高速バス路線のなかでも根幹を担っていた「稼ぎ頭」中距離路線の改革が進んでいます。主に「地方の人の都会への足」でしたが、コロナ禍で大打撃。

きめ細かなニーズの見直しと、都会側の需要喚起で再興を図ります。

高速バスの稼ぎ頭 コロナ前から危機が忍び寄っていた

 全国で毎日約1万5000便(コロナ禍前)運行されている高速バスのうち、便数や輸送人員で半数弱を占めるのが、所要時間2~5時間程度の中距離路線です。おおむね片道120~300km程度の路線が相当します。新宿から富士五湖など山梨県長野県方面に向かう「中央高速バス」シリーズや、京阪神~四国各県、福岡~大分、長崎、鹿児島、宮崎各県といった路線が代表例です。
 
 30分間隔、60分間隔など高頻度運行する昼行便が中心ですが、一部の路線には夜行便も走ります。リピーターに恵まれ収益性も高い、高速バスの「王道」路線です。

「稼げる高速バスの王道」復活なるか 原点回帰の改革【高速バス...の画像はこちら >>

平日朝9時台のバスタ新宿。中距離路線の便が多く発着する(中島洋平撮影)。

 乗客の多くは、地方部から最寄りの大都市や地方中核都市に向かう人たちです。有名店でのショッピングやコンサートといった都市ならではの消費体験のほか、出張、冠婚葬祭など様々な目的で利用されます。大都市の人のなかには、高速バスはもっぱら「若者が節約のために使う」といった印象が強いようですが、現実には、老若男女の幅広い利用があります。

 しかし、その特徴が、今は逆風となっています。

コロナ禍の中、大都市への移動を避ける風潮が地方部で強まったからです。2021年10月現在、運行便数は平年の約半分、輸送人員で3割程度だと思われます。

 そもそも、地方の各県は、今後10年で1割ほど人口が減るとされています。高速バスの「王道」には、コロナ前から市場縮小の危機が忍び寄っていたのです。そこにコロナ禍が追い打ちをかけました。

 地方立地の乗合バス事業者にとって高速バス中距離路線は稼ぎ頭であるだけに、経営の根幹にも影響します。そこで、一部の事業者は、競争力や収益性の向上を図る取り組みを始めています。

ニーズに応えられているか? 原点回帰の見直し進む

 まず、ダイヤや停留所、車両といった商品の再点検です。キーワードは「原点回帰」。乗客の多くが地方側の人である事実を再認識し、その「お得意様」のニーズに応えることができているか、もう一度見直しを行っています。

 地方側在住者は朝の便で都市へ向かい、夕方以降に地元に戻る傾向にあります。とりわけ、早朝の上り便と深夜の下り便の時刻設定は重要です。

例えば新宿・池袋~長野線はコロナ禍でもダイヤ改正を重ね、長野からの始発便は早朝4時発(現在は運休中で4時30分発が始発)。新宿からの最終便(21時45分発)が長野に着くのは深夜1時半です。長野側の人が、東京周辺でなるべく長い時間、活動できるようになっています。

 早朝深夜にニーズがあるのは、クルマ社会の地方部では、自家用車を停留所周辺の駐車場に止めて高速バスに乗り換えるパーク&ライドが定着しているからです。たとえば長野インター前停留所には150台の駐車場が併設され、高速バスの乗客は無料で利用できます。

「稼げる高速バスの王道」復活なるか 原点回帰の改革【高速バス新潮流・中距離路線】

北海道北見バス「ドリーミントオホーツク号」。高速バス利用者は北見バスターミナルに近い屋内駐車場を最大7日間、無料で使えるようになった(成定竜一撮影)。

 2021年9月からは、北海道北見バスが、北見バスターミナル近くに冬場の利用もしやすい駐車場を新たに確保し、札幌線の乗客は無料で利用できるようにしました。北海道はパーク&ライドの普及が遅れていたので、道内の他路線への波及も期待されます。

片や満席、片やガラガラ 便による「繁閑の差」をなくせ!

