引き渡し、患者を乗せたヘリは、復路は無給油で旭川赤十字病院をはじめとした調整済みの各医療機関に搬送します。

日没との戦い、過酷な自然環境

 前述のように礼文島や利尻島には総合病院がないため、最寄りの高度治療を行える病院となると約150km離れた名寄市の病院になります。そのためドクターヘリを使わない場合、カーフェリーと救急車を乗り継ぐと、待ち時間なしでも約4時間かかります。しかしカーフェリーは、夏は1日4便、冬は1日2便で、待ち時間や厳冬期の道路状況などを考えると、実際には6時間から8時間を要するでしょう。

一方、旭川赤十字病院にドクターヘリを要請すると、約1時間30分で到着、患者を引き継ぎ1時間かけて旭川に戻ります。往復約2時間半から3時間かかるものの、ドクターヘリには医師と看護師が同乗し、医療機器も装備されているので旭川に向かう機内で応急処置も可能です。

この差は非常に大きく、まさにドクターヘリが島民の命綱になっているといえるでしょう。

「日本最北の離島」救うドクターヘリ どこも運航できない場合は? 新型コロナは別対応

旭川赤十字病院の屋上ヘリポートに着陸するMD902小型ヘリコプター(画像:日本赤十字社旭川赤十字病院)。

 とはいえ、ドクターヘリを運航するためには1500mの以上の視界が必要です。この条件があるため日没後には飛行できません。

 旭川の日没は冬季で最短15時56分、夏季で最長19時18分であり、冬季に礼文島で要請を行えるタイムリミットは14時頃になります。そのため診療所の医師には、迅速な要請判断が求められるのです。

ドクターヘリが空振りに終わるかもという迷いは禁物といいます。また北海道の冬季にある猛吹雪や暴風など過酷な自然環境も、ドクターヘリの運航を阻みます。

 なお利尻島の場合は、定期便が発着する利尻空港があるため、患者搬送用の飛行機「メディカルウイング」の運航が可能です。これは2017年から運行を開始した日本初の患者搬送専用の固定翼機で、セスナ560とキングエア200を使い札幌市にある丘珠空港を拠点に患者搬送を行っています。

メディカルウイングならば、航続距離もスピードもドクターヘリより優れているため、出動から50分ほどで利尻空港に到着、復路も約50分で札幌へ向かうことができます。

ドクターヘリを呼べない! もしもの時に備えて

 ドクターヘリを要請した時に、すでに他の要請で出動していたり、気象条件が悪く出動できなかったりする場合、まず北海道防災航空室に連絡を入れます。するとこの部署が北海道庁の防災航空センター、北海道警察、札幌市消防局の順に患者空輸が行えるか調整します。

しかしこの3機関でも対応できない場合は、北海道知事を通じて、海上保安庁や航空自衛隊、陸上自衛隊など国家機関の航空部隊に出動を要請し、患者搬送を支援してもらいます。

具体的には海上保安庁であれば千歳航空基地に所属する航空部隊、航空自衛隊であれば新千歳空港に隣接する千歳基地所在の千歳救難隊、陸上自衛隊ならば旭川駐屯地(旭川市)所在の第2師団第2飛行隊もしくはおよび丘珠駐屯地(札幌市)所在の北部方面航空隊などが出動します。

「日本最北の離島」救うドクターヘリ どこも運航できない場合は? 新型コロナは別対応

飛行機を用いた患者搬送の様子(画像:北海道航空医療ネットワーク研究会)。

 なお、新型コロナの感染患者が発生した場合は、ドクターヘリではなく最初から陸上自衛隊か海上保安庁のヘリ、もしくは海上保安庁の巡視船が搬送を担います。実際、利尻島で新型コロナウイルスの感染患者が出ましたが、その搬送は陸上自衛隊のヘリが行いました。

あくまでもドクターヘリやメディカルウイングは民間航空の範疇なので、天候や時間帯などで飛べない状況が生まれてしまいます。しかし、仮にそれらが運航できない場合を考慮して、関係各所は日夜備えています。

国内の過疎地では高度な治療を受けられる病院は近くにありません。そのため迅速な搬送が可能なドクターヘリの普及が求められます。しかし、過疎地であればあるほど、ドクターヘリの維持は難しく、逆に都市部は高度な治療を受けられる病院が至近にいくつもあるほか、ドクターヘリが複数配備されている場合があります。

バランスの取れた適正な医療というのは難しいものの、地方と都市部で命の重さに差があってはいけません。ドクターヘリだけでなくメディカルウイングのような固定翼機での患者搬送がさらに認知・普及し、筆者の地元にある礼文空港のように定期便の飛んでいない事実上休止中の空港であっても、緊急時には使用できるような特例措置があると、さらに助かる命が増えると考えます。

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