鉄道事業者の設置ではない非正規の踏切は「勝手踏切」と呼ばれますが、このたび江ノ電沿線で2か所、そこに鍵付き扉が設置されました。違法だからと即時撤去もできない複雑な事情ゆえ、住民と融和を図った形です。
2021年9月、参議院議員が埼玉県内で「勝手踏切」を渡ったとして書類送検されたことが報じられました。
「勝手踏切」とは、鉄道事業者が設置した正式な踏切ではなく、地域住民などが慣例的に通行している非正規の踏切のこと。安全面を考慮すれば撤去されるべき存在ですが、地域によっては正式な踏切まで向かうと往復で数km以上迂回させられることも珍しくありません。
江ノ島電鉄(2020年8月、乗りものニュース編集部撮影)。
国土交通省は「勝手踏切」を踏切として認めておらず、したがってそこを横断する行為は違法です。同省の統計によると、2021年1月の時点で「勝手踏切」は全国に1万7066か所あるとされています。そもそもなぜ、非正規の踏切が存在するのでしょうか。
多くのケースでは、線路が敷かれる以前から地域住民の動線として使用されてきた場所に鉄道が開通することで、勝手踏切が誕生しています。後から線路を敷いたのは鉄道事業者ですから、その当時を考えれば鉄道側こそ“勝手”に映ったかもしれません。すると「勝手踏切」という呼称は適さず、非正規踏切もしくは私設踏切と呼ぶ方が実態に近いともいえます。
実際「勝手踏切」という呼称が広まったのは、ここ数年のことです。それまで国土交通省はこの問題にはあまり目を向けず、現場の鉄道事業者が「私設踏切」と呼んで、独自かつ個別に対応してきました。
神奈川県藤沢市の藤沢駅と鎌倉市の鎌倉駅とを結ぶ江ノ島電鉄は、こうした私設踏切が多いことでも知られています。江ノ電の総延長は約10kmですが、同社が把握しているだけでも89か所もの私設踏切が存在しているようです。
江ノ電の沿線を歩くと実感しますが、そもそも玄関を出ると線路が目の前にある家が目立ちます。こうした事情から、私設踏切を通行した人をいちいち摘発することは非現実的です。家の所有者のみならず、家を訪ねる客人、郵便・新聞配達人などなど、多くの人がいます。
私設踏切を正式な踏切にできない理由江ノ電は私設踏切の存在を把握しながらも、住民たちとの融和を図ってきました。鉄道事業者と住民が、ほどよい距離感を保ちながら共存しているわけです。しかし、冒頭の一件で「勝手踏切」(私設踏切)がクローズアップされることになり、まったく対策を講じないわけにもいかなくなりました。そこで江ノ電は私設踏切を地域住民以外は通行できないようにするため、鍵付きの扉を設置することにしたのです。
鍵付き扉が設置されたのは、稲村ヶ崎駅の近くにある2か所の私設踏切です。ここは同駅から直線距離で10~20mしか離れていません。しかし家から私設踏切を通らずに、線路を挟んだ反対側の駅(改札口)へ向かおうとすると、正式な踏切のある通りまで大幅に迂回することになります。

江ノ島電鉄の稲村ヶ崎駅そばにある私設踏切。線路の反対側から見たもの(2021年11月、小川裕夫撮影)。
そうした距離、時間の問題を勘案しても、迂回すべきだとの意見もあるでしょう。しかしこの辺りは海に近く、津波などの災害時には、私設踏切が山側の高台への避難通路を兼ねます。火事が発生した際も同様でしょう。ゆえに私設踏切を完全に廃止することは難しいのです。
ただ、この妥協案をもってしても、一件落着とはならなさそうです。鉄道事業者が費用を投じて扉を設置したことは、逆説的に見れば私設踏切を半ば公認したことにもなるからです。
法律は、正式な踏切以外の場所で線路を横断することを禁じています。扉を設置するくらいなら、踏切へ昇格させればよさそうですが、現行法は原則的に踏切の新設を認めていません。新しく線路を敷設する場合、必ず立体交差にしなければならならないのです。
すると、全国に多数ある私設踏切すべてををどうするのかという問題が浮上します。
法律の狭間で、「勝手踏切」問題はよくも悪くも放置されてきているといえるでしょう。