 運賃設定を工夫する路線もあります。高速バスには、もともと、「繁閑の差」が付き物です。とりわけ高頻度運行する昼行路線では、朝夕の特定の時間帯に需要が集中します。

ある便は毎日のように満席だけど、前後の便は空席が残る、というケースも多くあります。

 そこで、前年までの乗車実績を元に、乗車日ごと、便(時間帯)ごとに運賃を変える「繁閑別運賃」が増えています。満席確実な便から前後の便に予約を誘導し、「どうしてもその時間帯に乗りたい」人に席を取り置くのです。満席でお断りするケースが減り、市場が縮小するなかでも収益の拡大を見込めます。

 さらに精度を高めるため、予約状況をシステムが分析しリアルタイムで運賃を変動させる「ダイナミック・プライシング」も、新宿・池袋~長野線を皮切りに導入が始まっています。京王電鉄バスが運営する座席管理システム「SRS」に追加された機能なので、同システムを導入済みの全国のバス事業者で、具体的な導入準備が続々と進んでいます。

「稼げる高速バスの王道」復活なるか 原点回帰の改革【高速バス新潮流・中距離路線】

パーク&ライド駐車場が併設された飯田~新宿線の伊賀良停留所。長野県飯田市(成定竜一撮影)。

 一方で従来、意外と掘り起こせていなかったのが、大都市側から各地への観光需要です。苦戦の理由は、大都市での認知度不足です。

 観光客への認知向上には、目的地にあたる宿泊、観光施設による告知が即効性を持ちます。従来は、たとえば富士急ハイランドが富士急行グループの高速バスを公式サイト上などで紹介するなど、グループ会社間での告知が中心でした。

今後はそれ以外の施設とも連携を深める必要があります。また、京王バスが予約サイト「ハイウェイバスドットコム」に設けた「初心者にオススメお手軽登山」特設ページのように、提案型の情報発信を行うと同時に、それと対をなす企画乗車券(セットきっぷ)など商品作りを重ねることも有効でしょう。

河口湖線の改革 四半世紀ぶりの「湖畔に直通」復活

 観光需要の喚起には、運行面でも課題があります。従来は、終日、同じ運行ルートを走り、等間隔のパターンダイヤを組む路線が目立ちました。しかし、乗客のニーズは時間帯によって変わります。前述の通り朝の上り便と夜の下り便は、地元の人向けに、地方側ではパーク&ライド、都市側ではビジネス街や繁華街に直通することが重要です。一方で朝の下り便、夕方の上り便は、観光施設や宿泊施設に足を伸ばすことで、新たに都市側からの観光需要を取り込むことが期待されます。

 例えば新宿~河口湖線は、2021年10月、一部の便が湖畔を半周する形でルートが河口湖生活自然館まで延伸されました。ずっと以前は湖畔の旅館街まで運行していましたが、マイカー旅行の増加などを受け1990年代に河口湖駅までに短縮されていたので、四半世紀ぶりの湖畔路線復活と言えます。

 秋の週末限定で運行される名古屋~馬籠・妻籠線は、古い町並みが残る中山道の宿場町、馬篭宿と妻籠宿でそれぞれ散策時間を確保できるようダイヤに工夫がなされています。手軽に日帰り旅行を楽しめると同時に、バスツアーと違い、宿を取って1泊旅行にするなど自分のペースで旅行することもできます。

 逆に、出発地が多様化する例のひとつが、11月運行開始の八王子~伊香保・四万温泉(群馬県)線です。

東京都心の大ターミナルではなく、郊外の駅から温泉地へ向かう新路線です。

「稼げる高速バスの王道」復活なるか 原点回帰の改革【高速バス新潮流・中距離路線】

2021年10月22日から運行を開始した宮古・気仙沼~仙台線の車両。三陸道経由で仙台~宮古間はおおよそ250km、4時間10分で結ぶ(成定竜一撮影)。

 今後、感染収束の状況によっては「GoToトラベル」事業の再開が考えられます。前年度の同事業は、旅行会社のツアーは全て対象となる一方、高速バスを利用する旅行にはあまり適用されませんでした。今年度の同事業では、国による制度の運用が、公共交通を利用する個人旅行に使いやすいよう変更されることを期待しています。それと同時に、バス事業者の側も、制度を最大限に活用し新たな観光需要を取り込むため、販売方法などを工夫する努力も求められています。

編集部おすすめ